本記事は、大久保秀夫氏の著書『勝ち続ける社長の教科書 王道経営8×8×8の法則』(ビジネス社)の中から一部を抜粋・編集しています

しがらみを断つ決断をしている

山登り,メンバー
(画像=Love the wind/stock.adobe.com)

伸びている会社の経営者に共通する要素として、「しがらみを断つ」勇気を持っていることが挙げられます。「捨てる勇気」といっても良いでしょう。

これは、とりわけ大事なテーマですが、少し誤解を招きやすい内容でもあります。なぜなら、ひとつ間違えると、今まで説明してきたことがすべて覆ってしまうからです。なので、しっかり趣旨を理解したうえで実践してください。

過去にとらわれることなく、どんどん新しい方向に進んでいく。成長企業の経営者は皆さん、これがとても上手です。逆に、業績不振企業を見ていると、過去のしがらみにとらわれ、不採算事業でもやめられない状況に陥っているケースがよくあります。

登る山によってチームメンバーは異なる

「しがらみを断つ」ことが得意な経営者のエピソードを紹介しましょう。

その経営者は、過去のしがらみをまったく気にしないため、「人を大事にしない」「ドライすぎる」と、よくメディアから叩かれていました。ある時、その経営者は記者に向かって「あなたは、高尾山に登る時のメンバーと、富士山に登る時のメンバーと、エベレストに登る時のメンバーは同じだと思いますか」と質問したのです。

「高尾山だったら子どもがいる家族でも登れます。装備も、軽装ですみます。では、同じメンバー、装備で富士山に登ることができますか。無理だと思います。それと同じように、経営にも目標の大きさによって、組むチームにレベルの違いがあります。挑戦するレベルによって、参加するメンバーも装備もすべて変わるのです。現状のスタッフで登れなかった時、登れるスタッフに替えたとして、何の問題があるのですか」と、持論を主張しました。

これを聞いて、私は「面白い論法だな。あながち間違っていない」と思いました。しかし同時に、「フォーバルはそれをしない」とも思ったのです。

なぜなら前提が違うからです。その経営者のように、自分の代で頂上に登りたいと思った場合は時間が限られていますから、ダメならスタッフを替えるしかない、と考えるのも当然です。

しかし、私の場合はそうではありませんでした。「2代目か3代目、4代目でもいい。必ず、後輩の誰かが登れよ」と考えているからです。人を替えるのではなく、今いるメンバーを少しずつ育成し、徐々に難しい山に登れるようにしたいと考えています。

一方、自分の代ですべてを実現するためには、「売れない社員は全部切れ」「株で人を釣れ」「金で引っ張ってでも買収しろ」 ── とやるしかありません。しかし、そこに何の意味があるのでしょうか。

経営とは、人を育ててこそ意味があるのです。これは良し悪しではなく、価値観の違いです。自分の信じる方向で、決断するしかないでしょう。ただひとつだけ大事なポイントがあります。それは、いかにトップが腹をくくれるかです。

「スピード重視」なら、それを徹底しなければなりません。反対に、私と同じような価値観ならば、とことん人を育成することです。上がブレると社員もブレますから、トップは絶対に腹をくくる覚悟を持ってください。

時代の変化を読み、冷静な判断をくだす

そのうえで大事なのは、時代の変化を読んで冷静な判断をくだすことです。多くの経営者はこれができていません。2つの事例を紹介しましょう。

ひとつめはN社という日本を代表するゲーム会社の事例です。もともとこの会社は、花札やトランプをつくっていました。それをある時、トップが「この仕事をやめる」と腹をくくったのです。役員会は大紛糾したことでしょう。

しかし、トップは「そんなものは今の時代に合わなくなってしまっている」と、大きく方向転換することを決めたのです。そして、「俺は見たことも触ったこともないが、これからはコンピュータというものが来るらしいぞ。お前ら勉強しろ」「そしてそれが、どんな人間でも使えるものかどうかを、確認してこい」「使えなかったら、使えるように簡単にしてみろ」と、時代の先を読み、これから考えるべきテーマを明示したのです。

こうしてつくられたのが、家庭用テレビゲーム機です。この会社は、ゲームという軸からは一歩も外れませんでした。けれども、「これからは、コンピュータの中で花札やトランプをやったらいい」と、時代の流れを読んで大きな決断をしたのです。

2つめの事例は世界トップシェアを誇るタイヤメーカー・B社です。この会社は、昔は地下足袋メーカーでしたが、大正時代に創業者がアメリカへ行った時、「この国は車がたくさん走っている。なんという国だ」と驚いたのと同時に、「いつか日本にも車社会が到来する」と予見したのです。

車のタイヤはゴムでできています。同じように地下足袋も、足の裏に滑り止めのゴムがついています。そこでその経営者は、「日本も必ず車社会が到来するから、足袋よりも需要が増えるタイヤをつくろう」と決めたそうです。

当時は、タイヤといったら海外メーカーの独壇場で、単なる足袋メーカーでは敵うはずがありません。しかし、「それでもつくるんだ」と腹をくくり、何度も試行錯誤を繰り返すことで、世界でチャンピオンになったのです。

どちらの事例も時代の変化を読み、腹をくくってしがらみを断ったからこそ、大きな成功をおさめました。加えてN社はゲーム、B社はゴムというように、両社とも軸を外していません。

しがらみを断つのは、まさに「言うは易し」で、実際にはズルズルとそれができずにいる経営者が大半だと思います。

私は、「人」というしがらみは断ってはいけないが、本当にそのマーケットに将来がないのであれば、事業のしがらみは断つべきだと考えています。

ただし、事業のしがらみを断つにしても、本業という軸を外してはいけません。それを忘れ、祖業も何もかもすべてやめてしまい、まったく新しいことを始めてしまう経営者は少なくありません。しかし、それでは会社の強みまで失われてしまいます。この点はしっかりと理解してください。

勝ち続ける社長の教科書 王道経営8×8×8の法則
大久保秀夫(おおくぼ・ひでお)
1954年、東京都生まれ。國學院大學法学部卒業後、経営方針に納得できず退社。1980年、25歳で新日本工販株式会社(現在の株式会社フォーバル 東京証券取引所 プライム市場)を設立、代表取締役に就任。電電公社(現NTT)が独占していた電話機市場に一石を投じるため、ビジネスフォン販売に初めてリースを導入し、業界初の10年間無料メンテナンスを実施。1988年、創業後8年2カ月という日本最短記録、史上最年少(ともに当時)の若さで店頭登録銘柄として株式を公開。同年、社団法人ニュービジネス協議会から「第1回アントレプレナー大賞」を受賞。その後も、情報通信業界で数々の挑戦を続け、上場会社3社を含むグループ企業33社を抱える企業グループに成長させた。2010年、社長職を退き、代表取締役会長に就任。会長職の傍ら、講演・執筆、国内外を問わずさまざまな社会活動に従事。カンボジアにおける高度人材の育成を支援する「公益財団法人CIESF(シーセフ)」理事長も務める。さらに一般社団法人公益資本主義推進協議会 代表理事、東京商工会議所副会頭・中小企業委員会委員長なども務めている。

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