本記事は、森 泰一郎の著書『ニューノーマル時代の経営学』(翔泳社)の中から一部を抜粋・編集しています
経営戦略における多角化戦略の位置づけ
前章では経営戦略論の大きなトレンドと基礎的な経営戦略論のモデルに加え、両利きの経営やダイナミック・ケイパビリティ、レッドクイーン論などの最先端の経営学の理論について解説した。
本章では、ニューノーマル時代において多くの読者の関心がある新規事業の成功確率を上げることに貢献する経営学の理論を中心に解説していこう。
まずは本節で、大きな枠組みとしての多角化戦略の理論について、歴史的な背景も含めて詳細に解説する。
多角化戦略を経営戦略論の中で最初に位置づけたのは、イゴール・アンゾフ(※1)である。アンゾフはロッキード・エアクラフト社に在籍する中で、多角化戦略に関する自社の分析をもとに論文の執筆を開始。そして、カーネギーメロン大学産業経営大学院に入り、経営戦略論を体系的に解説した最初の書籍ともいわれる『企業戦略論』(産業能率大学出版部)を1965年に執筆した。多角化戦略の重要な要素として広く利用される「競争優位」や「シナジー」「成長マトリックス」の概念を提唱した書籍であることからご存じの方も多いであろう。
競争優位とシナジー
アンゾフは企業の経営戦略上重要な要素として、コアとなる強みがなければならないと考えた。そのためには、①製品・市場分野、②成長のベクトル、③競争優位、④シナジー(相乗効果)の理解が重要だと説く。
まず、①製品・市場分野とは、企業がそもそもどの事業や製品に力を入れていくのかをきちんと理解することである。
次に、②成長のベクトルとは、企業がどのように成長していくかの方向づけであり、この方向づけのひとつとして多角化戦略が挙げられる。
続く③の競争優位は、企業が優位に競争を進めるための強みのことで、アンゾフによって初めて競争優位という概念が経営戦略に持ち込まれた。
最後に④のシナジーとは、もともとは「筋シナジー」など、生理学の中で2つ以上の筋肉、神経、刺激、薬物などが協働的に作用することによって相乗効果を生み出すことから名付けられた用語である。それをアンゾフは経営戦略の概念に持ち込んだ。
シナジー効果には4つの種類があるとアンゾフは指摘する。
1つ目に、販売面のシナジーである。具体的には、既存の流通・販売チャネル、ブランド名を新製品/新事業でも利用できる場合に生まれるシナジー、プロモーション戦略が共通な製品・事業間のシナジーが考えられる。
2つ目に、生産面のシナジーである。具体的には、既存の生産設備や生産要員が余剰だった場合に、その余剰時間を活用したり、原材料の大量購買によって生産コストが減少したりすることで、他社よりも低い原価で生産できるような場合に生まれるシナジーが考えられる。
3つ目に、投資面のシナジーである。具体的には、ノウハウや人材への投資で生まれる知識面でのシナジーや研究開発で得た成果を別の領域でも活用することで生まれる事業間のシナジーである。
最後に、マネジメント面のシナジーである。具体的には、経営者の能力やノウハウを新規事業でも活かせる場合に生まれるシナジーである。
以上の4つのシナジーを活用することが多角化戦略を成功させる前提条件となる。
(※1)イゴール・アンゾフ:アメリカ空軍の研究所であるランド研究所を経て、ロッキード・エアクラフト(現ロッキード・マーティン)社に入社。その後、ロッキード・エレクトロニクス社で副社長を務め、赤字部門の立て直しを成し遂げた後、学問の世界に入った。
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