本記事は、大下英治氏の著書『論語と経営 SBI北尾吉孝 下 立志篇』(エムディエヌコーポレーション)の中から一部を抜粋・編集しています。
SBI、経常利益で野村ホールディングスを抜く
金融専門紙「ニッキン」の令和3年(2021年)11月5日号によると、主要証券会社20社の2021年4月から9月期の決算で、SBIホールディングスは、純営業収益が前年同期比46.5%増の3,342億で、野村ホールディングスの純営業収益6,721億円に次ぐ業界第2位であった。
第3位以降は、大和証券グループ、みずほ証券、SMBC日興証券、三菱UFJ証券ホールディングス、マネックスグループ、楽天証券、東海東京フィナンシャルホールディングス、岡三証券グループ、松井証券……と続く。
また、経常利益は前年同期比100.5%増の1,092億、純利益は前年同期比131.9%増の767億で、どちらも経常利益970億、純利益517億の野村ホールディングスを超えて、堂々の業界第1位であった。
平成11年(1999年)7月に、ソフトバンク・インベストメント株式会社が設立されて以来、22年が経つが、北尾吉孝率いるSBIホールディングスはこの間、順調に成長を遂げてきた。
証券業界の競争は非常に激しいことで知られている。
北尾によると、主要証券20社のうち、下位の証券会社のほとんどは5年後の存続も難しくなってくる可能性があるという。
「私のところ(SBI証券)がオンラインでの国内株式の取引手数料無料化を進めていることもあって、5年も経てば、また業界地図は変わっていくでしょう」
この20年で証券業界のビジネスの仕方も、劇的に変動した。
「販売方法が激的に変わりました。以前はセールスマンが銘柄を推奨して、富裕層の顧客ばかりを対象に営業を行っていた。90年代までは、それで効率がよかったわけです。ですが、インターネットの普及によって、今ではeコマースで商品を買うように、誰でも株を気安く買える時代になりました。顧客数が増えて、それまでのビジネスと異なってきたわけです」
北尾によると、SBIホールディングスが野村ホールディングスを将来、純営業収益においても抜き去る可能性もあるという。
「リテール(個人を対象とする営業)の顧客数では抜いていますから、あり得ると思います。もちろん、野村ホールディングスは歴史があるだけにホールセール(法人、機関投資家、公共機関などの大口顧客を対象とする営業)や、アンダーライティング(引き受け・売り出し業務)は強い。しかし、車の両輪で、リテールが弱くなるとホールセールも弱くなる。逆に、どちらかが強くなれば、片方も強くなる。我々は両方ができますからそれが強みとなっていきます」
北尾自身にとって、SBIホールディングスのこの20年の躍進は予想していたことだったのだろうか。
「創業から20年でここまで来れるとは僕も思っていませんでした。ただ、最初から『リテール営業では負けない、いつか勝てる』と思っていました。多少時間はかかりましたが、方向性は合っていた と確信しています」
主要証券20社の多くを見ると、野村ホールディングスや大和証券グループのように長い歴史を持つ会社や、競合他社との合併などを経て大きくなった証券会社のどちらかである。そんな中、SBIホールディングスは創業以来、独自に目覚ましい成長を続けてきた。
創業期には、SBI証券の他にも、インターネットでの取引を専門とする証券会社が多数誕生していた。
ではなぜ、SBIホールディングスがこれほどの成長を遂げることができたのか。
北尾はその点についても語る。
「それは経営の力が大きいと思っています。時代の流れをどう見るか。そして、テクノロジーに対する信奉。どれだけテクノロジーを信奉し、どれだけ有用なテクノロジーを導入しているのか。そして組織的優位性を持たなくてはいけない」
北尾は、企業は組織的優位性を持ち続ける必要があると強く思い、グループ内の企業間で相互にシナジー効果を発揮し合う「企業生態系」と名づけた仕組みを構築してきた。
「なぜかと言えば、そもそも顧客が自分の持っている金融資産をどのように運用していくかという話の中で、銀行や証券、保険が選択肢としてあるわけです。自分の資産を預ける側としては、リスクとリターンを考えて、『この部分はどうしても定期預金にしたい』とか、『この部分は勝負して株にしよう』とか、さまざまなパターンを考える。
そうやって資産を分けて運用する作業の中で、銀行、証券、保険を全部提供することができれば、利用者(顧客)の利便性は格段に高まる。しかも、ネットで提供することができれば、物理的な移動をすることなく、銀行から証券、証券から保険へと資産を動かすことができます。そうした仕組みを提供できる組織になれば、最も顧客に便利だろうという確信を持っていました」
北尾は20年前からそうした企業生態系の仕組みを企業として構築し、提供できることが強みになるという確信があった。
だが、他の経営者はそうしたことをあまり意識していなかったかも知れないという。
北尾は10数年前に、松井証券の
北尾は、そのインタビューの中で証券取引だけに留まらず、顧客のニーズに寄り添うあらゆる金融商品を取り扱う組織としての強みをつくることの重要性を語った。
一方、松井社長は証券に特化し、ブローカーとして仲介手数料を利益の中心に据えることを語っていたという。
北尾は、企業経営していくうえで、戦略的思考をどれだけ突き詰めることができるかが重要だ、と語る。
「戦略的な思考がどれだけできるかどうか。それが経営力。戦略的思考を突き詰めていくと、それが分解されて、例えば、技術をどうするか、あるいは組織をどうするか、と個別の問題に帰結していく。さらにもっと言えば、将来の状況をどう見るのかという先見性にも関わってくる。こういうことをすべてひっくるめて経営力だと思っています」
北尾は、大河ドラマ『青天を衝け』の第34話「栄一と伝説の商人」の中で、主人公の渋沢栄一が三菱グループの創業者である
〈2人とも大変な成功者であることに間違いないが、どちらがより大きな尊敬を得たかと言えば、やはり渋沢栄一翁だろう。世のため、人のために人生を捧げたわけだから、その点では比べようがない。自分が金持ちになることを目指すのか、それとも、自分が偉くなるかどうかは天の配剤であると考え、ただ「世のため、人のため」と真っすぐに生きようとする渋沢栄一翁の考え方に魅かれるものがある〉
北尾は、SBIホールディングスの今後についても考える。
「コンツェルンではないが、1つの生態系としては繁栄していければいいと思う。それは僕という人間がいてもいなくても、機能するような形をつくっていければ可能だと思っていて、それがこれからの課題です。組織というものは国であれ、企業であれ、ずっと続いていくことは難しい。どうやって1日でも長く存続していくのか。自己否定、自己変革、自己進化……。立ち止まることなく、この原則を繰り返していく以外にないと僕は言い続けています」
北尾はさらに語る。
「300年続く企業はなかなかありませんから、組織として中心となる基礎の考えは絶対に必要なんです。自己否定、自己変革、自己進化と常にアントレプレナーシップ(起業家精神)を持つこと。そして、それを持ち続けて、技術に対する信奉を忘れなければ、やっていけます。
僕は、そのための経営理念、思想を創り上げて、それをSBIホールディングスの遺伝子として次の世代に普遍的なものとして継承し続けていくことが重要だと思っています。自己否定、自己変革、自己進化、技術への徹底的な信奉も、普遍的なものと言えるでしょう。そういうものを考えて企業生態系という仕組みをつくってきたことが僕の創業者としての役割だったと言えるのではないでしょうか」