この記事は2022年10月21日(金)配信されたメールマガジンの記事「岡三会田・田・松本賢 アンダースロー(日本経済の新しい見方)『新しい資本主義の財政資金を使う成長戦略』を一部編集し、転載したものです。

財政資金
(画像=PAXTA)

目次

  1. 要旨
  2. 新しい資本主義の成長戦略
    1. 投資によるイノベーションで生産性を向上させる
    2. 設備投資サイクルの押し上げ
    3. 財政資金を使って民間の投資を刺激する成長戦略への転換
  3. 田キャノンの政策ウォッチ:9月失業率、9月有効求人倍率の予想

要旨

  • 新しい資本主義では、積極財政によるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支、企業と政府の合わせた支出する力)の回復で、家計に所得を回し、総需要を回復させ、利益を出しやすくする環境を作り、企業の投資の期待リターンを引き上げることが重要になる。投資の拡大による資本投入量の増加とともに、総需要の拡大をともない、イノベーションで生産性が上昇することが重要だ。資本投入量が上がるとともに、生産性も上がるようになれば、日本経済はデフレ構造不況から脱却することができたことになる。

  • バブル崩壊後の設備投資サイクルの特徴は、毎回17%になると、天井に頭をぶつけて、落ちてしまうことを繰り返している。企業は、将来の成長や収益が拡大するという期待があってこそ、設備投資を増やす。設備投資サイクルが、低い天井の下で低迷しているということは、企業の期待成長率や期待収益率がなかなか上がらなかったことを表す。新しい資本主義の成長戦略で、総需要と総供給の、相乗効果の拡大による成長が起これば、この設備投資サイクルを押し上げ、17%の天井を打ち破る力になる。30年来の転換点になる。

  • 予算のつかない成長戦略は動かず、新自由主義の失敗となった。新しい資本主義の成長戦略は、予算をしっかりつけて、動かす必要がある。政府が資金を使わないこれまでの成長戦略から、財政資金を使って民間の投資を刺激する成長戦略への転換が、新しい資本主義の特徴だ。

新しい資本主義の成長戦略

投資によるイノベーションで生産性を向上させる

新しい資本主義の成長戦略は、リストラではなく、投資によるイノベーションで、生産性を向上させることが目的だ。

図1のグラフの赤が潜在成長率の動きで、日本の実力の成長率を示す。潜在成長率は、資本投入量、労働投入量、そして、生産性の合計になる。日本の潜在成長率が落ち込んでしまった大きな原因は、企業の投資が鈍り、緑の資本投入量が弱くなってしまったことだ。

これまでの効率を重視する新自由主義では、コスト削減などで、生産性の直接的な向上を目指してきた。青が生産性の動きだ。バブル崩壊後、日本経済の生産性が上昇した局面は、確かに二回あった。1998年からと、2008年からだ。これは、日本の金融危機とリーマンショックの後、企業が大胆なリストラをして、コストを削減した結果だ。

しかし、リストラなどの効率化のみの生産性の向上は長く続かない。リストラなどによって総需要が破壊され、デフレ圧力がかかり、経済に縮小の力がかかってしまうからだ。

▽図1:潜在成長率

潜在成長率
(画像=出所:内閣府 作成:岡三証券)

新しい資本主義では、積極財政によるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支、企業と政府の合わせた支出する力)の回復で、家計に所得を回し、総需要を回復させ、利益を出しやすくする環境を作り、企業の投資の期待リターンを引き上げることが重要になる。

投資の拡大による資本投入量の増加とともに、総需要の拡大をともない、イノベーションで生産性が上昇することが重要だ。図1では、緑が上がるとともに、青も上がるようになれば、日本経済はデフレ構造不況から脱却することができたことになる。規制や制度の改革は、単純なコスト削減ではなく、投資がイノベーションを生み、新たな需要の創出につながる環境を整えるものであるべきだ。

▽図2:ネットの資金需要

ネットの資金需要
(画像=出所:内閣府、日銀 作成:岡三証券)

設備投資サイクルの押し上げ

図3の赤が民間設備投資のGDPに対する比率だ。GDPの中に設備投資があるが、この設備投資が何%を占めるのかという数字だ。設備投資の強弱のサイクルを示す。

バブル崩壊後の設備投資サイクルの特徴は、毎回17%になると、天井に頭をぶつけて、落ちてしまうことを繰り返している。企業は、将来の成長や収益が拡大するという期待があってこそ、設備投資を増やす。設備投資サイクルが、低い天井の下で低迷しているということは、企業の期待成長率や期待収益率がなかなか上がらなかったことを表す。

株式市場は、目先の企業の収益ではなく、企業の期待成長率や期待収益率を取引するマーケットであるから、株式市場の停滞にもつながってしまった。新しい資本主義の成長戦略で、総需要と総供給の、相乗効果の拡大による成長が起これば、この設備投資サイクルを押し上げ、17%の天井を打ち破る力になる。30年来の転換点になる。

▽図3:設備投資サイクル

設備投資サイクル
(画像=出所:内閣府、日銀、作成:岡三証券)

企業の期待成長率や期待収益率が、バブル崩壊後、はじめてしっかり上昇し、停滞したレンジから脱したことを意味するので、株式市場はそれを高く評価し、大きく上昇していくことになる。

図3の灰色が企業貯蓄率で、上がマイナスと、軸を逆転してある。設備投資サイクルが17%の天井を打ち破れば、企業貯蓄率は正常なマイナスに戻り、総需要を破壊する力が一掃され、デフレ構造不況から脱却できることになる。

そのためには、自民党の政権公約の中にある、成長投資のメニューに、大胆に予算を付けることが重要だ。成長投資のすばらしいメニューが既にあるので、そこにしっかり予算が付けば、マーケットは、新しい資本主義による成長促進の可能性をしっかり感じるようになり、より理解が深まるだろう。

同時にネットの資金需要の拡大で家計に所得を回す、マクロの構図、そして、総需要と総供給の相乗効果による成長を取り戻すことにもなる。

▽図4:自民党の衆議院選挙の政権公約の成長投資のメニュー

大胆な「成長投資」で、確かな未来を拓く
成長投資とは、日本に強みある技術分野を更に強化し、新分野も含めて研究成果の有効活用と国際競争力の強化に向けた戦略的支援を行うこと

  • 小型衛星コンステレーション等の衛星・ロケット新技術の開発や、政府調達を通じたベンチャー支援等により、宇宙産業の倍増を目指す。
  • 宇宙・海洋資源、G空間、バイオ、コンテンツなど、新たな産業フロンティアを官民挙げて切り拓く。
  • 日本に強みがあるロボット、マテリアル、半導体、量子(基礎理論・基盤技術)、電磁波、電子顕微鏡、核磁気共鳴装置、アニメ・ゲームなど多様な分野につき、技術成果の有効活用、人材育成、国際競争力強化に向けた戦略的支援を行う。
  • 産学官におけるAIの活用による生産性の向上や高付加価値な財・サービスの創出、5Gの全国展開、6Gの研究開発と社会実装を推進。
  • 国産量子コンピュータの開発に取り組むとともに、量子暗号通信、量子計測・センシング、量子マテリアル、量子シミュレーションなどの技術領域を支援する。
  • 2030年度温室効果ガス46%削減、2050年カーボンニュートラル実現に向け、企業や国民が挑戦しやすい環境をつくるため、2兆円基金、投資促進税制、規制改革など、あらゆる政策を総動員する。
  • カーボンニュートラルによる環境と経済の好循環実現のため、エネルギー効率の向上、安全が確認された原子力発電所の再稼働や自動車の電動化の推進、蓄電池、水素、SMR(小型モジュール炉)の地下立地、合成燃料等のカーボンリサイクル技術など、クリーン・エネルギーへの投資を積極的に後押しする。
  • 究極のクリーン・エネルギーである核融合(ウランとプルトニウムが不要で、高レベル放射性廃棄物が出ない高効率発電)開発を国を挙げて推進し、次世代の安定供給電源の柱として実用化を目指す。
  • 日本に世界・アジアの国際金融ハブとしての国際金融都市を確立するべく、海外金融機関や専門人材の受け入れ環境整備を加速させ、コーポレート・ガバナンス改革、取引所の市場構造改革、金融分野のデジタル化の推進などを通じて、資本市場の魅力向上を図ります。公平・公正・透明な金融市場への適正化を図り、金融商品に対する信頼確保に努める。
  • 未来の成長を生み出す民間投資を喚起するため、現下のゼロ金利環境を最大限に活かし、財政投融資を積極的に活用する。
  • オープンイノベーションへの税制優遇、研究開発への投資、政府調達など、スタートアップへの徹底的な支援を行う。
  • インフラの老朽化対策、地域の移動を支える地域交通や都市を結ぶ高速交通のネットワークの維持・活性化、地域での連携・協働の支援に取り組む。

(出所:自由民主党)

▽図5:新しい資本主義の実行計画

新しい資本主義の実行計画
(画像=出所:各種資料、作成:岡三証券)

財政資金を使って民間の投資を刺激する成長戦略への転換

予算のつかない成長戦略は動かず、新自由主義の失敗となった。新しい資本主義の成長戦略は、予算をしっかりつけて、動かす必要がある。

2023年度の予算編成に向けた骨太の方針では、プライマリーバランスの黒字化目標の年限が明記されず、検証中とされ、事実上無効化された。これまでの経済・財政一体改革も、重要な政策の選択肢を狭めることがあってはならないとされ、積極財政への転換を妨げるものではなくなった。

骨太の方針や新しい資本主義実行計画に記載されている重要な政策と言えば、青天井で予算を付けることができる方針となった。

国防の拡充も重要な政策の中に入ると考えられる。政府が資金を使わないこれまでの成長戦略から、財政資金を使って民間の投資を刺激する成長戦略への転換が、新しい資本主義の特徴だ。

▽図6:新しい資本主義

新しい資本主義
(画像=作成:岡三証券)

田キャノンの政策ウォッチ:9月失業率、9月有効求人倍率の予想

2022年10月28日に総務省が発表する9月失業率は、2.6%と予想する。予想通りなら前月(同2.5%)から上昇して、2022年7月以来の水準になる。コロナ感染拡大が落ち着いたことを背景に労働参加率が上昇することで、労働力人口が増加し、失業率は上昇するとみる。

2022年9月30日に厚生労働省が発表する9月有効求人倍率は、1.27倍と予想する。予想通りなら前月(1.32倍)から低下する。先行指標である新規求人倍率が前月から低下したことを背景に有効求人倍率は低下すると見る。

雇用市場の先行きは、経済活動正常化への期待で求人数が堅調なことを背景に、失業率と有効求人倍率は改善基調をたどるだろう。特に、「全国旅行支援」の開始で対人接触型サービス業を中心に雇用環境が引き締まることが予想される。

会田 卓司
岡三証券 チーフエコノミスト
田 未来
岡三証券 エコノミスト
松本 賢
岡三証券 エコノミスト

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