本記事は、別所宏恭の著書『ネクストカンパニー 新しい時代の経営と働き方』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています

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(画像=PIXTA)

これから何が起こるか?―2020年代を生きるためのデジタルの基礎知識

この項では、2020年代に訪れるであろう「デジタルの世界の変化」について考えてみましょう。

前述のように、私はデジタルの進化はシンプルに素晴らしいことだと捉えています。しかし、大きな変化が起こるときは、どうしても一人ひとりのレベルでは、その荒波に揉まれて負の影響を受ける方も出てきてしまいます。たとえば電子署名が一般的になれば、印鑑業者の多くは別の生業を探す必要に迫られるかもしれません。

ですから、一個人としては時代の流れを読み、デジタルに居場所を奪われるのではなく、デジタルを使いこなす側の人間になる努力を続けることが重要だと考えます。

経営者目線で見ても、市場が変わり、戦略が変わっても、同じ社員と変わらずによい仕事が続けられればそれが何よりですから、そのような努力を意識的にしている人材と出会いたいところです。

スマートフォンからスマートグラスへ

それでは、これからどのような変化が起こるのか。そして、われわれはどのような努力をするべきなのか?

実はその点については、すでに少し触れてもいるのですが、まずは変化の内容から見ていきましょう。

前提として、現在、IT代替可能な仕事を人間の手作業・PC業をメインに行っている方は、その作業をシステム化できるツールに習熟するべきでしょう。

その上で経営者にDXを提案して、システム化の旗振り役になるというキャリアパスも描けるかもしれません。仮に、その提案の価値を理解できない経営者なら、転職するほうが将来の可能性が広がるように思います。

人間がやるべき仕事に集中できる環境にあり、自分でもデジタルツールを使いこなせる人にとっては、「スマートフォンからスマートグラスへ」の変化への対応が重要になってきます。

日常使いできるスマートグラス自体は、技術的にはほぼ実現化できる状態にあります。ただ、目に映るすべてを記録可能なその性質から、プライバシー・心理的な感覚で一般化の機運が高まらず、現状はAR・VR用デバイスとしての利用に留まっています。

とはいえスマートフォンで撮影しながら街歩きや生配信をする人もどんどん増えていますし、個人的には、「他人に撮られたくない」と思う人もやや折れる形で慣れてしまい、心理的障壁も下がっていくと見ています。

また、スマートグラスの一般化に時間がかかったとしても、AIとビッグデータの進化は止まりません。インターネットの情報の海が、さらに加速度的に広がり、深くなっていくことは確実です。

スマホの「制約条件」をグラスが解決する

この「スマートフォンからスマートグラスへ」の変化は、「PCからスマートフォンへ」以上の革命といえます。

今、世の中にあるスマートグラスは、しょせんARやVRコンテンツを楽しむためのデバイスで、わざわざ使う必要はないと考える方も多いと思われますが、いずれスマートフォンはスマートグラスに取って代わられると私は考えています。

ディスプレイを内蔵したスマートコンタクトレンズの開発も進んでいますが、そもそもメガネのようにかけたり、眼球にそうしたレンズを装着したりせずとも、視界が全部「画面内」になるデバイスもいずれ当たり前になるでしょう。そうなれば、われわれはスマートフォンを持つことすら面倒に思うようになるはずです。

PCからスマートフォンへの移行によって起きた一番の変化は、「場所」という制約からの解放です。

どこでもインターネットにアクセスでき、デスクにいなくてもできる仕事が劇的に増えました。瞬時に立ち上げられるので、数分程度の短いスキマ時間に、街中、電車の中、場合によっては風呂の中などでも突然のひらめきをメモしたりすることも可能です。

この利便性によって、「人間がインターネットに接続している時間」は劇的に増え、またそれに伴って増える「スマートフォンの利用データ」自体も、ビッグデータ時代をさらに後押ししています。

とはいえ、革命的なスマートフォンにも制約条件があります。

画面が小さいので、一度に参照できる情報に限りがあり、入力も面倒です。スペック的にはスマートフォンで十分な仕事でも、大きなモニターやキーボードが使いたくて、仕事はPCでしかしないという方はまだまだ多いでしょう。

しかし、スマートグラスが当たり前の世界になれば、視界すべてが画面になります。このメリットを日常的に享受すると、PCのデュアルディスプレイすら不便に思える時代が来るかもしれません。

また、入力画面も好きにカスタマイズできます。仮想キーボードを視界に呼び出して打つのも簡単でしょうし、生まれたときからスマートフォンに慣れ親しんでいる方は、大きなフリック入力のインターフェースを選ぶことも可能でしょう。また、そのころには、囁(ささや)く程度のつぶやきでも、音声入力が可能になっているかもしれません。

さらに技術が進めば、目の細かい動きを感知したり、考えるだけで入力できる時代も来るでしょう。視線入力デバイス自体は、すでに実用化しており、筋萎縮性側索硬化症の患者さんなどが使用しています。

そう、スマートグラスならではの重要な情報として、この「視線の動き」が挙げられます。自分が今、何に、どれだけ、文字通り「注目」しているのかが、具体的なデータとして抽出できるのです。

「好きな芸能人は?」と聞かれて、照れ隠しではなく、本当に「誰とは言い切れない」と思う方は少なくないと思うのですが、グラス越しに最も長く見た芸能人のデータも調べることが可能になります。そのようなデータを参照すると、まったく意識していなかった「本当に好きな人、外見のタイプ」などが見つかるかもしれません。

この視線の情報は、本人も気づいていない潜在意識につながるものも含まれるでしょうから、文字通り次元の違う情報になるはずです。

スマートグラスのような技術が一般化すると、操作量を減らせるので、情報を入力する量もスマートフォン以上に増え、ARやVR、音声伝達技術もさらに発展することで、私たちが受け取る情報量もさらに増えるでしょう。

スマートフォンは「いつでもどこでもネットに接続できる」デバイスであるのに対し、スマートグラスは「いつでもどこでもネットに接続している」デバイスで、大げさではなく、起きている時間はすべてインターネットにつながっている時代になります。

兵站(へいたん)の変化に対応するには?

では、スマートグラスによって加速するであろう「情報の劇的な変化」に対応するために、どのような戦略を取るべきなのか?

私は、ビジネスを戦いとするなら、情報は武器や食糧といった兵站にあたるものと考えます。

そして、この兵站に劇的な変化が起こるなら、前線の戦略も変えなければ戦えません。

戦国時代でいえば、熟練の騎馬隊に初めて使う火縄銃を渡しても、まともに使えないでしょう。反対に、火縄銃の訓練を受けた足軽に槍と頑健な馬を与えても、効果は薄いはずです。

そして、仮に火縄銃の時代になるのであれば、熟練の騎馬武者たちに別の技術を覚えてもらう、あるいは退場してもらう必要もあるかもしれません。

簡単にいえば、私は兵站の変化に対応するには、「組織の流動性」を高めるしかないと考えています。新しい技術を取り入れるには、それをよく理解している人を組織の多数派にするしかないからです。

おそらく、16世紀前半、火縄銃が伝わってきたばかりのときに、多くの武士に「これをどう思う?」と尋ねても、正鵠(せいこく)を射る可能性は極めて低いでしょう。

なぜなら、多くの武士は「古い技術」の専門家でしかなかったからです。それだけならまだいいのですが、新しい技術の真価を捉えられないばかりか、既得権益を侵されることを恐れて、受け入れること、評価することを避けようとする人も少なくないはずです。

そうした人たちが主流の集団で、火縄銃を活用するのは無理があります。

同じように、私はスマートグラスから取れる情報を武器にする組織にしたければ、半数はグラスを当たり前に使えて、検索力のある人がいなければいけないと考えます。

そして、こうした戦略が必要なのは「人員の構成」だけではありません。「企業のビジネス」そのものにもいえることです。

僭越ながら、レッドフォックスもその時々で価値観の差で勝負できるビジネスを選び、やることを変えてきました。そうして今はクラウドサービスの運営に注力しています。

組織の形も、やることも、常に流動性を持って変化できるようにすることが、何よりも大切だと私は考えます。

日本の企業に多いのは、「現状の組織を新しい技術で変えようとする」やり方です。

それでは、騎馬武者に火縄銃を持たせるようなもので、失敗しても無理はありません。正しい戦略とは、新しい技術に合わせて、組織の形やビジネスモデルを変えることだと私は考えます。そうしなければAIには勝てません。

兵站が変われば戦略も変わりますし、戦略を変えるなら兵站も変えるべきなのです。

ネクストカンパニー
別所宏恭(べっしょ・ひろゆき)
レッドフォックス株式会社 代表取締役社長
1965年兵庫県西宮市生まれ。横浜国立大学工学部中退。独学でプログラミングを学び、大学在学中からシステム開発プロジェクトなどに参画。1989年レッドフォックス有限会社設立、1999年株式会社に組織変更し、代表取締役社長に就任。モバイルを活用して営業やメンテナンス、輸送など現場作業の業務フローや働き方を革新・構築する汎用プラットフォーム「SWA(Smart Work Accelerator)」の考え方を提唱し、2012年に「cyzen(サイゼン/旧称GPS Punch!)」のサービスをローンチ、大企業から小規模企業まで数多くの成長企業・高収益企業に採用される。

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