本記事は、後藤洋平氏の著書『“プロジェクト会議”成功の技法 チームづくりから意思疎通・ファシリテーション・トラブル解決まで』(翔泳社)の中から一部を抜粋・編集しています

どうしたらいいか実は誰もわかっていない

疑問
(画像=PIXTA)

筆者のこれまでのキャリアのなかで、比較的経験が多い「企業と業務システム」という例で、同床異夢の様子を紹介します。特殊なひとつの事例に見えるかもしれませんが、「企画者」「意思決定者」「作業者」という視点に立つと、どんなプロジェクトにも共通する普遍的な構造が見えてきます。

●企画者は意気揚々

業務システムといえば、使ったことのある人の多くが「使いにくい」と感じた経験があると思います。営業活動や経理、あるいは生産管理など、企業における業務の規模が大きい場合、必ず業務システムが活用されます。業務システムには耐用年数があり、当該期間を経過すると次のシステムへの引っ越しをしなければなりません。

古い業務システムを新しいものに入れ替えるとき、過去の失敗や教訓をもとに「よし、ここはひとつ次こそ明るい未来を実現しよう」と決意し新たなプロジェクトが生まれます。システム入れ替えに向けての検討をするようにと経営陣から現場に指示が発せられ、特命プロジェクトが組まれます。

こうしたプロジェクトではたいてい、現場のことがよくわかっていてモチベーションも高いエース人材が投入されます。「よいシステム切り替えができるように頑張ってくれ」と権限が与えられ、エールをその背に受けて責務に取り組むことになります。

現状調査や問題分析、他社事例の確認などを経て、活用できる予算を最大限に活かすべく、さまざまな開発ベンダーやパッケージ製品を探してみたりもすることでしょう。現場の声を集めて要望をまとめ、こんなシステムがあればこんな効果が生まれるはずだ、と未来予想図を描きます。

実際に開発ベンダーに連絡をとって詳しい話を聞きとり、計画を練り上げます。

●意思決定者は疑心暗鬼

新たな業務システムを導入し、業務改善し経営効率を高めて生産性を向上させ、従業員満足度を高めたい。そういうふうに考えない経営者に、私は一度も会ったことがありません。

ほとんどの経営者はいつだってそのように考えていて、よい業務システムが手に入るなら予算も惜しみたくないと、本音では思っているのです。

その思いがかなって、企画を進めた担当者の提案に「待ってました」とばかりに諸手を挙げて承認のハンコを押すことができれば、話は一件落着するのですが、そんな幸福な例は少ないものです。

具体的な話を聞いてみると「セキュリティは大丈夫なのか」「本当に業務効率は上がるのか」「なんだか発想が小さくまとまっていないか」「我が社の成長戦略を正しく理解したうえで立案できているのか」と、疑問符に連なる疑問符があらわれる。

投資をして本当に効果を得られるのか、信じ切ることができずに決裁をためらってしまう。そんな姿をよく見かけます。出発点において、企画者も経営者もなんの齟齬もなかったはずなのに、具体的な企画や計画を前にすると議論がうまく噛み合わず、互いに手を出しあぐねてしまう

ここで企画が却下されてお蔵入りになるか、妥協してゴーサインが出るのか。どうしてもシステム切り替えをしないといけない理由と、時期的なデッドラインがある場合は、ゴーサインがかかります。そうでなければ、あれやこれやと「やらない理由」を探し出して、机上の議論を重ねることになります。

●作業者は五里霧中

正式なゴーサインが出た場合には、いよいよ契約を交わして、プロジェクトの旗揚げです。目的、目標、工程などの必要な情報を資料にまとめ「大変ですがともに頑張りましょう」と握手して、いざ出陣となります。しかし、そこから先が苦難に次ぐ苦難が待ち受け、ゴールを迎えるまでにありとあらゆる紆余曲折をたどります。

開発ベンダーが経験する紆余曲折の本質は、「顧客が“本当に”やりたいことがわからない」という一点につきます。そんなはずはない、発注側はやりたいことをしっかり整理して、開発者に伝えている、と思うかもしれません。しかしほとんどの場合、つくり手が発注側の意図していることを本当の意味で理解でき、作業にあたれていることはめったにありません。

理想的なシステムをつくり上げるためには、つくり手は依頼する立場の事情について、深く理解する必要があります。同時に、依頼する側はその技術的な長所短所について深く理解する必要があります。しかし残念ながら、本当に十分なレベルで理解しようとすると膨大な時間と手間がかかります。一方で、あまり悠長なことをしていると、外部環境はあっという間に変化してしまうので、スピード感も求められます。

そのはざまにあって、過去の事例やテンプレートを下敷きにして、テンプレートを頼りにプロジェクトを進めるのが通例です。テンプレート自体にはもちろん効用もあります。オーソドックスな標準形をもとに、その場の事情にあわせて微調整する進め方はゼロベースのそれよりも手間を省いてくれます。

しかし、テンプレート頼りのプロジェクト進行では、あるとき急に失速してしまう日がやってきます。具体的な中間成果物が目の前にあらわれた瞬間、「あれっ、これは一体、どうしたことだ」という疑問が湧いてしまいます。

●企画者、意思決定者、作業者の同床異夢

欲しい物を表現し、依頼し、つくってもらっていたはずなのに、いざ目の前に提出されたものは、当初期待していたのと全然違う。ここから始まるのは、リカバリーの戦いです。ボタンのかけ違いをどこまで素早くさかのぼれるか。今後の方針をいかに迅速に立てられるか。大事なのは、納期か、品質か、はたまた費用なのか。

意思決定者の希望と企画者の思いが食い違う。そこに作業者の意見が複雑にからみ合ってきます。どれを優先すべきなのか。それとも、すべてを満たせるような創造的なアイデアを生み出さないと、これ以上前には進むことはできないのか。立場の違いが混乱をもたらします。伝言ゲームのタイムラグが焦りを助長します。

こうしたことは、どんなにスキルが高く実績が豊かな作業担当者が携わっていたとしても、必ず発生します。ベテランになると最終的な妥協点をみつける手腕や引き出しは増えますが、それでもやっぱり60点のものをなんとか70点に引き上げるのが限界で、100点満点のものづくりをしたくても「時すでに遅し」ということがほとんどです。

企画者、意思決定者、作業者のそれぞれの思いや利害や状況を、まんべんなく理解する天才的なプロジェクトマネージャやエンジニアが、完璧に近いものをつくり上げることも時々あります。しかし多くの場合は残念ながら、現実的な制約条件に阻まれ、それが叶えられることはありません。

●チーム全体と個人個人の調和をはかるプロジェクト会議

以上、原理的な考察と具体例を通して、プロジェクトで俯瞰的にものごとをとらえるのが難しい実態を見てきました。人間に与えられた時間は有限であり、人間が用いる言語は不完全です。まだ見たことのない価値を、人と人とが協力しあってつくり上げることは、そう簡単な話ではありません。

“プロジェクト会議”成功の技法 チームづくりから意思疎通・ファシリテーション・トラブル解決まで
後藤洋平(ごとう・ようへい)
「なぜ人と人は、考えたことを伝えあうのが難しいのだろうか」を生涯のテーマとしている、プロジェクト進行支援家。株式会社ゴトーラボ代表。「世界で一番わかりやすく、実際に使えるプロジェクト推進フレームワーク」を目指してプロジェクト工学を提唱し、プロジェクトマネジメント教育、ハンズオン支援に取り組んでいる。著書に『予定通り進まないプロジェクトの進め方』(共著、宣伝会議)、『紙1 枚に書くだけでうまくいく プロジェクト進行の技術が身につく本』(共著、翔泳社)などがある。

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