要旨
- 政府は東京に7月12日から来月22日までの期間、4回目となる緊急事態宣言を出す方針となった。沖縄県についても8月22日まで宣言を延長するとされている。
- 沖縄を除く3回目の緊急事態宣言が4月25日~6月20日までであり、今年4月の個人消費が0.3兆円下振れしていることを勘案すれば、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲500億円程度押し下げていたと試算される。これを基に、今回の緊急事態宣言に伴う個人消費の押し下げ圧力を試算すると▲1.2兆円程度になる。
- GDPの減少額は▲1.0兆円程度になると計算される。これは2021年7-9月期のGDPを▲0.7%程度押し下げることになり、年率換算では▲3%近く押し下げる計算になる。近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、今回の緊急事態宣言発出により、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はトータルで+5.5万人程度になると試算される。
- 米国におけるこれまでのワクチン部分接種率と感染者数の推移を見ると、概ね部分接種率が4割前後に達したタイミングで感染者数が減少傾向に転じている。今後も足元のペースで日本のワクチン接種率が上昇すると仮定すれば、9月下旬には部分接種率が4割を超えることになる。こうしたことからすれば、日本国内の個人消費が明確に回復に向かう時期は今年度後半以降と予想。
- ただ、日本は他国と異なり、景気後退下の消費増税などにより、コロナショック前から経済は正常化していなかった。したがって、今年度後半以降の個人消費の回復が持続するには、経済が少し好転しても、経済が完全雇用に達成する前に金融・財政政策を引き締めないことが条件。
はじめに
新型コロナウィルスの変異株が猛威を奮う中、政府は東京に7月12日から来月22日までの期間、4回目となる緊急事態宣言を出す方針となった。また、沖縄県についても8月22日まで宣言を延長するとされている。
宣言の下では、飲食店に酒類の提供停止を要請する方針となるようであり、経済活動の抑制圧力が拡大することは避けられないだろう。そして、これまでの緊急事態宣言により、発出時の経済が大きく悪化していることからすれば、今回の決定で悪影響が拡大することは確実だろう。
今回の宣言でGDPは▲1.0兆円、失業者+5.5万人増
過去の緊急事態宣言発出に伴う外出自粛強化により、最も悪影響を受けた需要項目が個人消費である。そして、実際に過去のGDPにおける個人消費と消費総合指数に基づけば、2020年4~5月(発出期間4月7日~5月25日)にかけての個人消費は、一回目の緊急事態宣言がなかった場合を想定すれば、▲4.4兆円程度下振れしたと試算される。
また、2021年1月8日~3月21日までの2回目の緊急事態宣言の影響は、同様に推計すると、第一回目の1/4程度の▲1.1兆円程度だったことが推察される。なお、沖縄を除く3回目の緊急事態宣言が4月25日~6月20日までであり、4月の個人消費が0.3兆円下振れしていることを勘案すれば、3回目の緊急事態宣言は1日当たり個人消費を▲500億円程度押し下げていたと予想される。これは、沖縄除く緊急事態宣言が57日間であったことからすれば、3回目の緊急事態宣言では個人消費が500億円×57日=▲2.9兆円程度下押しされたことが推察される。
そこで、今回の東京に加えて延長となった沖縄に加えた緊急事態宣言が7月12日~8月22日まで発出された場合の影響を試算すべく、直近年の県民経済計算を基に今年4月時点で発出されていた地域の家計消費の全国に占める割合を算出すると、東京都14.4%+京都府2.1%+大阪府7.2%+兵庫県4.2%=27.9%となる。
ただ、今回の発出は今のところ東京と沖縄の14.4%+0.9%=15.3%に限られる。このため、今回の緊急事態宣言に伴う消費押し下げ圧力を今年4月の▲500億円/日の15.3/27.9=55%程度と仮定すれば、マクロの個人消費押し下げ効果としては▲500億円×55%×42日≒▲1.2兆円程度になると試算される。
しかし、家計消費には輸入品も含まれていることからすれば、そのまま家計消費の減少がGDPの減少にはつながらない。事実、最新となる総務省の2015年版産業連関表によれば、民間消費が1単位増加したときに粗付加価値がどれだけ誘発されるかを示す付加価値誘発係数は約0.85程度となっている。そこで、この付加価値誘発係数に基づけば、GDPの減少額は▲1.0兆円程度になると計算される。これは2021年7-9月期のGDPを▲0.7%程度押し下げることになり、年率換算では▲3%近く押し下げる計算になる。
また、近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、実質GDPが1兆円減ると1四半期後の失業者数が+5.6万人以上増える関係がある。従って、この関係に基づけば、今回の緊急事態宣言発出により、それに伴う3か月後の失業者の増加規模はトータルで+5.5万人程度になると試算される。
個人消費はいつごろ回復するか
ただ一方で、日本では海外に比べて遅れていたワクチン接種が足元で急速に進んでいることもある。日本国内でワクチン接種が本格化したのは今年の2月下旬であり、昨年12月下旬から始まった米国に比べて2か月遅れたが、その後急速にキャッチアップしている。そして、7月初旬時点において全人口の24%までワクチンの部分接種が完了している。
一方、米国ではすでに7月上旬時点で全人口の55%が部分接種を完了しており、新規感染者数も抑制されている。そこで、米国におけるこれまでのワクチン部分接種率と感染者数の推移を見ると、概ね部分接種率が4割前後に達したタイミングで感染者数が減少傾向に転じていることがわかる。この事例は、日本でもワクチンの部分接種率が4割を超えてくれば、感染者数の抑制効果が高まることを示唆している。
そこで、今後も足元のペースで日本のワクチン接種率が上昇すると仮定すれば、9月下旬には部分接種率が4割を超えることになる。こうしたことからすれば、今後の感染状況次第では、緊急事態宣言の更なる延長や、発出地域が拡大される可能性も否定できないが、ワクチンの部分接種率が4割を超える今年度後半以降は解除される可能性が高い。となれば、日本国内の個人消費が明確に回復に向かう時期は今年度後半以降と予想される。
ただ、ワクチン接種が進んでいる欧米諸国を中心に集団免疫が獲得されれば、海外の経済政策が出口に向かうことには注意が必要だろう。過去の経験則では、日本でも経済政策を出口に向かわせる議論が高まる可能性がある。欧米経済と違って経済の正常化から程遠いにも拘らず経済政策が出口の方向に向かうリスクが高まれば、日本経済は正常化に向かうチャンスを失うことにもなりかねない。
日本は他国と異なり、景気後退下の消費増税などにより、コロナショック前から経済は正常化していなかった。したがって、今年度後半以降の個人消費の回復が持続するには、経済が少し好転しても、経済が完全雇用に達成する前に金融・財政政策を引き締めないことが条件と言えるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣