鎌倉・逗子・葉山~地元密着でヒット連発
神奈川・鎌倉市のスズキヤ西鎌倉店。客が次々と手に取っていくのは「鮭と彩り野菜の茶々のり弁」(580円+税)だ。鮭を中心にちくわの磯辺揚げや卵焼き、きんぴらなどがぎっしり。おかずの下には海苔が敷き詰められたオリジナル弁当で、1年間で10万食も売れている。
考案したのはパート社員の中戸川麻生子。「基本的に私が好きなものを詰めていて、お店で買っておいしいと思ったものを使って作っています」と言う。
店の棚にはこだわりの商品が並んでいて、自分のお気に入りを集めてみたら大ヒット弁当が生まれた。さらにこの弁当にはお吸いものが付いていて、途中でお茶漬けにすれば1個で2度おいしいというわけだ。全国のスーパーマーケットの「お弁当・お惣菜大賞2020」で最優秀賞を受賞。応募総数3000点の中で頂点に立ったのだ。
売り場にはそれ以外にもさまざまな弁当・惣菜が並ぶ。なんと9年連続で「お弁当・お惣菜大賞」の賞を取っている。
評判を呼んでいるのはお弁当だけではない。スズキヤ逗子駅前店で客が殺到していたのは名物の「ジャンボあじフライ」。いつもは140円(+税)だが、この日はセールで98円(+税)だ。肉厚で食べ応えのあるアジを売り場に出す直前に揚げる。だから熱々のサクサクが味わえるのだ。アジフライのセールは定期的に行っており、毎回、大人気となる。
スズキヤは神奈川県の湘南を中心に8店舗を展開しているローカルスーパー。大手スーパーもひしめく地域で、「いいものが置いてある」「他ではないものがある」と、客をしっかり掴んでいる。
地域に愛される理由の一つは魚にある。湘南地区は相模湾に面し、全国でも有数の漁場を抱えている。その水揚げ拠点の一つ、逗子市内の小坪漁港がスズキヤの仕入れ先だ。
鮮魚担当のバイヤー・阪井雅春が朝、揚がったばかりの魚を漁師から買い付けている。揚がってきたのはまだピチピチしているウマヅラハギ。肝醤油で食べるとうまいという。
「前の日の魚は絶対買わない。前の日の魚を安く売ったら、お客さんは『なぜ安いの?』と不安を感じる。新しい魚を売った方がいいに決まっています」(阪井)
漁港に来る前、阪井の元には漁師から「サザエ、カワハギ、メバル…出します」というメールが入っていた。漁師としっかりつながっているから、鮮度のいい魚を仕入れることができるのだ。「何もない時は断っちゃう」(阪井)のだそうだ。
漁師から直接買い付けというやり方は、漁師にもメリットがある。スズキヤと取引している一人、座間太一さんは「昔は市場の言い値で、『いいものだから高く買って』と言っても、『今は日本中この値段だから』と断られた。スズキヤさんはいいものなら高く買っていただける。対等だと思います」と言う。
ものが良ければ高く買い取ってくれる。だから漁師も頑張っていい魚を獲ってくるのだ。
水揚げから数時間後、鮮魚コーナーに魚が丸のまま並べられると、たちまち人だかりができた。小坪以外からも、三浦半島で揚がったキンメダイやマコガレイが並び、鮮度を競う。
面倒なうろこ取りや三枚おろしは無料。新鮮で親切だから買いたくなるのだ。
ヒット商品を探し当てる方法~地元の店や企業とタッグ
地元の店や企業とタッグを組んでできた商品が多いのもスズキヤの特徴だ。
フレッシュな手作りでミルキーな味わいが自慢の「モッツァレッラ」(546円+税)を作っているのは鎌倉にある一軒家レストラン「ラッテリア ベベ カマクラ」。モッツァレッラチーズを使ったマルゲリータで大人気の店だ。モッツァレッラは店舗併設の工房で搾りたての牛乳から毎日手作り。そんなこだわりチーズにスズキヤのバイヤーが惚れ込んだ。
一方、全国大会で特別賞をとった「鎌倉山国産ひきわり納豆」(168円+税)は、地元メーカー「鎌倉山納豆」と共同開発した。
スズキヤ社長・中村洋子は「地元の人たちと仲良くすると面白いものが発見できる。売るのはうちがやりますから作りましょうというものがたくさんあります」と言う。
そんな形で生まれたヒット商品が「フォアグラときのこの春巻」(450円+税)だ。元々は地元・逗子にある無国籍レストラン「食彩堂」の名物メニュー。オーナーシェフの小島克明さんが20年前に考案し、客に愛されてきた。店の常連だった中村が「これはおいしい」とシェフに直談判。冷めてもおいしいように揚げ時間などを研究し、去年、販売にこぎつけたのだ。
「他のレストランでは食べられないと思っています。お客さんから『スズキヤさんで見たよ』『買ったよ』と言ってもらえるのがうれしいですね」(小島さん)
隠れた名物だった春巻きは今や多い日には500本が売れる大ヒット商品となった。
鮮魚コーナーの一角には大手企業とのコラボ商品も。オリジナルの「ブイヤベース用スープ」(450円+税)は、ハンバーグでお馴染みの「石井食品」と共同開発した。その脇では、得意の新鮮魚介をセットにした「ブイヤベースセット」(980円+税)を販売。入っているエビやムール貝などに火を通し、スープと水を加えて煮込むだけで本格ブイヤベースになる。レストラン顔負けの味が簡単に味わえる。
こうした店や企業とのコラボ商品は全体の1割を占めている。
自らヒット商品を探し当てる中村が訪ねたのは、葉山にある「石井ファーム」という牧場の直売所。狙いは三浦半島名産の葉山牛だ。出荷量が少なく「幻の牛肉」とも呼ばれるブランド牛肉。独特の甘みとコク、強いうまみを持った高級食材だ。
「このお肉をうちで売らせていただいたら、ファンができちゃって」(中村)
極上の肉質を生み出す秘密は、釜で炊き上げた大量のご飯にある。
「加熱した物を与えると胃に負担がかからない。消化吸収が良くなるので、体温で溶けてくどくなくあっさりしています」(「石井ファーム」の石井裕一さん)
ご飯はおからなど14種類の飼料と混ぜ合わせる。発酵食品も入っているので、牛の腸内環境が良くなり、肉に独特のうまみが生まれると言う。
週に一度の新商品試食会。バイヤー達が開発した新商品を次々にプレゼン。それを中村が試食し、おいしいと判断すれば商品化が進む最終関門だ。この日のメインのネタが葉山牛を使ったカレー。時間をかけて煮込み、柔らかくなったスネ肉がゴロゴロ入っている。
開発を始めて5ヵ月、試作を繰り返して、レトルトの「特撰葉山牛カレー」(1180円+税)は3月19日には店舗に並ぶ。
「面白い商品を見つけて『これを見つけたかった』と言われた時は幸せです。自分たちも食べて『おいしい』と言えるとうれしいし、楽しくないといけないと思う」(中村)
地元としっかりつながってファンを掴み、去年の売り上げは159億円を叩き出した。
スナックにウナギ店…~社長の波乱万丈の半生
スズキヤは「スターバックス」や雑貨の「アフタヌーンティー」と深い関係がある。中村家の家系図を見ると、長男の安之はスズキヤの3代目。長女の洋子は4代目にあたる。実は次男の雄二は「スターバックスコーヒージャパン」の創業者。三男の陸三は「アフタヌーンティー」を展開する「サザビーリーグ」の創業者なのだ。
スズキヤの創業は1902年。最初は酒や食料品、練炭なども揃えたいわゆる「よろず屋」として逗子でスタートした。その店を現在のスーパーマーケットの形に変えたのが中村の父、道雄だった。昭和30年代、まだ珍しかったセルフサービスの買い物スタイルが受け、店は大繁盛した。
中村はそんな裕福な家庭の末っ子として誕生。甘やかされたのかと思いきや、「何でも手伝わせられました。鶏の毛を全部取って、頭を見ただけで倒れそうなのに、『頭を落とせ』と言われた。嫌々やっていたけど、最後はおろせるようになっちゃった」(中村)。
以後、中村は我が道を進んでゆく。いったんは「キディランド」や兄の「サザビーリーグ」で働いたが、27歳で独立。親の反対を押し切り、六本木でスナックを始めて繁盛させたかと思えば、西麻布にウナギの専門店を開く。その店にアルバイトで入ってきた男性と結婚。そして中村はウナギ屋を店長に任せると、旅好きなご主人と世界放浪の旅へ出てしまう。
その頃、兄が継いでいたスズキヤは「東京に学べ」と拡大路線に進んでいた。しかし、店を増やそうにも人材教育が追いつかず苦戦していた。そんな兄を手伝うため、1984年、中村は38歳でスズキヤに入社。そして3年後には会社を任された。
社長となった中村は拡大路線からの方向転換を図る。
「やはり一軒一軒をいい店にしないと生き残れないと感じて、商品にこだわりを持ったり、従業員を教育することが大切だと思いました」(中村)
目指したのは地域密着スーパー。地元の人を喜ばせる商品を作るために中村が頼ったのが、長年、働いてきてくれたパートたちだ。
74歳でパート歴30年の葉山店の大ベテラン、長谷川偕子が考案したのは「自家製煮豚カツ丼」(498円+税)だ。「年寄りだから肉は食べたくないという人ばかりではない。少しぐらい食べたいと思っていると思うんです」と言う。
使うのは生の豚肉ではなく煮豚。一度火を通してあるから揚げる時間が短くて済む。だからくどくならず、年寄りでも食べやすいカツになる。仕上げは味噌ダレで、どこまでもオリジナリティにこだわった。「お弁当・お惣菜大賞2019」で最優秀賞も受賞した。
こうしたパートの力がスズキヤの評判を押し上げているのだ。
「ああやろう、こうやろうと考えている時が一番楽しくて、頭の中に4つ5つアイデアがあります。いまだに楽しんで仕事をしています」(長谷川)
一方、社長の中村がどうしても販売したいと力を入れて自社工場で作っているのが「ウナギの蒲焼」。手焼きしているのは、ウナギ一筋の職人・掛水誠二。若き日の中村が西麻布に作り、後を任せたあのウナギ屋の元店長だ。中村とは40年来の付き合いになる。
「昔から人を見る気持ちが違う。ご飯を作ってくれました、アルバイトの分も。それが今生きていると思います」(掛水)
掛水が使うのは、冷凍ではない活きた国産ウナギ。これを1匹1匹、手でさばき、時間をかけて仕上げた秘伝のタレにつけて焼いている。中村がスーパーでも追求するべきだと主張する本物の味だ。
「仕入れたものを売るのがスーパーではない。自分で作って売る。1回食べてもらえたら、冷凍のウナギとは違うことが分かります」(掛水)
スズキヤの弁当には中村、そして従業員の人生が詰まっているのだ。
感謝される宅配サービス~高齢者の安否確認も
スズキヤには客から感謝されているサービスがある。店舗周辺の住民のために行っている宅配サービスだ。葉山プロセスセンターにその本部がある。
利用客にはあらかじめ商品カタログを配布。そこには肉や魚などの生鮮食品から冷凍食品など、およそ1000品目もの商品がビッシリと載っているが、オペレーターがカタログにない商品も教えてくれる。「お店にある商品でしたら全てお届けします」と言う。
注文を受けたら、スタッフが店舗の棚から商品をピックアップ。野菜に痛みなどはないかなど、客の気持ちになって選んでいく。集めた商品は配送用のトラックへ。このサービスのために毎日10台が稼働、多い時は1日120軒に配達している。
スズキヤのある逗子市は、人口の3割が65歳以上と、高齢化が進んでいる。こうした人達にとって宅配サービスは、なくてはならない生活の一部となっている。
宅配サービスを行っているスーパーは他にもあるが、スズキヤはちょっと違う。例えばオペレーターからは、客の体調を気遣うような質問も。「ちょっと咳き込んでいらっしゃったりすると、お声掛けするようにしています。何ともないことが多いですが」と言う。
高齢者が多いからと、安否確認まで行っているのだ。
~村上龍の編集後記~
「高くても売れる、地元客が殺到するスーパー」と言われるスズキヤ。中村さんの笑顔がすべてを物語っている。美味しいもの、楽しいことが大好きという雰囲気を感じるが、美味しいものも、楽しいことも、簡単には手に入らないことを知っている。「スーパーには絶対に置かない」というメーカーも、社長の真摯で熱意あふれる交渉で最終的には笑顔で合意するという。無敵のバイヤーと呼ばれるが、その素敵な笑顔を手に入れるためにあらゆる努力を払っている。
<出演者略歴>
中村洋子(なかむら・ようこ)1946年、神奈川県生まれ。1967年、関東学院女子短期大学卒業。1988年、スズキヤ代表取締役社長就任。
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