本記事は、川崎晴一郎氏の著書『秒速決算~スピーディに人を動かす管理会計で最高の利益体質をつくる!~』(技術評論社)の中から一部を抜粋・編集しています
予算はトップダウンで年間営業利益の割り振りからスタートする
予算と「秒速決算」のシナジーを働かせる
私の経験上、予算の作り方は会社によってまちまちです。予算の作り方を紹介している本でもそれぞれ言っていることが違いますし、おそらく唯一の正解などないのでしょう。
そんな中で、あえて本書でも予算の作り方を提案してみたいと思います。「秒速決算」は、実績値および予測値をタイムリーに更新して経営管理に役立てるものですが、そのベンチマークとしての予算との対比によってさらに機能します。つまり予算は、「秒速決算」により把握する実績値や予測値と比較できる形で作成すると有意義になります。
予算の作り方の前に、まず「秒速決算」の導入手順を復習しましょう。
・手順1 全社の営業利益を測定可能な活動単位に細分化し、責任者をつける ・手順2 責任者が営業利益の構成要素(勘定科目)を把握し、担当者をつける ・手順3 必要に応じて手順2の各構成要素をさらに細分化し、担当者をつける
職能別組織の場合も同様です。基本的にこれと同じ手順によりアサインされた各責任者や担当者が予算も作ります。しかし予算は、単にあるがままの数値を集計すればよい実績値とは異なり、予測や意思を伴う未来の数値であるため、誰かが基本方針や重要数値を主体的に決めなければいけません。
トップダウンとボトムアップの選択
誰かが予算の基本方針や重要数値を決めることで、予算作成のための骨組みができます。その骨組み作り(ないし予算作成そのもの)は、大きくトップダウンによるものとボトムアップによるものの2種類があります。トップダウンの場合は、社長(トップ)が主導し、全社予算から各活動単位(事業部など)の予算へとブレークダウンする一方、ボトムアップの場合は、各活動単位の責任者や社員が主導して予算を作り、その積み上げで全社予算が作成されます。
どちらによるものでも予算は形になりますが、一般的にトップダウンのものは現場の事情をそこまで考慮できないことから現場社員にとってハードルが高く、達成困難なものとなりがちです。一方、ボトムアップのものは達成可能性が考慮されるので、現場社員にとって比較的無理のない納得感があるものになります。
作る人の立場が違うので当然の帰結かもしれませんが、あまりにも現実とかけ離れた予算が提示されては現場社員が困ってしまいますし、あまりにも現実的すぎて達成が容易な予算では経営者としては面白味がありません。
その意味で予算は「よい塩梅」であることが重要です。「よい塩梅」にするためには、トップダウンで方針や重要数値を決めて、各現場社員が具体的な予算内容に落とし込み、その過程で両者がすり合わせていくといった方法が考えられます。
どのみちトップの意向をくんだ予算に修正される
社長から「予算を作っておいて」と頼まれたので自分が思うように作ったら、これだと売上が少ないだの、利益が足りないだの言われて結局差し戻される。
予算の作成に携わった多くの方にそのような経験があるのではないでしょうか。骨組みからボトムアップで作る予算には、必ずと言っていいほど予算折衝が伴います。
もしかすると社長がトップダウンで作る予算よりは緩やかな内容に落ち着くかもしれませんが、結局は社長の意向をくんだ予算に修正されるのです。
それもそのはずです。予算は会社存続のために達成しなければならない重要なものですから、社長にとって妥協できるものではなく、社員の感覚よりも高めに設定せざるをえないのです。社員にとってできるかできないか、ではなく「やる」という一択の中で「どうやるか」を考えるのがベースとなります。
・大企業の場合は、その業界内で不動の地位を確立させるため
・小規模上場会社の場合は、前年同期を超える利益を獲得して株価を上げるため
・上場準備会社の場合は、上場に必要な目標利益を達成するため
・中小企業の場合は、借入金を返すため、会社を利益体質にして事業承継に備えるため
・スタートアップ企業は、資金が枯渇するまでに成果を挙げるため
それぞれのステージや事情に応じ、各社にとって存続をかけた、あるいは輝かしい未来をかけた戦いがあります。それらを勝ち抜くために、会社は予算というハードルを設けてクリアしていかねばならないのです。
そのための社長のプレッシャーは、社員にはわからないかもしれません。何にせよ社員にとっては、「そんな社長の心情は理解しました。だったら最低限、達成させるべき重要数値は社長が決めればいいじゃないですか」となるのではと思います。
まさにその通り。予算は社長が社員に課すハードル、あるいは願いでもあるわけですから、社員に歩み寄ってもらうのを待つのではなく、積極的に自ら示したらよいのです。
なお、予算の隅から隅までを作るのはあまりにも細々した作業になりますから、さすがにそこは社長がやらなくてもよいかもしれません。少なくとも本書では、重要数値以外の詳細は各活動単位の責任者や担当者が考えるべき、という立場をとりたいと思います。
トップが決めるべき予算の重要数値は
社長が決めるべき重要数値はどのようなものが考えられるでしょうか。賛否両論あると思いますが、私は「秒速決算」おなじみの「営業利益」1つでよいのではと思っています。その理由は、今まで記載した内容と重複しますが次の通りです(成長フェーズでもともと赤字予定の場合は除きます)。
・会社にとって売上よりも利益が大事(借入金返済の原資になる、将来の不測の損失をカバーし会社存続に貢献する、株価上昇につながる重要な指標である、などのため) ・利益には色々な種類があるが、営業利益こそ経営者が社員とともに共有できる、経営管理上最も意味のある利益である ・経常利益も当期純利益も基本的に営業利益と従属関係にあるため、営業利益さえ追えば、それらの利益はおのずとついてくる
というわけで、社長は、まずは全社で獲得するべき営業利益の予算額を決めてしまいましょう。決め方は、その会社の置かれている立場によっていくつかあると思います。
借金の返済額からの逆算、1人あたり営業利益〇円×人数、前年対比〇%アップ、中期計画との整合性を考えた金額など、会社にとって稼ぎ出さなければならない金額をとりあえず置いてみましょう。
ちなみに、予算に設定する来期の利益は多ければよいというわけではありません。
無理な利益増加は組織に歪をもたらすので成長しすぎない成長がよい、という会社もあるかと思います。
また、利益を獲得し続けなければ会社は存続できませんから、さらなる将来の利益増加のために来期の利益を犠牲にするかもしれません。
たとえば、広告投資をして会員を増やせば増やすほど将来の利益につながっていくようなビジネスモデルの場合、極論、お金をかき集めるだけかき集めて、赤字決算になろうが広告につぎ込んだって構わないわけです。赤字を継続した後に莫大な利益を稼ぎ出すようになった会社が世の中にはたくさんあるのはご存知の通りです。
ただ、そんなわかりやすいビジネスチャンスは滅多にないので、来たるチャンスに備え、蓄えられるときに蓄えるスタンスが一般的になるはずです。中長期の成長を見据え、既存事業にも投資を行いつつ、いつか訪れるかもしれないビッグチャンスに備えた蓄え(利益確保)を別途するのです。
社長はそんなことも考えながら、まずは全社で獲得すべき営業利益の予算を設定してみてください。そして全社の営業利益を設定したら、各活動単位にその利益を按分してください。これにより予算の骨組みができます。
按分計算は、当期を含む過年度の実績を考慮するなどの方法でひとまず行ってみて、後はそれぞれの活動単位の責任者と交渉しながら、各活動単位の営業利益予算を決めてしまいましょう。
規模の大きい会社は活動単位の数が多くなるため、社長は、社長直下の活動単位(事業本部)のみの営業利益を決めて、それ以下の活動単位への按分は部下(事業本部長)に任せるのでもよいかもしれません。
おそらく売上を生み出さない活動単位(間接部門)を除き、ほとんどの活動単位で、本社費や共通費を負担しない状況では黒字予算となるのではないでしょうか。いずれにしても、まずは社長主導で各活動単位の営業利益を固め、予算の骨組みとすることがポイントです。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます