本記事は、ポール・ジャルヴィス氏(著)、山田文氏(訳)の著書『ステイ・スモール 会社は「小さい」ほどうまくいく 』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています
小さいからできること
ショーン・デスーザは自分の会社を大きくしたいとは思っていない。
1年に50万ドルの利益を出せれば十分であり、それを超える額を稼ぐ必要はないと決めた。ショーンはサイコタクティクスというコンサルティング・サービスを提供している。顧客が商品を買ったり買わなかったりする心理を企業に教えるサービスだ。ウェブサイトと対面のワークショップでショーンが稼ぎ出すのは、年に50万ドルである。
ショーンは、事業主としての自分の仕事は無限に利益を増やすことだとは考えていない。競争に勝つことだとすら思っていない。顧客の暮らしと仕事にプラスになるように、よりよい商品とサービスを提供することが自分の仕事だと考えているのだ。顧客を引きとめてお金を払いつづけてもらうには、顧客のニーズを満たすことが鍵になるとショーンは気づいた。つまり、ショーンがつくるものを使ってビジネスがうまくいけば、その顧客はショーンの商品を買いつづけるということだ。
ショーンは、上限を設けた目標を達成することにしか関心がない。この目標は、ビジネスと成功について一般に考えられていることと矛盾すると思われるだろう。一般には、ビジネスの目標はどんどん利益を増やすことにあり、利益が増えるにつれて社員や支出も増やして規模を拡大すべきだと考えられている。
しかし、ほかの多くの人と同じように、ショーンもむしろその反対が正しいと感じている。つまり、成功が何を意味するかは個人によって異なると考えているのだ。利益を出して継続させることはビジネスにとって決定的に重要だが、ビジネスの成功においてそれだけが原動力、指標、要因になるわけではない。
ショーンが一定額の利益を目指してそれを超えないようにしているのは、自分が望む暮らしを中心にしてビジネスを組み立てたいからだ。毎年3か月の休みを取って妻と過ごし、毎日ゆっくり散歩と料理を楽しんで、ふたりいる姪にものを教える時間を確保する、そんな生活をショーンは望んでいる。
朝はたいてい目覚まし時計なしで4時前に起き、裏庭にある小さなオフィスで仕事をはじめる。早朝から働くことで、まわりが騒がしくなる前にポッドキャストの音声を録音できるからだ。ショーンは、散歩とコーヒーブレイクの時間をたっぷりとって、のどかな生活を送っている。仕事の中心は、ウェブサイトの掲示板に顧客が書きこむ質問に答えることだ。
ショーンは、年に50万ドルという目標額をやすやすと達成している。これはマーケティングや宣伝の成果ではなく、いまいる顧客を大切にしているからだ。ポッドキャストのリスナーが知り合いにショーンのことを伝え、それによって長期的に少しずつリスナーが増えていく。いまの顧客がすすんで(給料不要の)営業担当者になってくれているわけだ。
企業は既存の顧客のことをあまりにも蔑ろにしがちである。すでに聴き、買い、利用している人たちだ。これらの人たちが、企業にとっての最重要人物である。新しく獲得しようとする人よりもはるかに重要だ。顧客が10人でも、100人でも、1000人でも、その人たちに迅速にきちんと対応しなければ、規模拡大やマーケティングのために何をしてもまったく意味がない。すでにあなたに注意を向けている人たちの言うことに耳を傾け、その人たちとコミュニケーションをとり、その人たちを手助けするようにしなくてはならない。
ショーンは、オンライン教育業界でもっぱらマーケティングに力を注ぐ人をたくさん見てきたが、彼自身は既存の顧客に向けて商品をもっとよいものにすることに集中してきた。既存の顧客にさらなる成果、よりよい成果をもたらすために仕事をし、顧客はそれに応えて引きつづきショーンの既存の商品や新商品を買う。
ショーンは自分のビジネスをイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」になぞらえる──「いつでもチェックインできる、でも出ていくことはできない」。ただ、ショーンのバージョンは、原曲ほどサイケデリックでもなければ氷の上にのったピンクのシャンパンも登場しない。登場するのはチョコレートだ。
顧客をつなぎとめる戦略の一環として、ショーンは顧客に箱入りのチョコレートを贈っている。手書きのカードを添え、ときにはちょっとした漫画を描くこともある。かかる費用は、ショーンが現在暮らすニュージーランドからの送料も含めておよそ20ドル。たいした費用をかけていないのに、顧客はしきりにそれについて語る。2000ドルもの大金を払ってショーンの研修プログラムを受講しているのに、口をひらけば出てくるのはチョコレートの話だ。
イベントでショーンが講演をしても、みんなはチョコレートのことを話す。ショーンの顧客たちは、このちょっとした心づかいが大好きで、ショーンのビジネスが一人ひとりに気を配っていることに好感を持っている。ショーンのカンパニー・オブ・ワンは無限の規模拡大を目指すのではなく、いまいる顧客の役に立つことだけに焦点を絞っているのだ。
ショーンの友人が大儲けした年があった。その友人は会議でシャンパンをあけて(氷の上にのったピンクのシャンパンだったかもしれない)、翌年は利益を倍にすると誓った。しかしショーンは、ビジネスを小規模にとどめておくのが自分の目標だと確信している。やみくもな規模の拡大は必要ないと思っていて、そうしたものの考え方を疑っているのだ。
友人と同じように利益を倍増させようと思ったら、どれだけ働かなければならないだろうか。追加で生じる仕事のせいで、家族と生活全般にどれだけの影響が及ぶだろう。ショーンは、そのような複雑さ、ストレス、責任を求めてはいない。生活の時間を隅々まで仕事に侵蝕されることなく暮らすほうがしあわせだと考えている。だからショーンにとって成功とは、小さいままでいることにほかならない。
ショーンのビジネスは、最適なサイズを見いだしてその状態にとどまるカンパニー・オブ・ワンの好例だ。利益を最大化し、最も望ましいライフスタイルを実現するための長期的な戦略として、ショーンはあえてビジネスを小さいままにしている。いまの規模だからこそ、顧客のことをよく知り、うまく手助けができるのだ。そして顧客は毎年何千ドルもの大金をショーンの研修プログラムに支払う──たった20ドルのチョコレートがものをいっているわけだ。
ショーンと同じように、セムコ・パートナーズ社のCEOリカルド・セムラーも、自分が所有し投資するビジネスにふさわしいサイズを見いだした。それがうまく機能して、セムコは1億6000万ドルもの価値がある企業に育ったのである。リカルドは、企業をただ大きくすることではなくよりよくすることに集中すべきだと考えている。
彼のアプローチは、規模の拡大はつねにいいことであり、規模の拡大には終わりがないという考えを疑問視する。リカルドは、自分が経営する会社が世界で競争力を確保できる規模を割り出し、そこで拡大をやめて、大きくすることからよりよくすることへと重点を移す。
現在のビジネスのパラダイムでは、お金をたくさん稼いだり長期的に成功したりするには、ビジネスの規模を拡大しなければならないとされている。大きなビジネスは失敗しにくく、利益を確保しやすいとでもいうかのようだ(明らかにこれは正しくない)。それどころかこの見解では、ビジネスを実際にはじめる前から、規模の拡大を唯一の目的として──あるいは会社を最終的に高値で売却することを念頭に置いて──計画を練ることが求められる。しかしこのパラダイムは真実に根ざしてはおらず、批判的な検討にも耐えられない。
3200社を超える高成長テクノロジー・スタートアップを分析した〈スタートアップ・ゲノム・プロジェクト〉の研究によると、そうした企業の74%が失敗に終わっていた。競争やビジネス計画の不備が原因ではなく、急激に規模を拡大しすぎたためだ。規模の拡大をもっぱらの目的とするのは、ビジネス戦略として望ましくないだけでなく、完全に有害である。
失敗するなかで、これらの高成長スタートアップは大規模な人員削減を行ったり、オフィスや工場を完全にたたんだり、安い値段で会社を売却したりしていた。いまのビジネスの世界では、利益よりも規模の拡大を優先させるようアドバイスされることが多いが、それが失敗の原因だったのだ。
カウフマン財団と『Inc.』誌が5000社の高成長企業を対象に行った追跡調査によると、5〜8年のうちに3分の2を超える企業が倒産したり、大幅に人員を削減したり、市場価値よりも安い値段で身売りしたりしていた。この結果は、スタートアップ・ゲノム・プロジェクトの調査結果を裏づけている。これらの企業が自立できなかったのは、収入の目標を念頭に置いて資金を投じたり規模拡大を目指したりしていたからだ。あるいは、ベンチャー・キャピタルによる資金投入によって規模を拡大していたからだ。いずれにせよ、実際の収益をベースにはしていなかったのである。
ベンチャー・キャピタルは資金を投入して企業の成功を目指すのに手っ取り早い方法ではあるが、それがつねに必要とされるわけではなく、それどころかそこには確実に一定のマイナス面がつきまとう。カウフマン財団の調査によると、長期的に成功している企業の86%はベンチャー・キャピタルの資金を利用していない。なぜか。企業の関心は資金提供者の関心と必ずしも一致しないからだ。さらに悪いことに、投資家の関心は顧客の関心とも必ずしも一致しない。それに外部から資金が投入されると、自由とコントロール、弾力性、スピード、シンプルさが失われる。これらはいずれもカンパニー・オブ・ワンに必須の性質だ。
Yコンビネータ(スタートアップ向けの大手有名ベンチャー・キャピタル企業)の共同創業者ポール・グレアムによると、ベンチャー・キャピタルが企業に大金を投資するのは、それだけの額の資金が企業に必要だからではない。ベンチャー・キャピタル側が自分たちのポートフォリオを大きくするために、多くの収益をもたらす企業を大きくする必要があるからだ。急激に多額の資金が投入されると、企業は「会議ばかりしている大勢の社員であふれかえる」ことになるとグレアムは言う。
スタートアップはその性質からして非常に脆弱だと起業家のサリム・イスマイルは語る。スタートアップとは、きわめて不確実な条件のもと、大企業に成長する可能性がある組織だ。収入が支出に追いつくという想定のもとに、資金やリソースを使う。しかし実際に収入が支出に追いつくことは多くないので、ほとんどのスタートアップは失敗する。
カンパニー・オブ・ワンのなかにはスタートアップとみなされる企業も多いが、カンパニー・オブ・ワンのすべてが従来の意味でのスタートアップであるとはいえない。多くのスタートアップが関心を向けるのは、規模の拡大、買収、従業員、テーブルサッカーを備えた贅沢なオープンオフィスといったものだ。
また、いかなる代償を払ってでも大きな利益を得ようとして、立ちあげの際の資金を投資家から調達することが多い。それに対してカンパニー・オブ・ワンは、安定性、シンプルさ、独立性、長期的な弾力性に関心を向ける。外部からの投資を必要としない範囲で、小さくはじめてできるだけ多くの利益を確保しようとする。いまここでできることに焦点を絞るカンパニー・オブ・ワンは、資本の注入なしではじめられる。
すべてのスタートアップをひとくくりにすることはできない。なかには、やみくもな規模拡大を疑ってかかる企業もある。たとえば、ソーシャルメディアのスケジュール管理ツールBuffer は300万人を超えるユーザーを抱えているが、社員は72人だけで、その数を急激に増やそうとはしていない。人を雇うのは、絶対に必要なときだけだ。Buffer はずっと規模の拡大に疑問を呈していたわけではない。数年前には巨額の資金調達を試みて多くの社員を採用した。積極的に人を採用することで市場シェアを拡大し、投資家が望む収入目標を達成しようというのが狙いだった。しかし、収入によってまかなえないほど多くの社員を抱えることになってしまった。
その後、ふたつの変化があった。第一に、資金を確保したあとも社員を11%削減する必要があるとわかった。実際の収入ではなく目標の収入をもとに社員を雇うのは合理的ではないと気づいたのだ。第二に、何を成功と考えるかについて上層部の見解が分かれていることがわかった。CEOは利益にもとづいた全般的でスローペースな成長を望んでいて、収入の見こみではなく実際に資金があるときにだけ社員を増やすべきだと考えていた。
それに対して最高執行責任者(COO)と最高技術責任者(CTO)は、大きな資金を投じて大きな成長を目指したいと考えていた。つまり、典型的なスタートアップのあり方を念頭に置いていたわけだ。最終的にCOOとCTOが退社し、ほかの社員はみな会社に残った。残った社員たちは、実際の利益にもとづいてゆっくり成長するというCEOのビジョンを共有していた。
利益を増やすために無限に規模を拡大しなければならないのなら、目標がどんどん高くなり、それについていくのがどんどんむずかしくなる。しかし、現在の規模で十分な利益を確保できているのなら、規模の拡大はオプションにしておける。成功するのに必要と思われるときには拡大すればいいが、成功に規模の拡大が必要なわけではない。
カンパニー・オブ・ワンが問わなければならないのは、〝ビジネスをもっとよくするにはどうすればいいか〟であって、〝ビジネスをもっと大きくするにはどうすればいいか〟ではないのである。
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