ナッジ理論の活用事例

ナッジ理論は、米国だけでなく世界のさまざまな国でも活用されるようになっていることをご存じだろうか。近年では、日本でも省庁や自治体、民間企業、日常生活、社会政策、ビジネスなどの幅広いシーンで活用されている。ここでは、いくつかの事例を紹介しよう。

身近に見られるナッジ理論

まずは、身近なところでナッジ理論が活用されている例を紹介していく。普段あらゆるところで目しているため、ナッジ理論と気づいていない人も多いかもしれない。これは、日本人にしか分からない感覚かもしれないが、ゴミのポイ捨てに悩む道路脇の空き地に、小さな赤い鳥居を立てたところ、ゴミの投げ捨てが劇的に減少したという話がある。

また英国では、吸い殻入れを投票箱に見立て、「現在、世界最高のサッカープレイヤーと言ったら?」「F1グランプリ(イタリア)とテニスの USオープン、どちらが観たい?」など、週替わりであらゆるジャンルのトピックを投票させた結果、タバコのポイ捨て防止につながった。放置自転車が多いスペースに、「ご自由にお持ちください」という貼り紙をするのも同様の効果を生むらしい。

かなりウィットに富んだこれらの事例では、迷惑行為をする本人の罪悪感を喚起することで、望まれない行動を抑えることに成功している。直接的に注意をするかわりに、相手の情操に訴えかけてコントロールするという手法は、まさにナッジの具体的事例と言えるだろう。

また近年は新型コロナウィルスの問題もあり、スーパーマーケットや公共機関などで、床に一定の間隔で描かれている足跡のマークを目にすることもある。このマークを見ると、人は無意識にそのマークの上に足をそろえて立つ。これも人間の心理を巧みに利用したアイデアだろう。

厚生労働省が推奨する「明日から使えるナッジ理論」

省庁や自治体のナッジ理論活用例も増加傾向だ。先述した厚生労働省では、「明日から使えるナッジ理論」と題して、がん検診の受診率向上ハンドブックを公開。同ハンドブックでは、身近なナッジ理論を紹介した上で、がん検診の受診率を上げるアイデアについて解説している。

例えば、ランチタイムの「本日のおすすめ」メニューを引き合いに出し、まずはなぜ多くの人がおすすめメニューを選ぶのか、そこに働くナッジ理論を紹介するといった具合だ。これは、選択肢の多さや意思決定を避ける傾向が強いからだという。

その上で福井県での事例を挙げ、ナッジ理論にもとづいた「がん検診セット受診」による成功例を解説している。この事例では特定検診とがん検診とをセットのように扱うことで、申込者の選択肢をせばめ、がん検診の受診率向上に貢献したことが理解できる。

このように、日本国内の政府機関でもナッジ理論には注目しており、管轄する分野での活用を推奨している。いずれはこの流れが、民間のビジネス界にも波及するだろう。

国内外での具体的な活用事例

ナッジ理論の活用は、国内外でさまざまな事例がある。具体的な活用事例は、以下の通りだ。

  • ナッジを活用した啓発による省エネ行動促進の取り組み(大阪府吹田市)
  • 記入式の受診カードによる乳がん検診の再受診勧奨(東京都立川市)
  • 近隣のよく似た家庭や省エネ上手な家庭と、自分の家の電力使用量を比較(米国)
  • 階段を利用すると音が奏でられる楽しさによる階段利用率の向上(ドイツ)
  • 座席にぬいぐるみを置いたフィジカルディスタンス啓発(りそな銀行)

ほかにも医療分野での受診率向上や、心理的プロセスを利用した省エネ対策、納税率の向上などにナッジ理論が活用されている。

ビジネスに役立つ活用事例

次にビジネス分野での事例も、いくつか代表的なものを挙げてみよう。

  • 階段を用いたアンケートによるエスカレーターの混雑緩和(JR西日本、大阪大学)
  • 食品の賞味期限表示の変更による要求意識の変化(農林水産省、食品メーカー)
  • ナッジによるアンケート回収率の向上(神奈川県茅ヶ崎市)
  • 掲示物による代金回収率の改善(ニューカッスル大学)

こうした取り組み以外にも、アプリケーションを利用して従業員のモチベーションを高める事例や、持続可能性に興味がある株主を募るビール会社のキャンペーン事例など、ビジネスにおけるナッジ理論の可能性が着実に広がりを見せていることが分かるだろう。