本記事は、岡信太郎氏の著書『財産消滅:老後の過酷な現実と財産を守る10の対策』(ポプラ社)の中から一部を抜粋・編集しています

成年後見人のリアル〜普及率2%のからくり

成年後見制度,預金
(画像=C-geo/PIXTA)

ここからは、認知症高齢者を支える「成年後見人」制度について解説していきます。

財産が凍結されてしまうと、取り得る対策は基本的に成年後見に限られてきます。財産凍結に対する〝最後の砦〞となるわけですが、制度としては残念ながら未完の状態です。

最近では、後見制度そのものを否定的にとらえる論調が目立ちます。的を射た指摘もありますが、中には成年後見人になったこともない方が後見制度を論じており首を傾げてしまうものもあります。

筆者は法律実務家として、成年後見人選任に関する申立書作成のお手伝いから、実際に成年後見人に就任した後の業務まで行っています。常時10人前後の方を担当しています。

ここでは実務の現場から成年後見人のリアルについてお届けできたらと思います。

介護保険と両輪のはずが

成年後見制度ですが、あるメジャーな制度とセットでつくられたことは一般的にはあまり知られていません。その制度とは、「介護保険制度」のことです。

両制度ともちょうど2000年(平成12年)4月1日にスタートしました。

なぜ、この2つの制度がセットなのか?

それはこのときに高齢化社会に対する向き合い方が大きく変わったからです。

それまで、介護サービスを受けるには市区町村等の行政判断が必要でした。いわば〝お上〞から介護内容や入所施設について指導されていたのです。そのような形態は、「措置制度」と呼ばれていました。

しかし、1980年代以降、日本もヨーロッパ諸国に続くように高齢化が進み始めます。

従来からの「措置制度」では立ち行かないことが明白になっていったのです。

そこで、先進諸外国の制度を参考にしながら、高齢化社会に耐えうるよう介護保険制度を創設していくことになります。世界の潮流は、ノーマライゼーションや自己決定権の尊重となってきており、介護保険制度においても本人主体へと切り換わっていきました。

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(画像=『財産消滅: 老後の過酷な現実と財産を守る10の対策』より)

介護保険制度では、利用するサービスを本人が決定し、自ら契約する形が取られます。介護現場では「措置から契約」へと変革されたのです。

そしてここで登場するのが、成年後見制度です。なぜかと言いますと、介護保険制度の下では受ける介護内容や入所する施設を自ら選び契約することになります。しかし、判断能力の低下によりそれが難しい場合があります。

本人の代わりとなる人、あるいは、本人をサポートする人が求められるのです。その代わりとなる人が成年後見人ということになります。

このような経緯があり、介護保険制度と成年後見制度は、「車の両輪」と位置付けられています。しかし、両輪の1つである成年後見制度は、幾多の課題を抱えています。

成年後見制度〜国は推奨するのに、なぜ進まない

介護保険制度との両輪でスタートした成年後見制度。

しかしながら、介護保険と比べてその知名度や利用率も低迷しているのが現状です。創設から20年以上経っていても未だ市民権を獲得しているとは言えません。

その理由は、認知症高齢者が減っているからなのでしょうか?

いえ、ご存じのとおりそんなことはありません。高齢化社会の到来にともない認知症患者数は増加の一途を辿り続けています。厚生労働省の将来推計によると、2025年には65歳以上の5人に1人にあたる約700万人が認知症になるとされています。

認知症高齢者が増えている一方で、制度利用が進んでいない現実……。そのギャップについて理解しなければなりません。

今一番言えることは、制度利用を敬遠される傾向の方が強まっていることです。〝使ってはいけない〞〝後見人に横領される〞〝第2の財産凍結〞などとまで言われ、ここまで避けられる制度もある意味珍しいかもしれません。

そんな傾向にあっても、政府は近い将来の認知症社会を見据え成年後見制度の促進を掲げています。

2019年(令和元年)に定められた「認知症施策推進大綱」というものがあります。これは、認知症に対する施策について、政府全体の方針を定めたものです。その中では、はっきりと成年後見制度の促進が掲げられているのです。

まったく評判がよくないものをさらに進めようとしているこの矛盾。これでは、一般市民の混乱はますます深まるばかりです。

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(画像=『財産消滅: 老後の過酷な現実と財産を守る10の対策』より)

子どもが後見人になれないショッキングな統計

成年後見制度の不信の1つ。それは、子どもを始めとする親族自らが希望通りに成年後見人(以下、「後見人」)になれないことにあります。

後見人は、家庭裁判所によって選ばれます。ところが近年、家庭裁判所は、親族を選任しない傾向が強くなっています。

その傾向は、統計からも一目瞭然です。今や何と8割以上が親族以外から選任されています。最高裁判所事務総局家庭局の発表によると、2020年(令和2年)において、関係別件数(合計)のうち、親族が7,242人で19.7%、親族以外が29522人で80.3%となっています。ちなみに、親族以外とは、司法書士、弁護士、社会福祉士などの専門職、市区町村等が実施する養成研修を受けるなどした一般市民の方となっています。

もちろん、親族が選ばれているケースもありますので、可能性はゼロではありません。しかし圧倒的に第三者が選任されている現状があります。

少なくとも〝自分が後見人になれる〞と安易に思い込むのはやめた方がよいでしょう。

もっとも当初からそうだったわけではありません。成年後見制度開始当時のデータを見ると、専門職の割合は全体のわずか8%ほどです。制度がスタートした当初は、あくまで親族がメインだったことが分かります。基本的に親族を後見人に選任し、対応できる親族がいない場合に専門職を当てるスタンスでした。

ところが、制度開始から20年も経たないうちに、真逆の状態となってしまいました。その理由として言われているのが、親族が後見人になると不正が多発するからということです。確かに、財産を適切に管理する後見人になったにもかかわらず本人の財産を使い込むケースが後を絶ちません。

ただ、本当にそれだけが理由でしょうか。不正だけで言えば、専門職であっても不正が発覚し後見人を解任されるケースが報告されています。親族による不正の方が件数としては多いですが、専門職による不正も相変わらず続いています。

見直すべきは、不正防止ばかりではないようです。

後見人のなり手として専門職に頼るばかりで、親族後見人をサポートする体制があまりにお粗末になっていないでしょうか。そもそもサポート体制があるかすらも疑問です。

親族であれ専門職であれ、不正防止の対策を取ることは当然です。しかし、親族後見人に対しては、いつでも相談できる窓口を設置する、定期的に出す報告書を簡素化する、報酬を受けるよう促す、などもっと創意工夫ができないものか疑問がわくばかりです。国や裁判所は、成年後見制度運用に対して想像力や共感力に欠けています。

硬直化した制度がますます国民の関心を遠ざけてしまっているのです。

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(画像=『財産消滅: 老後の過酷な現実と財産を守る10の対策』より)
財産消滅: 老後の過酷な現実と財産を守る10の対策
岡信太郎(おか・しんたろう)
司法書士。司法書士のぞみ総合事務所代表。1983年生まれ。北九州市出身。関西学院大学法学部卒業後、司法書士のぞみ総合事務所を開設。政令指定都市の中で高齢化が最も進んでいる北九州市で、相続・遺言・後見業務を多数扱う。介護施設などの顧問を務め、連日幅広い層から老後の法的サポートに関する相談を受けている。一般社団法人全国龍馬社中の役員や合気道祥平塾小倉北道場の代表(合気道四段)を務めている。著書に『子どもなくても老後安心読本 相続、遺言、後見、葬式…』(朝日新書)、『済ませておきたい死後の手続き』(角川新書)、『改正のポイントからオンライン申請手続きまで 図解でわかる改正民法・不動産登記法の基本』(日本実業出版社)、『坂本龍馬 志の貫き方』(カンゼン)。監修本に『新版 身内が亡くなったあとの「手続」と「相続」』(三笠書房)がある。

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