本記事は、大久保秀夫氏の著書『勝ち続ける社長の教科書 王道経営8×8×8の法則』(ビジネス社)の中から一部を抜粋・編集しています
人間の欲求は5段階で進化する
「マズローの欲求段階説」について聞いたことがある人も多いと思います。アメリカの心理学者・マズローは人間の欲求を5段階に分け、人はそれぞれ下位の欲求が満たされると、その上の欲求の充足を目指すという欲求段階説を唱えました。具体的には以下の5段階です。
(1)生理的欲求
最下段は生理的欲求です。「ご飯を食べよう」「眠い」、あるいは人類が滅びないように「生殖活動をしなければいけない」など、人が生きていくうえで欠かせない根源的な欲求を指します。
(2)安全欲求
2段めが、安全欲求です。1段めが満たされると、人はその状況を継続・安定させようとします。社員が正社員、終身雇用を希望するのも、この欲求からきています。
(3)所属と愛情欲求
その次にくるのが、所属と愛情欲求です。生活が安定すると、所属する集団や人間関係のなかに自分が受け入れられている、一体感を感じられるという情緒的体験を求めるようになります。
(4)承認(尊重)欲求
4段めになると、「周りの人に価値ある存在だと認められたい」「尊敬されたい」という気持ちを抱くようになります。貧乏で食べることに困っている時は、「まず生きなくちゃいけない」という思いが先に立ちますが、生活レベルが向上すると、「その状態を継続させたい」→「集団から仲間として受け入れられたい」→「そのなかで自身の価値を認められたい」というように、欲求が次第に変わっていきます。
(5)自己実現欲求
最後は、自分自身の能力や可能性を最大限に発揮して「あるべき自分になりたい」「自己をさらに成長させ社会に貢献できる存在となりたい」という「自己実現欲求」が現れます。
(1)から(4)までの欲求は、足りないところを補ってプラスにしたいというものです。このうち、(3)と(4)については他者との関係に関するものでしたが、最終的には自分自身に戻っていき、(5)では「自分が持っている可能性をもっと伸ばしたい」という欲求に到達します。
日本やアメリカのような先進国では、優秀な人間はすでにこの5段め、自己実現欲求の段階にあります。
私は以前、早稲田大学で客員教授として教鞭を執っていて、ある傾向に気付きました。成績が上位3分の1以上の本当に優秀な学生は、「大きい会社」「有名な会社」への就職を考えていないということです。そういう学生はなぜか、「私は社会起業家になりたい」「NGOをつくりたい」と言い出すのです。なかには、「そのために先生の近くで学ばせてほしい」と、かばん持ちとしてカンボジアへついてきた学生もいました。
彼らは、「社会に出る=お金を儲けるため」という考えを持っていないのです。成績優秀ですから、もしお金に困った時には、家庭教師でも何でもやって、自分の食い扶持(ぶち)は自分で稼げばいいという考えです。優秀であるが故に、自分の自己実現欲求が強いのです。
このように最近の優秀な若者は、企業を大きさでは見ていません。逆にいうと社会性や独自性を持ってさえいれば、知名度が低い中小企業でも、彼らは目を向ける可能性があるのです。
その証拠となる米国での動きについて紹介しましょう。
ランキングから見える学生の就職意識の変化
米国のビジネス雑誌『Business Week』が、リーマンショック前の2007年に発表した全米の学生の就職人気企業ランキングを見てみると、1位がGoogle、2位がWalt Disney、3位がApple Computer、とあるなかで、5位にPeace Corpsという会社がランクインしていました。
Peace Corpsは1961年、開発途上国に対してアメリカの青年が援助活動を行う平和部隊として、ケネディ大統領によって設立された政府機関です。現在は、途上国の学校教育、農業の援助、HIV・AIDSの予防運動などの活動をしています。日本でいう青年海外協力隊のようなものです。アメリカでは、このような政府機関が就職人気ランキングの上位に入っているのです。
そして10位が、Teach for America。こちらはエリート大学の成績優秀者が卒業後の2年間、米国内の貧困地区にある公立の小中学校で先生を務めるNPOです。年収は、当時の金額ですが、なんと2万5,000ドル。300万円を切るような収入しか得られません。しかし、それでも働きたいという学生が年間3,500名もいるそうです。
アメリカでは10年以上も前からすでに、優秀な学生ほどNPOや政府機関に関心を持つ傾向が調査の数字に見られました。しかも、上位に2社もそういう会社が入っているのは、学生自身が、マズローのいう「自己実現欲求」の領域に近付いている証左といってもよいでしょう。
こうした傾向はリーマンショックを経て、どのように変化したでしょうか。
2010年にスウェーデンのコンサルティング会社であるUNIVERSUMが、人文科学・教養・教育学部の学生に絞って行った調査によると、第1位にTeach for Americaが、第5位にPeace Corpsが入っています。Walt DisneyやGoogleよりも上位です。金融資本主義の宗主国でも、リーマンショックを経て、「マネーゲームはうんざりだ」と考える若者が増え、NPOや政府機関が就職人気の上位を占めるようになったのです。
さらに2016年に行われた調査では、人気ベスト10のうち6社を政府機関とNPOが占めています。アメリカでも日本でも、本当に優秀な人間は、給料や規模とは関係ないところに価値観を持つようになってきているのです。
これからの時代、企業が良い人材を採るには、「ウチはでかいぞ」「儲かっているぞ」ではなく、「どんな社会性を持っているか」を訴える必要があるのです。優秀な学生は、そういうことに目を向けて、「私もこの会社で働きたい」と共感するのです。
早稲田大学でも、そのことを実感する出来事がありました。ある日、私の講義を受けていた生徒が「就職が決まりました」と報告に来ました。「どこに行くんだ」と聞いてみると、まったく聞いたことのないコンサルティング会社でした。社員は5人、社長も40歳そこそこの若い方でした。私もひそかに「フォーバルに来てくれたらいいな」と思っていたくらいの優秀な若者だったので、「なんでその会社に行くんだ」と聞いてみると、「僕は社長の考え方にほれたんです」と言うのです。興味を持ったので先方の社長を紹介してもらい、私も一緒にご飯を食べながら話をしたところ、すぐにその学生の考えに納得することができました。やはり社会性を大事にされている経営者だったからです。
皆さんの会社は、社員何名の規模ですか。この会社と同じような規模・業種・業態の会社もあると思います。だとしたら、その優秀な学生が志望するのが御社だっておかしくありません。いちばんいけないのは、「ウチは社員5人だから無理だ」と、何もチャレンジしないうちから諦めてしまうことです。
社員5名の小さな会社でも、優秀な学生が入社している事実があるのです。かつては、優秀な学生が社員数5人、10人の小さな会社に好んで「行こう」と思うことは、ほとんどありませんでした。しかし、アメリカの学生と同じように、日本の学生もどんどん就職に対する考え方が変わってきているのです。「ウチは無理」と考えた皆さんは、「もしかしたらウチにも」と今日から考え方を改めてください。
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