近年アメリカから広がりつつある理論の一つに、日常生活からビジネスにまで幅広く応用できる「ナッジ理論」がある。ナッジとは強制や指示などを用いることなく、個人の行動をよりよい方向に導くことである。

行動経済学にもとづくこのナッジ理論は、そのまま企業経営に活用することも可能だ。ではビジネスにおけるナッジとはどのような役割を果たすのか、ここからその仕組みや活用方法を検証してみよう。

目次

  1. ナッジ理論とは
    1. ノーベル賞学者が提唱するナッジ理論
    2. ナッジ理論の基礎知識
    3. 行動経済学とは?
  2. ナッジ理論の活用事例
    1. 身近に見られるナッジ理論
    2. 厚生労働省が推奨する「明日から使えるナッジ理論」
    3. 国内外での具体的な活用事例
    4. ビジネスに役立つ活用事例
  3. ナッジ理論をビジネスで活用するメリット
    1. ビジネス現場でナッジ理論を活用する際のポイント
  4. ナッジ作りのプロセス
    1. ナッジ設計のプロセスフロー「BASIC」
    2. ナッジ理論の枠組み「EAST」とは?
  5. 決して難しくないナッジ理論の実践
  6. ナッジ理論でよくある質問
    1. Q.ナッジ理論とはどういう意味?
    2. Q.ナッジ理論の身近な例は?
    3. Q.ナッジの基本は?
    4. Q.ナッジ理論の欠点は何か?
ビジネスに使えるナッジ理論、その活用方法と事例を解説
(画像=Nuthawut/stock.adobe.com)

ナッジ理論とは

ナッジ理論とは、「注意や合図のためにひじで軽くつつく」「そっと後押しをする」を意味する「ナッジ(nudge)」をもとに、「そっと相手を望ましい方向に導き、実社会で役に立てよう」という一つの方向性として示されている理論である。

ノーベル賞学者が提唱するナッジ理論

このナッジ理論は、2008年に米国の経済学者リチャード・セイラー教授と法学者であるキャス・サンスティーン教授によって提唱された理論である。リチャード・セイラー教授が2017年に行動経済学における功績によりノーベル経済学賞を受賞したことにより、米国を中心に世界に広がり、徐々に社会へ浸透するようになった。

まだ歴史の浅い理論でもあるので、ここで改めてナッジ理論についてまとめてみよう。

ナッジ理論の基礎知識

冒頭で述べたようにナッジ理論のもとになった「nudge(ナッジ)」という言葉は、本来「相手をひじで突く/そっと押す」という意味を表す。相手の行動をそっと促すことであるが、リチャード・セイラー教授の定義によると、「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャのあらゆる要素」を意味する。

人を動かしたり、人の行動を変えたりしようとする際、一般的に使われる「incentive(インセンティブ)」という概念とは違い、行動経済学的手段で人の行動変容を促すのがナッジである。

行動経済学とは?

行動経済学とは、心理学や社会学、脳科学などと経済学を融合させ、人間の心理が経済活動に及ぼす影響を考察する学問だ。「人は必ずしも合理性だけで行動を決めるわけではない」という不合理性を前提に、人の行動を心理学、経済学の側面から研究する。

人が意思決定を行う場合、合理的(論理的)な思考に頼るよりも不合理的(直感的)な思考に従うケースのほうが圧倒的に多いという。この不合理こそがナッジ理論へと結びつく。すでに米国では、心理学者らのアドバイスを経営に取り入れ、企業は顧客や従業員の行動をナッジ理論で誘導している。

例えば行動経済学を活用することで、企業は社内の残業時間を節減したり、顧客の購買行動を望ましい方向に誘引したりすることが期待できるだろう。当然大手通販サイトやSNS、動画サイトなどにも行動経済学の手法が取り入れられている。

また厚生労働省では「受診率向上施策ハンドブック」で、ナッジ理論を活用したがん検診受診率向上を推奨。同資料では、ランチタイムとおすすめメニューの関連性を例に、「時間的な余裕がない状況で食事メニューを決定する場合、理論的思考によりメニューを選ぶよりも、直感的におすすめメニューを選ぶ人のほうがはるかに多い」という行動経済学を使った説明をしている。