はじめに
公正取引員会は2021年12月6日「楽天グループ株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」と題する文書(以下、公取委文書)を公表した1。それによると、楽天グループ株式会社(以下、楽天)が運営するオンラインモール「楽天市場」の出店者に対して、楽天の営業担当者が「共通の送料込みライン」への参加をしなければ不利な取り扱いを行うことなどを示唆し、「共通の送料込みライン」への参加を余儀なくさせていた。このような行為は独占禁止法で禁止する優越的地位の濫用に該当する疑いがあり、公正取引員会は継続して審査を行ってきた。その後、楽天がこれら行為を行わないとする改善措置を講ずることとしたため、当該措置により疑いが解消されるものと認め、措置を実施することを確認したうえで審査を終了することとしたとのことであった。
ここで「共通の送料込みライン」とは、原則として3980円(税込み)以上の商品を掲示するにあたって、その場合に「送料無料」と自動的に表示する施策とされている(一部島嶼除く、図表)。
つまり3980円以上の商品を出店者から購入する場合に、購入者は送料を負担しなくてよいということである。そして公取委文書によれば、購入者が免除される送料はすべて出店者負担とされている模様である。
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1 https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2021/dec/211206.html
問題の所在
1|これまでの経緯
この問題は楽天が2020年3月18日付で全出店者に対して一律「共通の送料込みライン」を適用するとの通知を行い、同年2月28日に公正取引委員会が独占禁止法違反の懸念が強いとして東京地裁に緊急停止命令の申立てを行った(独占禁止法70条の4)ことにはじまる。
その後、楽天は、出店者が「共通の送料込みライン」に参加しないことを選択できるようにしたことから、公正取引委員会は緊急停止命令の申立ては取り下げた。しかし、引き続き独占禁止法違反の嫌疑事実について審査を行うこととした。
2|問題視された行為
公正取引委員会から問題視された行為は大きく三つの行為である。まず、(1)検索結果において参加出店者を上位に表示、また購入者がいったん送料無料出店者を検索条件とすると、それ以降、その購入者については「共通の送料込みライン」不参加出店者の商品が表示されなくなるなど不利益な取扱があることを営業担当者が示唆したこと、(2)出店プラン(初心者プラン、スタンダードプラン、メガプランなどがある)を変更するには「共通の送料込みライン」への参加を必須とし、参加後の適用除外申請を受け付けないことを変更申請システム上表示し、また営業担当者もその旨伝えていたこと、(3)「共通の送料込みライン」不参加の場合は契約更改時に退店となることや、「共通の送料込みライン」への参加が大型キャンペーンへの参加条件となるなどの営業担当者からの示唆があったことである。
3|出店者の不利益
公取委文書によると「共通の送料込みライン」へ参加を余儀なくされた出店者の不利益としては大きく二点である。まずイ)送料を出店者が負担することにより利益が減少した出店者があり、また、逆に送料を商品代金に上乗せすることで購入者からは割高と感じられ、客離れが生じて利益が減少した出店者があった。また、ロ)出店者自身が従来設定していた送料無料金額よりも低い値段で送料無料となったため、客単価が減少した出店者、あるいは送料無料とするために3980円以上となるようまとめ買いする購入者がいたため、少額の購入が減った出店者が認められたとする。
法律の適用
1|優越的地位の濫用
本件に関する独占禁止法の規定は優越的地位の濫用の禁止である(法2条9項5号)。優越的地位の濫用とは、(1)自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、(2)正常な商慣習に照らして不当に、ⅰ)継続して取引する相手に、通常取引を行っている商品以外の商品を購入させること、ⅱ)係属して取引する相手に、自己のために金銭等の経済的利益を提供させること、またはⅲ)受領拒絶・対価の支払い遅延、またはその他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定・変更し、取引を実施することとされている。
本事案では、「相手方に不利益となるように取引の条件を設定・変更」したというものと考えられ、すなわち(2)ⅲ)に該当するかどうかが問題となる。ただし、公正取引委員会はこの点について違法であったとの認定まではしていない。以下、(1)優越的地位の認定と、(2)正常な商慣習に照らして不当であることとなる濫用行為について検討する。
2|優越的地位の認定
優越的地位に該当するかどうかは上記1|―(1)にある通り、甲(楽天)の取引上の地位が相手方乙(出店者)に対して優越していることをまず認定する必要がある。公取委の実務ではこの点、イ)乙にとって甲との取引の継続が困難になることが乙の事業経営上大きな支障をきたすため、ロ)甲が相手方にとって著しく不利益な要請等を行っても、相手方がこれを受け入れざるを得ないような場合であることをもって「優越」していると認定する2。
この判断に当たっては,乙の甲に対する取引依存度,甲の市場における地位,乙にとっての取引先変更の可能性,その他甲と取引することの必要性を示す具体的事実を総合的に考慮することとされる。
特に、オンラインモールのようなデジタルプラットフォームにおいては、スイッチングコストやロックイン効果が生ずるため、デジタルプラットフォーム運営者は事業者に対して優越的な地位に立ちやすい3。具体的には、出店者は楽天のシステムにそった形で事業を構築してきており、顧客ベースも楽天のエコシステム上に蓄積されている。他のオンラインモール事業者に乗り換える(スイッチング)ことには多大なコストがかかり、その場合は、また一から事業を展開しなければならなくなることから、出店者が楽天に囲い込まれ(ロックイン)、楽天からの申し出を断れないであろうことは容易に想像がつく。したがって楽天が優越的地位にあることを公取委が認定するのはさほど難しくないものと考えられる。
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2 https://www.jftc.go.jp/hourei_files/yuuetsutekichii.pdf 公正取引委員会「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」p4
3 https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/oct/191031b.pdf 公正取引委員会「デジタル・プラットフォーマーの取引慣行等に関する実態調査報告書」p7
3|正常な商慣習に照らして不当であることとなる濫用行為
優越的地位にあるだけでは独占禁止法上問題にはならない。問題になるのは優越的地位にある事業者が他の事業者等に対して正常な商慣習に照らして不当に不利益を押し付けることであり、本事案では上記1|―(2)ⅲ)の、相手方に不利益となるように取引の条件を設定・変更に該当するかどうかである。
出店者が送料分を商品価格に転嫁することは禁止されていないが、公取委文書にある通り簡単ではない。そうすると、これまで送料を価格に乗せて対価として徴収してきたものが、送料が3980円以上では自己負担となるのであるから不利益変更と認定できるだろう。
そして、「正常な商慣習に照らして不当に」へ該当するかどうかは、相手に与える不利益の程度、当該取引条件が広く用いられているか、当該取引条件があらかじめ明確にされているか、当該取引条件を相手方に要請する場面・過程、相手方との合意・同意の有無等を考慮して総合的に判断される4。
ところで留意すべき点が二点ほどある。ひとつは、日本を代表するeコマースとしては、もうひとつAmazonがある。2018年の公取委の報告書によると、物販のeコマース市場でAmazonと楽天は、それぞれのシェアが26%強でほぼ拮抗している5。
そして、楽天がAmazonの2000円以上送料無料を強く意識したことであろうことは想像に難くない。ただし、AmazonでもAmazon直販は2000円以上送料無料である一方で、出店者と購入者を仲介するオンラインモールであるAmazon MarketPlaceでは一律無料とはなっていないようである(ただし、Amazonプライムなど様々な特典制度があるが、詳細は割愛する)6。
もう一つ留意すべきは、楽天は2019年8月1日以降、事業者が新規に出店する場合には「共通の送料込みライン」に参加することを条件としており、これに同意しない事業者とは契約を締結していない。そして公取委はこの点について、独占禁止法上の問題があるとは言っていない。つまり、3980円以上送料無料制度自体は、必ずしも独占禁止法上問題とされていないようである。
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4 幕田英雄「公取委実務から考える独占禁止法」(商事法務2017年)P232
5 前掲注3、p15。2018年。
6 https://www.nli-research.co.jp/files/topics/67955_ext_18_0.pdf?site=nli EUではAmazon MarketPlace出店者にフルフィルメントサービス(出店者の商品を保管、運送をAmazonが行い、送料の顧客負担は無料となるかわりに、ウェブ上優先的に表示されるサービス)をめぐって調査が行われている。
4|まとめ
以上からすると、公取委は3980円以上送料無料とするルールそのものは、そのことが契約締結の前提としてあらかじめ提示されて出店契約を締結する分には独占禁止法上の問題はないと考えている模様である。楽天は3980円以上送料無料とすることに同意しない事業者との契約締結を拒絶しているが、誰と契約を締結するか、しないかについては、原則として事業者の自由であるとするのが法の考え方である。ただし、独占禁止法上是認できない目的(競争者の排除など)達成のために行われるような場合にだけ問題にされることとなるが、本事案ではそのような事実は指摘されていない。
他方、契約の前提条件として示されていなかったときに3980円以上の購入について送料を出店者負担とする変更を出店者の意向に反して押し付けるとすると、独占禁止法上問題となる。上記3でのべた判断基準に照らしても、契約時点では存在しなかった、出店者にとって不利益となる条件を、様々な場面で不利益を被ることを示唆するなどして受け入れさせており、優越的地位の濫用に該当する懸念が強い。
おわりに
公取委は、楽天が2-2|に記載した行為を行わないとする改善措置が確認できれば、審査を終了するとした。しかし、本来、優越的地位の濫用に該当する行為が行われているのであれば排除措置命令(法20条)を出して該当行為を排除するような処分を行うはずである。また、優越的地位の濫用違反については、課徴金納付命令を出さなければならない(=公取委の裁量はない、法20条の6)。
このようなハードな措置ではなく、たとえるなら「行政指導」的な方策にとどめたのはどの様な価値判断によるものであろうか。内部情報を得ることはできないので推測ではあるが、ひとつには3980円以上送料無料制度自体が必ずしも独占禁止法上問題とされないのであるから、課徴金を課すほどの制裁は不釣り合いに重いと考えたようにも思われる。また、楽天のeコマースでのシェアが26%強と市場で独占的とまで言えないことも関係しているように思う。
デジタルプラットフォームは日進月歩で、デジタルで行われる商習慣について、既存のリアルの商習慣そのものを当てはめることが適当でないこともありうる。その意味では、今回の対応もやむを得ないのかもしれない。
松澤 登 (まつざわ のぼる)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長・ジェロントロジー推進室研究理事兼任
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