本記事は、ポール・ジャルヴィス氏(著)、山田文氏(訳)の著書『ステイ・スモール 会社は「小さい」ほどうまくいく 』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています

カンパニー・オブ・ワンとは何か

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(画像=PIXTA)

2010年秋、トム・フィッシュバーンは大手食品会社のマーケティング担当副社長の仕事をやめた。世間から見ればとてもいい仕事であったにもかかわらずだ。どうしてやめたのか。漫画を描きたかったからだ。この転職は結局、トムにとって最高の選択になった。心の面だけでなく、意外なことに金銭面でもだ。

トムはただ気まぐれにやりたいことをやろうとしていたわけではない。資本主義に反旗を翻すヒッピーになったわけでもない。うまくいくように念入りに計画を立てて、それを実行に移したのである。

子ども時代から、トムは漫画を描くのが大好きだった。医師だった父親の処方箋用紙のつづりの裏にパラパラ漫画を描いていたほどだ。

その後、ハーヴァード大学でMBAの取得に向けて学んでいたとき、友だちにすすめられて大学新聞『ハーバス』に漫画を投稿するようになった。在学中はそれをつづけたが、卒業後は企業に就職する。ビジネスの学位を取ったのだから、自然な流れだろう。それに子どもがふたりいて収入は自分の分しかなく、住宅ローンも抱えていたので、安定した仕事が必要だった。とはいえ漫画は趣味で描きつづけていて、自分が身を置く企業マーケティング業界を諷刺する漫画を描いては同僚に見せていた。

トムが仕事の片手間に描く漫画は、友人やその友人たち、さらに広い範囲の人たちにも読まれて注目を集めていった。お金を払うという企業も現れ、トムは夜や週末に副業として漫画を描くようになった。そういった企業がたくさん集まり、貯金もあるていどできたところで、ようやくトムは会社勤めをやめて独立することにしたのだ。

会社をやめてからの7年間で、トムは幹部として会社勤めをしていたときの2〜3倍の収入を漫画家として得るようになった。これは組織を大きくしたり、従業員をたくさん雇ったり、世界中にオフィスをつくったりした結果ではない。トムの会社〈マーケトゥーン〉は妻とふたりだけの会社で、あとは数人のフリーランサーが個別のプロジェクトを手伝うぐらいだ。ふたりはカリフォルニア州マリン郡の自宅で仕事をしている。裏庭にある日当たりのいいスタジオで作業をし、ふたりいる娘がしきりにそこを訪れて、夫婦とともに漫画を描いて午後のひとときを過ごす。

ビジネスの世界では従来、成功に規模の拡大はつきものだと考えられてきた。しかし、トムは従来の考えにとらわれることはなかった。彼はビジネスのルールを熟知している。世界トップクラスのビジネス・スクールで学び、その知識を巨大企業で活かしていたのだ。ただ、自分のビジネスをはじめたときには、こうしたやり方に従うつもりはなかった。

通常、企業は調子がいいと人を増やして設備を充実させ、収益を増やそうとする。規模の拡大はつねに望ましい。規模の拡大には終わりがない。規模の拡大は成功に欠かせない。こういう想定がその核にはある。ほかはすべて優先度が低く、あとまわしにされる。仮にトムが自分の会社を大きくしようとしていたら、どうなっていただろうか。

トムに漫画を描いて欲しいクライアントがたくさんいるのに、当の本人は(ほかの漫画家たちを管理するのに忙しくて)漫画を描く時間をあまり確保できなかっただろうし、裏庭のスタジオで家族と過ごす時間ははるかに少なくなっていたにちがいない。トムにとってこの種の成長は、かしこくもなければ理にかなってもいない。暮らしと仕事において自分が大切にするものと相容れないからだ。

同じく消費者文化においても、〝もっと〟がつねに求められている。わたしたちは広告によってさまざまなものを売りつけられるが、その商品を好きでいられるのはもっと新しくもっといいバージョンが発売されるまでだ。もっと大きな家、もっと速い車。たくさんのものがクローゼットに、ガレージに、倉庫にたまっていく。

〝もっとたくさん〟への執着を広告が煽り、幸福と充足感を約束する。しかしそれは空約束であり、けっして実現されはしない。ときに必要なのは、〝十分〟あるいは〝もっと少なく〟を目指すことだ。というのも、〝もっとたくさん〟を求めると、多くの場合、生活とビジネスの両方でさらなるストレス、さらなる問題、さらなる責任が生じるからだ。

世間一般のイメージとは異なるだろうが、〝もっと少なく〟という考えをもとにビジネスをするのはむずかしくない。トムは人材確保、オフィスの賃料、給料、社員管理に煩わされることがない。プロジェクトで必要なときだけ外部の人を雇う。その人たちはほかにもクライアントがいて、ほかの仕事もしている。マーケトゥーンの仕事をしていないときも、自力で生活できるわけだ。

トムは安定した長期的なビジネスをつくった。小規模でどのような経済状況にも対応でき、弾力性があってひとつのプロジェクトやクライアントに大きく依存することがなく、生活を中心に据えて仕事ができる(つまり仕事が中心にはならない)、そんなビジネスだ。トムは収入を増やしながらも、通常それにともなって生じる罠に陥ってはいない。優秀なビジネスパーソンとして仕事をし、毎日家族と過ごして娘たちと一緒に漫画を描き、さまざまな多国籍企業と取引をしながら、普通のイラストレーターよりも多くのお金をもらっている。

つまりトムは、カンパニー・オブ・ワンの完璧な一例だ。

ステイ・スモール 会社は「小さい」ほどうまくいく
ポール・ジャルヴィス(Paul Jarvis)
オンラインを駆使した「小さな会社」の魅力を伝える、新時代のビジネスリーダー。ウェブデザイナー、オンラインコース講師、ソフトウェア開発者、ポッドキャスト配信者、作家。アクセス解析サービスFathom Analyticsの共同創業者。「ひとり」から「数人」の会社、あるいは大企業のなかでも独立性を担保した働き方をする人たちに向け、マーケティングから生産、販売、資金繰り、カスタマーサービスに至るまで、長期的に安定したリスクに負けないビジネスを指導。著者は企業ウェブサイトのデザイナーおよびインターネット・コンサルタントとして仕事をはじめ、ウォーレン・サップ、スティーヴ・ナッシュ、シャキール・オニールらプロスポーツ選手や、Yahoo!、マイクロソフト、メルセデス・ベンツ、ワーナー・ミュージックなどの大企業と長年仕事をしたのち、マリー・フォルレオ、ダニエル・ラポルテ、クリス・カーらオンライン起業家がブランドを築くのをサポート。著者の経営手法は『WIRED』誌、『ファースト・カンパニー』誌、USAトゥデイ紙など、さまざまなメディアで繰り返し取り上げられてきた。現在、カナダ、ブリティッシュコロンビア州の沖合にある島で、妻のリサと暮らしている。
山田文(やまだ・ふみ)
翻訳者。訳書に『ザ・ディスプレイスト 難民作家18人の自分と家族の物語』(ヴィエト・タン・ウェン編)、『ポバティー・サファリ イギリス最下層の怒り』(ダレン・マクガーヴェイ著)、『3つのゼロの世界 貧困0・失業0・CO2排出0の新たな世界』(ムハマド・ユヌス著)、『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(J・D・ヴァンス著/共訳)などがある。

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