本記事は、千日太郎氏の著書『住宅破産』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。
コロナ禍でも首都圏の住宅価格はバブル経済期並みに高い理由
2019年12月、中国の湖北(こほく)省・武漢(ぶかん)市で初めて検出された新型コロナウイルスによって、わたしたちの生活は一変してしまいました。「コロナ」という通称の由来となる王冠の形をしたウイルスの粒子径は0.1マイクロメートル、人間の大きさを日本列島にたとえると、ビー玉くらいの大きさだそうです。
新型コロナウイルスは瞬く間に全世界に蔓延し、多くの人命が犠牲となり、この感染拡大を抑え込むためにほぼ全世界の経済活動が制限されました。人類共通の敵を前にして、より大切な人との絆が強まるケースもあれば、「経済を優先するか? 人命か?」その対応方針をめぐって新たな分断が生まれることもありました。
この章では、コロナによって住宅価格と住宅ローンの金利はどうなっていくのか? 政府はどう対応し、そこにどんな問題があるのか? 日本の住宅をめぐる社会環境面の動向、わたしたちが住宅を喪失するかもしれない潜在的な経済面のリスクについて解説します。
コロナ禍にあっても利便性の高い都心のタワーマンションや、郊外でも駅近の物件は人気で、こうした物件の価格が上昇を続けています。特にここ数年は、新築マンションの供給業者が高価格物件を少しずつ確実に売る戦略を続けているため価格は高止まりとなり、それが中古マンションにも波及して、コロナ不況下にあってもマンション価格が下がりにくい環境となっています。
新築マンションの供給数について不動産経済研究所の調査によると、2013年には首都圏で五万六四七八戸でしたが、コロナ禍前の2019年には3万1238戸と供給水準が年々低下しています。こうした長期傾向に加えて、2020年はウイルスの感染拡大を抑制するための経済活動自粛によってブレーキがかかり、2万7228戸と歴史的に少ない水準にまで落ち込みました。
2021年には3万2000戸に回復するとの見込みですが、それでもコロナ前に戻っただけです。近畿圏の新築マンション供給数もまた、首都圏と比べてボリュームこそ小さいものの、同じ傾向で推移しています。
新築マンションの平均価格については2013年から上昇を続けています。価格上昇のきっかけは同年9月に2020年オリンピックの東京開催が決定したからでしょう。それ以降は供給戸数を減らしながら価格を引き上げる動きが顕著であり、コロナ禍の2020年の首都圏平均では6084万円(不動産経済研究所 首都圏マンション市場動向2020年)となり、バブル経済期の1990年以来の6000万円台に乗せた記録的な高値となっています。
高価格帯の物件が増えれば平均的な収入の購入希望者は減少し高年収の購入希望者が残ります。新築マンションの供給業者が高年収の顧客を相手にじっくり確実に売る戦略を採用し続ける限り、新築マンションは少ない発売戸数と価格の高止まりが続くでしょう。
そして、新築マンションの供給業者はこの戦略によってちゃんと利益を上げているのです。財閥系大手の住友不動産は、コロナ禍にあって2021年3月期の第2四半期決算は減収となったものの、純利益は増益としており六期連続の過去最高を記録し、通期の業績予想を上方修正しています。他の大手マンション供給業者でも2021年3月期の第2四半期で減収増益としている会社が多くありました。
2008年に起こったリーマンショック直後の新築マンション価格は、供給業者の資金繰り悪化から大幅な値下げも見られたのですが、2013年以降は販売戸数を調整して価格を維持する方向に舵(かじ)を切っており、それがコロナ禍にあっても増益という形で各社の成果になっているのです。
記録的な高値となっている新築マンションを諦め、少し待ってから価格の下がった中古マンションを購入する選択肢もありますが、新築マンションの供給が増えなければ中古マンションの供給数も増えません。また、中古マンションの売り主は不動産会社ではなく「高い価格で買った高年収の個人」です。個人差もあるでしょうがそう簡単に価格を下げないでしょう。新築マンションの価格が高い状態が続き供給も少ない(売り手市場)となると、中古マンション価格も高止まりとなるのです。
住宅トレンドは「安く・広く・遠く」へシフト
コロナ以前、住宅選びの主流は利便性とそれに裏付けられた資産価値であり、広さはある意味犠牲となっていました。新築にせよ中古にせよ、人気の立地で購入しやすい価格帯をキープするため多少の狭さには目をつぶるという考え方が主流だったのです。
しかし、コロナ禍のステイホームではそんな家を息苦しく感じる人が増えてきました。「巣ごもり」の中で溜まった狭い自宅への不満です。日がな一日自宅にこもっていると、仕事部屋や便利な住宅設備が欲しくなりますし、学校が休校になり暇を持て余した子どもが自宅で遊ぶ中、騒音や振動が近所迷惑にならないかも気がかりです。
そこで、広い家ならば少しくらい都心や駅から離れていても良いのではないか? という反動が起きているのです。そのトレンドキーワードは「安く・広く・遠く」です。
- 安く:都心から離れて価格が安く、接触機会が減って安全、安心
- 広く:在宅勤務するスペースや家族がくつろげる一定の広さがある
- 遠く:職場から遠くても在宅勤務が増えているので問題ない
首都圏のマンション価格の高騰によって、注目され始めているのが相対的に安価な建売戸建です。建売戸建の平均価格は東日本不動産流通機構(レインズ)の調査によると新築マンションの六割程度で3500万円前後、不動産経済研究所の調査によると新築マンションの八割程度で5000万円前後となっています。そして広さの方はというと、どちらも平均的に新築マンションの1.4倍で約98㎡くらいの建物面積があるのです。
東日本不動産流通機構(レインズ)と不動産経済研究所の調査結果で価格に差があるのは、それぞれで調査対象となった建売戸建が違うからです。
不動産経済研究所の調査対象は「原則として10戸以上の分譲物件」です。大手のハウスメーカーなどが10戸以上の分譲住宅地を形成して建てた一戸建てを直接販売しているものになります。いわゆる大型のニュータウンや都市部のミニタウンです。
これらは街区ごとに建物の外観や植栽を統一し、また安全に配慮した道路を配置するなどの特徴があります。大手ハウスメーカーがゆとりある敷地に仕様の高い建物を建てることで、価格も高くなる傾向があるのです。
これに対して東日本不動産流通機構(レインズ)のデータは、建売戸建の中でもレインズのネットワークを活用して買い主を探したいという物件が対象になります。多くの場合は、その地域限定で分譲している小規模な事業者や建築が中心の施工事業者などが売り主となる物件です。
そのため、狭い敷地に建てられることでゆとりあるプランを採用しづらい傾向があり、建物も一般的な仕様のものが多く、価格も比較的安くなる傾向があるのです。また、物件に欠陥があった場合に売り主に十分な補償能力がない場合もあるため、注意が必要です。
建売戸建については、売り主もピンキリですし工法やプラン、設備仕様などにも違いがあり、それによって価格も変わってきます。建築価格も㎡単価などの数値だけで損得勘定すると危険です。実際に現地を見て納得のいくまで説明を受け、自分でも勉強する必要があります。安心を買うならそれなりの価格となることも分かってくるでしょう。
名の通ったハウスメーカーの建売戸建は割高ですが、品質が保証されるため売却するときに有利になる面もあります。