本記事は、大下英治氏の著書『論語と経営 SBI北尾吉孝 下 立志篇』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。

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(画像=(写真=Blue Planet Studio/stock.adobe.com))

孫が見据えるAI革命――バブルは必ず弾ける

北尾吉孝の見るところ、孫正義が見据えるAI革命の方向性は正しい。人間の筋肉に代わる動力を開発して産業革命が起きたように、現代は人間の脳に代わるものとしてAIが存在する。AI革命は、人類史上れに見るような大革命になることは間違いない。

ただし、天が創りたもうた人間の脳に対抗できるような、本格的なAIはまだ誕生していない。ようやくさまざまな分野で利用され始めた段階で、今後は量子コンピューターの領域に入り、人間の脳に近づける工夫、発明発見がなされていくことが期待される。

いずれ「ロボットが人間に反逆する」といったSF小説の世界が本当に起きるかも知れない。バーチャルリアリティやサイボーグ技術など、子ども時代に読んだ未来の世界像が現実となっているものも相当数ある。SF作家は、例えば手塚治虫てづかおさむが医師であったように、専門的な知識を有している者も多い。それが未来を見る力となっている。素地があるからこそ、今は空想に過ぎないものが現実へと繋がっていく。

SBIグループでもAI分野にかなり投資しており、グループの事業に使えそうなものはどんどん取り入れている。当然、北尾と孫が同じAI関連企業に注目し、投資することもある。その場合はSBIが最初に投資し、孫が後から巨額を投じるパターンとなる。北尾はまだ十分に育っていないアーリーからミドルステージのベンチャー企業を中心に投資する。

一方、孫の場合は、もう少しで株式上場というステージ的にはかなり遅い時期を狙う。投資額が大きいので、成功確率が高いレイターステージを狙うのである。そして株式を公開して値段が上がったところで売りに出す。孫には一企業をじっくり育てていく時間がないため、売り時を見極めてパッと手放す。

北尾は、そうした投資を繰り返す孫に、たびたび言っている。

「孫さん、あなたはかつて、アメリカのマーケットが一番強い時にファンドをつくって成功した。しかし、アメリカのマーケットがいつまでも強いわけではないんですよ」

1990年代、雨後の筍のようにドットコム企業が乱立し、バブルが弾けて消えていった。孫はそのことを経験している。バブルの時代があれば、弾ける時も必ずやってくる。北尾は、親心で孫に「気をつけなさい」とたびたび注意するのだが、孫は孫なりに経験を積み、非常に強気でいる。

「北やんは、頑固だな。インターネットだって、長い目で見ればここまで成長したじゃない。あの時もジッと待ってたら、大儲けできたよ」

北尾は首を横に振った。

「だからそれは、わからないことなんだよ」

要領のいい孫は、SBIの動向もよく見ている。それゆえ、同じ企業に投資したりすることが度々ある。SBIは孫の巨額の投資のおかげで株価が上がり助かっている。

SBIグループには、最初に自社の金儲けより、「世のため人のため」との公益重視の社是がある。

北尾吉孝の経営哲学を大切にする思いから、ビジネスは〝道〟の世界となって大義ができあがり、会社としての一体感も生まれる。これはまさしく、孫子の兵法にある世界である。北尾はこの経営思想をずっと重視してきた。

AI革命! 産業大転換

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(画像=PIXTA)

孫正義率いるソフトバンクグループも、拡大し続けている。

孫自身は、今後どのような展望を抱いているのか。

「僕は、ソフトバンクグループを単なる投資会社ではなく、情報革命の資本家にしたいと思っています。かつての産業革命時代に、資本家としてロスチャイルドが果たした役割を、情報革命での資本家として担うことができればいい、と思っています。

革命というのは、発明家と資本家がビジョンを共有して一緒にリスクをとって初めて僕は成り立つものだと思っています。一般的な投資家はある程度それが出来上がった段階で売り買いするものですが、最初に会社に資本のリスクを取って、業界を、その産業をつくりあげていくという時には、資本家が道なき道を切り拓くという意味で、やるべきだと思っています。僕はその役割を担いたいと思っています。

今、情報革命の最先端はAI革命ですが、AI革命を進めている未上場のAI関連の企業に対して、世界の資本の約10%を我々ソフトバンクグループが供給しています。これはいわゆる未上場のAI企業が資金調達したボリュームの中では、供給者としては、圧倒的に世界最大なんです。だから、そういう役割を続けていきたいと思っています。

インターネットによって、広告産業と小売産業が変わりました。広告産業は世界のGDPの1%、小売産業は世界のGDPの10%です。その小売産業の10%がeコマースに置き換わっている。ですから、インターネットが世界のGDPのうち、広告産業の1%と小売産業の1%を置き換えたわけです。

これからは残り98%の産業がAIによって、置き換わっていきます。スマート医療や、スマートホーム、スマートフィンテックなどのようにあらゆる産業に大転換が起きる。僕はそれに関わっていきたいと思っています」

孫は意気込んで、語る。

「僕はオセロゲームのイメージを抱いて、攻め続けています。まず四隅を白にする。それからその囲いの中の黒い石を次々に白にひっくり返していきます。見ていてください」

大投資会社に変貌したソフトバンク

ESG投資
(画像=PIXTA)

平成28年(2016年)7月、孫正義はソフトバンクが買収した中で最も重要な企業として、英半導体企業「アーム・ホールディングス」を挙げた。

アームは、米アップルや米クアルコムなどの企業向けに、半導体設計をライセンス供与している。

世界中のスマートフォンのほとんどで、アーム社の設計は使われている。だが、孫が夢見るのは、アーム社発の半導体がいつの日か、ランニングシューズから牛乳容器に至るまで、あらゆるものに利用されるIoT(Internet of Things:モノのインターネット化)の世界だった。

ソフトバンクグループは320億ドルでアーム社を買収。これは当時の株価に43%上乗せした水準で、予想利益に基づく株価収益率(PER)は実に48倍だった。

だが、買収以来、アームの事業部門は分離され、売上高と営業利益の伸びは期待を裏切っている。孫は、アーム株の一部売却・上場の検討に追い込まれた。

北尾には、孫のアーム熱が理解できた。アームは高精度な半導体設計会社である。2016年当時は、仮想通貨にもかなりアーム社の半導体が使用された。現在でもアームは半導体分野における世界最有力企業の1つであり、インターネットで連携する技術によってより多くの半導体が必要となり、世界で半導体不足が起きている。だからソフトバンクグループのアームへの投資自体は悪いことではない。

自動車、飛行機だけを見ても、驚くほど半導体技術が活用されている。だが、逆に言えばインターネットを用いてハッカーが侵入し、自動車のエンジンがかからなくなる、飛行機の操縦ができずに墜落する、そうした操作も可能となる。技術の進化とともにセキュリティは最重要課題となり、こうした領域はどんどん成長していく。

結局、孫はアーム株をすべて売却するまでに至らなかった。売却した分は、さらなる優良株の資金源とした。こうした孫の判断も、悪いことではなかった。

だが、孫正義の場合、いつも問題になるのは、壮大な構想を発表したその後のことである。

例えば、東京電力とマイクロソフトと共同で設立した「スピードネット」。東電の光ファイバー網に無線端末を接続し、高速インターネット通信を提供する構想であり、孫が東電に呼びかけてスタートした。しかし無線接続が技術的に難航する中で、孫はADSL方式に転身。すでに契約していた加入者へのサービスを東電に押しつけた。

また、日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)の買収を巡る混乱もある。孫は、東京海上火災保険やオリックスなどとともに投資グループを形成したが、わずか3年で一方的に提携を解消した。他の出資会社は、公的資金の注入を受けて再建していたあおぞら銀行から手を引くわけにもいかず、大いに困惑した。

メモリ増設ボードの最大手キングストンテクノロジーを買収した際、孫は北尾に言っていた。

「マージンは常に取れる」

だが、キングストンの構造的な赤字が継続する中で、結局マージンを取れないことになり、買収してから3年後に創設者側へ売却した。

その後、孫はアリババを買収し、ソフトバンクグループは大きく飛躍するのだが、キングストンテクノロジーも独立系メモリモジュールの世界トップメーカーとなった。孫があの時に売却していなければ、ソフトバンクはもっと大きくなっていただろう。

投資家としての孫正義をずっと見てきた北尾は思う。

〈孫さんは、タイミングを摑むのが下手だな〉

孫正義には確かにある種の先見の明がある。「今はAIだ」「これからはIoTだ」「アリババだ」と次代を読み、投資した。これらはすべて正しい。

だが、正解だったのは数えるほどしかなく、ほとんどは外れてしまう。特に投資金額が莫大で未公開株となると、非常にハンドリングが難しい。

例えば、ソフトバンクがある会社の未公開株を50%買ったとする。50%持っているがゆえに売るに売れない、マーケットに出るに出られない、売却したくてもなかなか売れないという状況に陥る。

一方、SBIグループでは、未公開株に投資してもだいたい15%くらいまでに抑える。例外は、SBIグループの傘下に組み入れ、連結子会社として機能させたい場合である。

孫の場合は、投資業として「ビジョン・ファンド」を立ち上げているが、株を長期間持っていたらどうにもならなくなる。孫が「今が最高値だ」あるいは「下がってきた」と判断して売却しようとする。だが、相手は足元を見て買い叩いてくる、という世界になる。

北尾は、かつて孫が通信事業に参入した時、次のようにアドバイスした。

「孫さん、これだけの金を投資するんだから、投資業は考えずに事業一点張りでやるべきだよ」

孫は頷いた。

「今回は、もちろんそうする」

ところが、孫はそのまま投資業に注力するようになっていった。北尾は思った。

〈結局、孫さんは投資が好きなんだな〉

地道に事業を進めていくのは大変な労力が要る。孫はその苦労よりも、投資を選んだのだ。

投資業は、孫にとってよほど魅力があるのだろう。

孫は、令和2年(2020年)8月11日、令和2年度第1四半期の決算説明会に登壇し、70歳を過ぎても健康状態に問題がなければ、「経営を続行したい」と述べた。孫は自身が19歳の時に立てた「人生50カ年計画」に基づき「60代で後継者に引き継ぐ」と表明していたが、これを軌道修正した。今では「80歳でも……」とも言っている。

後継者については「一番難しいのは継承」とし、一時期後継者候補としてマルセロ・クラウレ、ラジーブ・ミスラ、佐護勝紀さごかつのりの副社長3人の名前が挙がった。が、未だに決定はしておらず「並走していく期間はできれば10年近く欲しいから、早く見つけなくてはいけない」としている。

また、ソフトバンクはホテル事業にも乗り出している。ソフトバンクグループ傘下の投資ファンド、ビジョン・ファンドは、インドの格安ホテル運営会社であるOYO(オヨ)ホテルアンドホームズに数十億ドルを出資。経営者向けの機能や価値を提供し、適正な価格設定や人手不足の解消などに貢献するとして、平成31年(2019年)4月からは日本でもホテル事業を開始した。

その後、世界で最も話題のスタートアップ企業の一つとなり、世界で2番目に大きなホテルチェーンとなった。評価額は1年で2倍の100億ドル(約1兆305億円)に達した。

ところがその後、さまざまな誤算が起きた。その最たるものが新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)である。旅行業界が大打撃を受け、評価額の大半は吹き飛んだ。オヨは事業の急拡大によって想定外のさまざまな問題に直面。オヨの多くの提携ホテルのオーナーが不当な扱いを受けた

と不満を訴え、数千軒がネットワークから離脱するなどした。

北尾は、こうした孫の投資のやり方を見て思った。

〈孫さん後のソフトバンクグループの後継問題は、SBIよりよほど難しいな〉

事業はどんどん拡大していき、そのすべてを管理できる後継者候補はいない。

北尾の場合、まず北尾自身がSBIグループの創始者であり、事業の歴史すべてを把握している。

後継者候補として見込みのある者には、できる限りいろいろな部門に転勤させる。例えば銀行出身者に証券を担当させるなど、総合的にグループを管理できる人材をずっと育ててきた。

論語と経営 SBI北尾吉孝 上 激闘篇
大下 英治
作家。1944年広島県に生まれる。広島大学文学部仏文学科卒業。大宅壮一マスコミ塾第七期生。1970年、『週刊文春』特派記者いわゆる“トップ屋"として活躍。圧倒的な取材力から数々のスクープをものにする。月刊『文藝春秋』に発表した「三越の女帝・竹久みちの野望と金脈」が大反響を呼び、三越・岡田社長退陣のきっかけとなった。1983年、『週刊文春』を離れ作家として独立。政治、経済、芸能、闇社会まで幅広いジャンルにわたり旺盛な執筆活動を続ける。『小説電通』(三一書房)でデビュー後、『実録 田中角栄と鉄の軍団』(講談社)、『美空ひばり 時代を歌う 』(新潮社)、『昭和闇の支配者』(だいわ文庫)〈全六巻〉、自叙伝『トップ屋魂』(解説:花田紀凱)、『孫正義 世界20億人覇権の野望』、『小沢一郎の最終戦争』(以上ベストセラーズ)、『田中角栄秘録』、『児玉誉士夫闇秘録』、『日本共産党の深層』、『公明党の深層』、『内閣官房長官秘録』、『小泉純一郎・進次郎秘録』、『自由民主党の深層』(以上イースト新書)、『安倍官邸「権力」の正体』(角川新書)、『電通の深層』(イースト・プレス)、『幹事長秘録』(毎日新聞出版)、近著に、『ふたりの怪物 二階俊博と菅義偉』、『野中広務 権力闘争全史』、『小池百合子の大義と共感』、『自民党幹事長 二階俊博伝』(以上エムディエヌコーポレーション)、『内閣官房長官』、『内閣総理大臣』(MdN新書)など著書は480冊以上に及ぶ。

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