この記事は2022年6月15日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「企業にとってのESGへの取組み~ESGは外部不経済を抑制する~」を一部編集し、転載したものです。


ESG
(画像=Murrstock/stock.adobe.com)

目次

  1. 要旨
  2. 企業にとってESGはコストなのか
  3. ESG指数のパフォーマンスを考える
  4. 外部不経済を否定してこそのESG経営

要旨

企業にとってESGやSDGsに対して取り組むことは、コストでしかないという見方がある。短期的に見れば、経営資源を「余分な」行動に投入することであるから、コストと考える見方を完全には否定できない側面がある。しかし、高度経済成長期の日本において大問題となった公害の事例を考えてはどうだろうか。単なる短期的な経済合理性の観点から、外部不経済の発生を無視し収益獲得活動のみに邁進した企業は、厳しく社会から指弾されることになった。公害がメディアに取り上げられ大問題となって以降、有害ガスの排出抑制や産業廃棄物の発生を削減するといった公害防止への取り組みを、コストだと主張して否定することは許されなくなったのである。

ESGやSDGsに関する取り組みにも、同様のことが言えるのかもしれない。単純にコストだと主張して取り組まないことは、短期的には経済合理性があるように思えるかもしれない。しかし、企業が中長期的に社会の中で存続し成長して行くためには、既にESGやSDGsに取り組むことが必然となっており、株主やステークホルダーから求められている経営行動に取り組むのは、エージェンシーである経営者が取り組むべき責務なのである。

ESG関連指数の短期的なパフォーマンスを捉え、ESGへの取り組みがコストであるため、パフォーマンスが市場インデックスに劣るという批判も見られる。しかし、そもそも市場インデックスに追随する運用の適否にすら様々な議論があるだけでなく、ESGやSDGsへの取り組みが中長期的なものであることを考えると、数年間程度のパフォーマンスで議論することすら、ESG投資の本質を理解していないことの証左でしかないだろう。

機関投資家がESG投資を推進するのは、自らの利益のためだけでなく、それが地球環境を含めた多くの人たちにとって善となることを信じているためであり、株主や投資家としての立場から企業活動に対してESGやSDGsを意識して企業活動を行うよう要請するものである。それは同時に、機関投資家にとっても株主等を含む社会からの要請を果たす行動なのである。

企業にとってESGはコストなのか

先日、大学の先生方や市場関係者を交えた研究会において、“企業にとってESGはコストかどうか”について議論になった。少し前後を補足して文脈を整理しておくと、「企業にとってESGへの取り組みは、収益獲得を目的とする通常の経営活動に対して、環境や社会等に配慮した余計な行動を行うものであり、ESG経営に要する費用はコストでしかない。したがって、ESG経営に注力する企業の発行する株式への投資から得られる利回りが、市場の一般的な株式への投資から得られる利回りを下回るのは、当然のことである。代表的なESG指数の騰落率が、TOPIXの騰落率を下回っているのは、それが理由である。」といった主張が見られたのである。その場でも、少し反論しておいたが、様々な興味深い議論を含むものであるため、改めて幾つかの論点を整理しておきたい。

企業にとって、ESG経営が何らかの支出を伴う行動であることは否定できない。わかり易い例で言えば、環境に配慮した形で工場を稼働させるにしても、再生可能エネルギーへの投資にしても、従来の経営活動に対し追加の支出が不可避である。原油等化石エネルギーを燃焼させた方がコストは安いだろう。それでも、環境に配慮して再生可能エネルギーの利用にシフトしているのが、現在の産業界におけるESGやSDGsへ向けた取り組みである。これらの取り組みに要する追加的な支出を費用と認識するか、資本的支出である投資と認識するかという論点である。会計的に見れば、貸借対照表に載せるか、損益計算書に載せるか、という判断が求められるテーマでもある。確かに短期的な支出のみに着目するならば、費用とすることが必ずしも誤りであるとは言えない。しかし、その支出が中長期的な観点から企業の収益力を高めたり、株主等からの信認を得たりする効果をもたらすのであれば、資本的支出としての投資と考えることに十分な妥当性はあると考えられる。つまり、短期的な視点では費用と考えられても、中長期的には投資とみることが妥当なのである。以前からESGに関しては、短期的にではなく中長期的に見て評価することが望ましいと主張しているが、まさにESGの在り方と会計的な評価の時間軸を問われる論点である。

企業はESGに取り組むことが自社の評価を高め、中長期的に自社にとってプラスになると考えて行動しているのであり、背景には株主やステークホルダーからのESGに取り組んでほしいという要請がある。株主の要請に答えることが付託された企業経営者の職務であるから、ESGへの取り組みが経営執行者の独善によるものでないことが重要である。しかも、ESG経営に取り組んでいるという努力を、株主総会などの場で株主に説明するだけでなく、従業員に向けて発信するとともに、ホームページなどを活用して広くステークホルダー全般に語り掛ける必要がある。ESGに取り組むことは、株主のためのものだけではなく、地球環境全体をも意識した広い範囲のステークホルダー全体のためのものであろう。

ESG指数のパフォーマンスを考える

指数のパフォーマンスに関する議論に関しては、そもそもTOPIXに代表される時価加重平均型で多数の銘柄を組入れた指数に、少なくない問題があることは否定できない。また、ESG指数のパフォーマンスをTOPIXと比較して議論することも、特に、短期間のパフォーマンスのみを比較することも、中長期的なESGの本質から乖離した評価であって、適切ではない可能性が高い。運用に際してのベンチマークとしてTOPIXを用いることは一般的であるが、その限界性を十分に認識しておくべきだろう。特に、今般の東京証券取引所での市場区分見直しによって、TOPIXが最上位のプライム市場と切り離されたことを踏まえ、何が日本株のベンチマークとして用いる適切な市場インデックスなのか、改めての議論が必要になるのかもしれない。

ようやく東証プライム指数もリアルタイムでの算出を開始されるが、プライムに区分される銘柄数があまりにも多く、引続き継続されるTOPIXの算出方法も銘柄を除外するための暫定対措置が少なからず導入されているため、両者とも斬新さを欠き、必ずしも有用な存在ではなくなっているのではないか。米国株式に関するニュース報道ではダウ工業株30種平均やNASDAQが注目を集めるが、理論的に投資を検討する際に用いる市場インデックスとしては、S&P500などを利用されることが多い。どの指数が一般的に用いられるようになるかは、市場慣行によるものもあり、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)などの大手機関投資家によって採用されるかどうかなどによって影響されることもある。

もしESG投資が広く一般的になるのであれば、ESG指数を株式投資のベンチマークとして用いる機関投資家が出現してもおかしくないのであるが、残念ながら総合的なESG指数といったものを考えることは難しい。例としてGPIFの採用するESG指数の一覧をみると、様々な指数があり、ジェンダーダイバーシティやカーボンエフィシェントなど特定領域に絞ったESG指数も少なくない。以前から主張しているように、E(環境)S(社会)G(ガバナンス)というESGの3要素が等価値であるとは考え難いし、投資に際してのアプローチとしても、ポジティブリストかネガティブリストかによって銘柄選定に対する姿勢が大きく異なるものである。

ESG指数に関しては、ESG投資の本質に鑑みると、四半期や1年といった短期間での評価を行うことは適切でないし、少なくとも数年単位での観察が必要である。可能であれば、より長い長期間を踏まえて上での議論が必要になるだろう。その間に、産業や技術の変化もあるものと思われるが、中長期的に追随して行くことが望ましい。

近年のESG投資の高まりにおいて、必ずしもESG指数のすべてが市場インデックスほどの上昇を示すことはなかったが、昨年度の後半を除いたコロナショック以降の株価上昇がグロース株主導であったことによる影響を考えられるのではないか。ESGを意識した投資信託や年金向けの運用においては、グロースバイアスのある銘柄を多く組み入れて来たようであるが、それはESG銘柄というラベルを有するものの、同時に、市場の上昇トレンドに追随するためのものではなかったろうか。本来的に企業がESG経営に注力することは、中長期的な観点からの取組みであり、バリュー株としての評価が高い方が適切なものかもしれない。かつて、企業によるCSR経営やフィランソロフィーなどが強く意識された時代は、経営余力のある企業がそれらの活動に取り組むとみられており、結果としてバリュー株で規模の大きな企業が評価される傾向にあった。ESG投資の流れが、単なる銘柄ピックアップのラベルになってはならないだろう。

昨年度からはバリュー株の強くなる局面も見られており、さまざまな相場局面におけるESG投資の効果を検証することで、将来に向けてESG投資を拡充することの意義を確認できるものと考えられる。ESG投資もESG経営も、長い時間軸の中において考えられるべきであり、早急にESGに対する評価を改める必要はないだろう。ウクライナ戦争の影響でロシアからのエネルギー輸入が停止・減少する中で、E(環境)に対する主張がトーンダウンするのではないかといった懸念も見られるが、中長期の観点から見れば、今回は一時的な価格上昇に過ぎず、緩やかであっても化石エネルギーから脱却し再生可能エネルギーへの依存を高める方向に押されることになるのだろう。

外部不経済を否定してこそのESG経営

かつて高度経済成長期において生じた外部不経済の例として、公害の発生がある。純粋な市場原理のみに基づいた資本主義の修正として、企業は外部不経済の修正を求められた。公害抑制に必要な支出は確かに費用であったかもしれないが、それは中長期的に企業の評価を維持するために必要な資本支出であったのではなかろうか。周辺環境を無視して公害を巻き散らす企業は、改めなければ、産業界から退場を迫られたり、ポジションを大きく低下させたりする結果となった。

ESGに関する昨今の風潮は、ESGに取り組むことが是であり、取組まない企業は非であるとみなされているように思える。株主やステークホルダーの要請があるのであれば、取り組むことを否定する必要はなく、公害防止に取り組んだのと同様な観点から、企業はESG投資に取組む必要があるものと考えられる。しかし、求められないESG投資に邁進する必要はないのかもしれない。機関投資家は、ESG投資を推進することで、ESG経営に注力しようとする企業の努力を支援することが求められているのである。


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德島 勝幸(とくしま かつゆき)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

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