本記事は、遠越段氏の著書『2500年も読み継がれている戦略の教科書 図解大人のための孫子の兵法』（総合法令出版）の中から一部を抜粋・編集しています
むやみに行動をすることが悲劇を引き起こす
塗に由らざるところあり、軍に撃たざる所あり、城に攻めざる所あり、地に争わざる所あり、君命に受けざる所あり。
【大意】
進軍にあたって軍はどこを通ってもよいと思いがちだが、通ってはいけない道もある。攻撃にあたってどの敵も攻撃してもよいと思いがちだが、攻撃してはいけない敵もいる。どの城も攻撃してもよいと思いがちだが、攻撃してはいけない城もある。どの土地も略奪してよいと思いがちだが、略奪してはいけない土地もある。主君からの命令はどれを受けてもよいと思いがちだが、受けてはいけない命令もあることは覚えておくべきだ。
【解説】
司馬遷の『史記』は次のようなエピソードを伝えている。呉王闔廬が、孫子に「実際の演習を見たい」と述べた。孫子は宮中の美女180人を2つの隊に分け、そのうち王から最も寵愛されている2人をそれぞれの隊長に任命した。しかし、2人の隊長はじめ、美女たちは笑ってばかりで演習にならなかった。そこで孫子は2人の隊長を処刑することにした。王は「殺してはならない」と伝えたが、孫子は「私は命令を受けて将軍になった。将軍は軍中にあるかぎり主君の命令といえども断ることができます」と、2人の美女を処刑した。その後、宮中の美女の部隊は命令通りに整然と動いたという。
呉王は孫子は将軍とし、強国として発展していった。
状況毎に対応しないと優位性を生かせない
故に将、九変の利に通ずる者は、兵を用うるを知る。将、九変の利に通ぜざる者は、地形を知ると雖も、地の利を得ること能わず。兵を治めて九変の術を知らざる者ば、五利を知ると雖も、人の用を得ること能わず。
【大意】
九変（定石とは異なる9つの対応）の利点に精通した将軍は軍隊の動かし方をわきまえているものである。しかし、九変の利に精通していない将軍は、たとえ戦場の地形を知っていても、地形から得られる利点を活用することはできない。軍を率いながら九変の方法を知らなくては、5つの対応の利益を知っていても、兵を存分に動かすことはできないのである。
【解説】
ここで言う「九変」の九とは、9を最大の数字として促え、「多数の」つまり「多彩な変化」の意味である。
孫子の兵法において、「知る」ことは基本である。状況を知らなければ、勝敗の予測や作戦の決定に根拠がなくなるからである。しかし、地形を知っていても、それだけでなく、状況に応じて作戦を変える方法を身につけていなくては、状況を知ること自体の意味がないと言えるのである。状況や環境に合わせた作戦を選択しなければいけないということである。
常に不測の事態を考慮するので成功できる
是の故に、智者の慮は、必ず利害に雑う。利に雑りて、而ち務め信なるべきなり。害に雑りて、而ち患いは解くべきなり。
【大意】
智者の考えとは、1つのことを考えるのに、必ず利と害の両方を併せて考える。利益がある場合も、損害になる場合も併せて考えているので、成功を収めることができ、損害のある場合も、その利益も併せて考えるので、予想外の損失が少ない。そのため智恵のある者は九変の利益にも通じることができるのだ。
【解説】
戦いに「絶対」はない。どんな有利な状況にも不利な面もあるし、どんな不利な状況にも必ず有利な局面は見いだせる。
第2次ポエニ戦争でカルタゴは壊滅的な打撃を受けたが、ローマにとっては潜在的な脅威になる可能性は多分にあった。ローマの政治家大カトーは、元老院でカルタゴ産のイチジクを見せて、「これほど見事なイチジクを産する国が船で3日の距離にある」とその脅威を説いた。そしてこう続けた。「カルタゴは滅びるべきだ」と。新たな戦争による損失を考慮しても、ローマの未来に影を差すかもしれないカルタゴを滅ぼす必要があったのだ。こうして第3次ポエニ戦争は始まり、カルタゴは歴史上からその姿を消したのである。
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