本記事は、森 泰一郎の著書『ニューノーマル時代の経営学』(翔泳社)の中から一部を抜粋・編集しています
ボーングローバル理論の嚆矢(こうし)
前節では主にすでにグローバル化が進んでいる企業を対象としていたが、本章の最後では、成長企業がこれからグローバル展開するための方法論として、近年注目されるボーングローバル理論について見ていこう。
ボーングローバル理論はもともと、1993年にマッキンゼー・オーストラリア・ニュージーランドオフィスのコンサルタントであるマイケル・レニー(※1)が『マッキンゼー・クオタリー』において‶Born Global"というタイトルで提唱した理論である。
レニーおよびマッキンゼー・オーストラリア・ニュージーランドオフィスがオーストラリアの中小製造メーカーを分析したところ、自国で売上を上げて、十分成長してから海外展開を目指すのではなく、最初から世界全体をひとつの市場としてグローバル化を目指す企業が全体の4分の1もあることを発見した。具体的には、グローバル化を目指す企業の大半は、創業2年以内にグローバル化を推進しており、このような企業がオーストラリアの輸出額の20%をも担っていた。
このように、ベンチャーの初期段階からグローバル戦略を展開し、大きく成長を遂げる企業を「ボーングローバル企業」と呼んだ。
コンサルティングファームの知識が経営学の世界へ
このボーングローバル理論は2000年代以降、グローバル経営学で積極的に研究がなされてきた。
まず著名な論文としては、ゲーリー・ナイト(※2)とタマー・カブスグリ(※3)が2004年に『Journal of International Business Studies(35:124-141)』にて発表した‶Innovation, organizational capabilities, and the born-global firm(イノベーション、組織ケイパビリティ、ボーングローバル企業)"という論文である。
ナイトとカブスグリは、まず1985年以降に設立され、創業3年以内にグローバル経営を進めてきた24社の経営者と6人のボーングローバル企業の研究者3人の輸出専門家にインタビューを行った(図26参照)。彼らのインタビューをもとにすると、ボーングローバル企業は、経営者がグローバルな目線で起業家精神を持ち、グローバル市場を当初から目指してマーケティングをすることを組織のカルチャーとしている。戦略としては、①グローバルで優れた技術能力、②独自性のある製品開発、③品質重視、④海外の販売代理店を活用する戦略を採用している。その結果、平均して52億円の売上があり、その半数を海外市場で稼ぎ、296名の社員がいることが明らかになった。
その後、インタビューをもとに、結果を2次調査するために、1980年以降に設立された、平均売上が32億円で売上の41%が海外売上で、平均社員数が190名、創業2年以内に海外展開を行っているアメリカのボーングローバル企業203社に対してアンケート調査を行った。
その結果、グローバルな技術能力がグローバル起業家志向の重要な機能のひとつであり、独自性のある製品開発と品質重視の戦略は、グローバル起業家志向、グローバルマーケティング志向によって導かれることが明らかになり、図26の通りボーングローバル企業になるために必要な要素が定量的にも明らかとなった。
彼らの研究は、マッキンゼーが提示したボーングローバル企業というコンセプトを定量的に調査することで、ボーングローバル企業という理論に昇華し、オーストラリア以外の国でも成立することを示した点で価値がある。
なぜ、経営者はボーングローバルを目指すのか?
次に、2007年にナイトがジェイ・ウィーラワデナ(※4)とギリアン・モート(※5)、ピーター・リーシュ(※6)とともに『Journal of World Business(42:294-306)』で発表したのが、‶Conceptualizing accelerated internationalization in the born global firm : A dynamic capabilities perspective(ボーングローバル企業の理論を理論化する:ダイナミック・ケイパビリティの観点から)"という論文である。
彼らは、なぜ経営者は創業間もない頃からグローバル化を目指すのか、そしてそれがなぜ成功するのか、という点を理論化した(図27参照)。
まず彼らが着目したのは、経営者のプロフィールである。経営者はいきなりグローバル化を目指そうとするのではなく、海外での学問経験、前職の勤務経験や自身の生まれなどの地の利がある経営者ほど、ボーングローバル企業を設立するという点である。
次に、経営者のプロフィールから3つの経営能力が導かれるとされる。
1つ目が、市場に関する学習能力で、具体的には市場の情報の獲得と普及に関する能力である。この能力には、顧客からの情報をもとに必要のない知識を捨てる一方、グローバル市場で活用できるように、知識をブラッシュアップすることが重要となる。グローバル市場で成功するためには、自国以外の市場の知識が必要不可欠だからである。
2つ目が、技術および非技術に関する能力である。ボーングローバル企業は、ハイテク技術、ローテク技術、自社には無関係な技術のどれであっても学習を重視しており、そのような企業は新しい市場にもスムーズに適応できるという。市場ごとに技術を適応させることが容易になるからである。
3つ目が、ネットワーク構築の能力である。ボーングローバル企業は歴史の長い多国籍企業とは異なり、資金的にも営業ネットワーク的にも貧弱である。そして商品ラインナップも自社の強みである1商品に限定されているケースが多い。だからこそ、外部のネットワークを構築することで、リスクを下げながら、海外市場での売上を獲得するとともに、市場に関する知識の獲得や、現地でのリソース獲得を行うことが可能となる。
そしてこれら3つの基本的な能力を軸に、マーケティングと知識集約型製品での成功確率が上昇する結果、グローバル化が加速されることになる。
彼らの研究のユニークな点は、ボーングローバル企業の業績の良さではなく、どのようにボーングローバル企業になるのかを経営者のプロフィールから順に紐解き、パフォーマンスにいたるまでの道筋を示した点にある。
ニューノーマル時代において、日本の人口は減少傾向にあり、今後も移民などを受け入れたりしなければ、人口減少のトレンドは避けられない。すると、多くの企業はグローバル化を目指すことになる。
一方で従来グローバル化は、国内で成功し、市場のパイをとりきった企業が行うものだと考えられてきた。しかしながら、ボーングローバル企業という視点を持つことで、創業当時からグローバル化を目指し、2〜3年で海外のネットワークを構築して海外展開を早期にスタートする海外企業が多数あることがわかる。
このボーングローバルの考え方は日本のビジネス界ではこれまでほとんど議論されていない理論であるが、今後のベンチャー企業において重視される考え方となるであろう。
(※1)マイケル・レニー:マッキンゼーオーストラリア・ニュージーランドオフィスマネージングパートナー。25年間にわたってマッキンゼーの第一線でコンサルティングを提供。オックスフォード大学にて美術学の修士号を取得。
(※2)ゲーリー・ナイト:ウィラメット大学アトキンソン・ビジネス・スクール教授。ワシントン大学にてMBAを取得後、ミシガン大学にて博士号を取得。
(※3)タマー・カブスグリ:ジョージア州立大学J・マックロビンソン・ビジネス・スクール教授。ウィスコンシン大学にてMBAと博士号を取得。
(※4)ジェイ・ウィーラワデナ:クイーンズ大学UQ・ビジネス・スクール准教授。スリランカのビジネス・スクールでMBAを取得後、クイーンズ大学にて博士号を取得。
(※5)ギリアン・モート:元グリフィス大学グリフィス・ビジネス・スクール教授。クイーンズ大学にてMBAおよび博士号を取得。
(※6)ピーター・リーシュ:クイーンズ大学UQ・ビジネス・スクール教授。ニューイングランド大学にて経済学の修士号を取得後、クイーンズ大学にて博士号を取得。
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