本記事は、遠越段氏の著書『2500年も読み継がれている戦略の教科書 図解大人のための孫子の兵法』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています
軍に勢いをつけるのは能力のある兵である
故に善く戦う者は、これを勢に求めて人に責めず、故に能く人を択びて勢に任ぜしむ。勢に任ずる者は、其の人を戦わしむるや木石を転ずるが如し。木石の性は、安ければ則ち静かに、危うければ則ち動き、方なれば則ち止まり、円なれば則ち行く。故に善く人を戦わしむるの勢い、円石を千仞の山に転ずるが如くなる者は、勢なり。
【大意】
戦巧者は、戦いの勢いによって勝利しようと求めて、人材に頼らないものだ。そうすることで、様々な長所を持つ人を戦場に送り、勢いのままに従わせることができる。そういう人物が兵を戦わせるのは、まるで木や石を転がすように簡単なものである。木や石の性質は、平なところに置けば静かで止まるが傾いたところに置けば動き出す。方形であれば止まったままだが、丸ければ動き出す。だから、戦巧者が部下を戦わせるという勢いは、丸い石を千尋の高い山から転がすようなものだが、これが戦いの勢いなのである。
【解説】
力のないリーダーの口癖は「人材がいない」である。また、成功できない人の悪いクセは結果を他人のせいにしてしまうことである。しかし、いつも勝利を手にするリーダーは個人の力だけに頼らず、したがって部下の責任を問うことなく、まず組織の勢いをつくってしまう。そこに人を投入すれば勢いの中で人も活きるし、人も育っていく。もちろん戦いにも負けることはないのである。
「三国志」の時代、どの国も人材不足に悩んでいた。魏、呉、蜀と三つの国が覇を競うのであるから、人材も三分されるのは当然だ。それぞれのトップは強烈な個性の持ち主だ。自分が思い描く国家を実現するために、兵を動かし、政をつかさどる。理想の実現には、実働部隊が必要になる。その人材がどの国も不足するのは、三つも国があるのだから当然だ。だから、有能な大臣や将軍が他国に引き抜かれるのは多々あった。中でも、魏の曹操は人材獲得に熱心だったと伝わっている。
曹操は「唯才」を掲げ、才能があれば道徳の規範に合わなくても手元に置いた。曹操が仕える後漢の国教は儒教で、登用されるにはまず清廉潔白でなければならなかった。しかし、そういう人物の数は限られる。それならば能力があることのみに絞って有能な人物を募ったのだ。宦官の祖父を持つ曹操は、漢に仕える清廉潔白な士大夫の裏をよく知っていたのかもしれない。
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