目次

  1. 要旨
  2. 消費拡大効果
  3. 平常の五輪効果
  4. 経済効果は支出済みが多い
  5. 終わっても課題は多い
今こそ思い出したい「日本人オリンピック選手の名言」3選
(画像=kovop58/stock.adobe.com)

要旨

東京五輪を開催することが、事実上決まった。観客数272万人は、収容人数の23.7%に当たる。無観客のときに比べると+500億円の消費拡大が見込める。すでに大会費用は会場整備などのかたちで支出済みである。五輪後の課題は、五輪が担うはずだった成長戦略の肩代わりを何で行うかという点になる。

消費拡大効果

東京五輪の収容人員を上限1万人、収容人数の50%までにすることが決まった。実は、これは政府が7月23日から東京五輪を開催することを宣言したことと同じである。

すでに国内一般向けに販売されたチケットは、272万枚になる見通しだ。販売済みの364万枚から約90万枚を間引くとされる。272万枚は、会場の収容総人数1,147万人に対して、23.7%に相当する。国立競技場は収容人数が6.8万人になるから、それを1万人に制限すると全体の収容率を大きく下げることになる。その結果、平均で23.7%の収容率になるという訳だ。

この272万人が創出する消費拡大効果を考えてみた。橋本大臣の説明では、観客の7割は地元だという。7割は地元の人で、彼らは直行直帰する。交通費くらいしか支出を増やさない。3割は地元以外から来て、都内近辺に宿泊する予定だ。観光庁の2021年1~3月のデータで、宿泊旅行の支出をする1人4.9万円の費用を当てはめて計算することができる。直行直帰する7割の交通費と合算して、272万人の消費拡大効果は約500億円と試算できる。

つまり、無観客の場合に比べて、+500億円の消費拡大が見込まれる(図表1)。仮に、収容人数を制限せず、364万人の観客とボランティア7万人の計371万人が普通に消費を楽しんでいれば、消費拡大は+1,060億円であったと試算できる。従って、収容人数を制限したことで、消費拡大効果は半減してしまったことになる。しかし、感染防止を確実にするためには仕方のない決断だったと考えられる。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

平常の五輪効果

東京五輪は、多くの国民がコロナ禍で会場に行って観戦することができないので、他国で開催される五輪と同じように、TVなどを通じて楽しむことになる。そうなると、4年ごとに行われてきた他大会と同じくらいの消費刺激効果くらいしか見込めないことになる。

過去、五輪手前には、耐久消費財などが増加することもあった。しかし、残念ながら、今回は東京五輪を観るためにTVを買い換えるなどの刺激は、コロナ禍で起こっていないと考えられる。

五輪の消費刺激効果が、一時的にマインドを改善させたとしても、それは長続きしないとみた方がよいだろう。ワクチン効果と感染リスクのせめぎあいの方が消費の趨勢を決めるだろう。

経済効果は支出済みが多い

マクロの経済効果は、五輪開催による消費刺激よりも、五輪開催のための建設工事、経費支出の方だろう。大会組織委員会が公表している予算(第5版)では、コロナ対策費(960億円)を含めて、16,440億円の支出を計上していた。会場整備費などハード面の支出は、そのほとんどが済んでいて、ソフト面の一部が警備・管理などの運営費として、五輪・パラリンピック後に支払われることになるだろう。この16,440億円のほとんどは、すでに日本の実質GDPを押し上げていることになる。この数字に、チケット代(当初予想900億円の半分450億円)と観客の消費支出500億円を加えると、17,390億円という数字になる。トータルの経済効果はこのくらいになるのだろう。

終わっても課題は多い

7月23日に五輪が始まると、日本人選手を始め、参加選手の活躍によって、かなり多くの国民が「五輪をやってよかった」と思うことになるだろう。筆者は、五輪の評価は事前と事後では変化すると予想する。

しかし、五輪を通じて、コロナ感染が拡大することになっては、「五輪は失敗だった」と批判する人が増えるに違いない。菅政権の課題はそうならないように、感染対策を確実に実施して、感染リスクを未然に防ぐことだ。ワクチン接種が7月末までに高齢者で完了するとしても、8月8日に五輪が終了した時期にはまだ集団免疫からはほど遠く、感染リスクがくすぶる状況であろう。

もうひとつ、課題があるとすれば、五輪後・アフターコロナの成長戦略にもあるだろう。当初、東京五輪が開催されれば、そこで東京が国際観光都市として飛躍するという期待感があった。インバウンドを4,000万人にして、さらに6,000万人に増やすという勇ましい目標を語っていた人達がかつてはいた。東京都も都だけのレガシー効果が17兆円にもなると、宣伝していた時期がある。

コロナでその目算が狂ったことは深刻なことだ。そうした構想を批判するのは簡単だが、代替案を示すのは困難な課題だ。問題の核心は、頓挫した構想の代替案をどのように描くかであろう。従来、インバウンド戦略が、人口減少下での成長戦略の一翼を担っていたことは明らかだ。コロナが終われば、自然にインバウンドも4,000万人に戻るという見解はあまりに脳天気だ。具体的に何を成長戦略の核に据えて、インバウンド戦略を立て直すか、失った成長経路をどう回復させていくかは、菅政権やそれに続く政権の重たい課題である。五輪が終わっても、巨大な費用をかけて実行したことが、次の成長への飛躍につながらなければ、本当の意味で何のための五輪だったかわからなくなる。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生