この記事は2022年7月11日(月)配信されたメールマガジンの記事「岡三会田・田 アンダースロー(日本経済の新しい見方)『新しい資本主義型アベノミクスに推進力』」を一部編集し、転載したものです。
要旨
参議院選挙では自民党と公明党の連立与党が非改選議席と合わせて過半数の議席を維持し、現行の政権運営が信任された。自民党は改選議席で単独過半数を上回る大勝となり、自民党内での岸田首相の求心力は維持されることになる。岸田政権の新しい資本主義の方針は堅持され、参議院選挙後の課題は、新しい資本主義をしっかり稼働し、国民にその成果を早急に実感させることだろう。
2023年度の政府予算編成の骨太の方針では、2つの明確な方向性が示された。1つめは、プライマリーバランス黒字化目標の年限が明示されず、検証中の扱いで、マクロ経済政策の選択肢がゆがめられてはならないとされ、事実上無効化されたことだ。2つめは、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を一体的に進める経済財政運営の枠組み、即ちアベノミクスの形を堅持することだ。
参議院選挙では、積極財政とアベノミクスの融合となった骨太の方針が、国民の信任を得たことになる。骨太の方針は自民党の財政政策検討本部の議論などでの安倍元首相の指導力が結実したものであり、強い経済が強い国力の源であるという安倍元総理の遺志はより強固に継がれるだろう。暴力で既に決した政策の方向性が変化することを自民党は拒否し、骨太の方針の積極財政とアベノミクスの融合は新しい資本主義型アベノミクスとして推進されていくことになるだろう。欧米とは異なり、日本は政治安定・金融緩和・積極財政の三拍子が揃っている状況は続くだろう。
2022年8月の来年度予算の概算要求で、補正予算ではなく本予算でも積極財政への転換がみられるのか、そして、長期的な成長投資を可能にするため予算の単年度主義からの脱却への動きがみられるのかにも注目だ。秋の臨時国会では、グリーン・デジタル・経済安全保障などへの成長投資、景気回復促進策、そしてコスト増に対する企業・家計支援を含めた、大規模な経済対策が実施されるだろう。内閣府の推計では需要不足が20兆円強もあり、ネットの資金需要を望ましい-5%にするためにも25兆円程度の継続的な財政支出が必要であり、経済対策の財政支出は最低限で20~25兆円の規模となることが見込まれる。
自民党内での岸田首相の求心力は維持
参議院選挙では自民党と公明党の連立与党が非改選議席と合わせて過半数の議席を維持し、現行の政権運営が信任された。自民党は改選議席で単独過半数を上回る大勝となり、自民党内での岸田首相の求心力は維持されることになる。
岸田政権の新しい資本主義の方針は堅持され、参議院選挙後の課題は、新しい資本主義をしっかり稼働し、国民にその成果を早急に実感させることだろう。まだ政策の結果が実感されない中での内閣改造・党役員人事では、大きな動きはないと考える。
2023年度の政府予算編成の骨太の方針では、2つの明確な方向性が示された。1つめは、プライマリーバランス黒字化目標の年限が明示されず、検証中の扱いで、マクロ経済政策の選択肢がゆがめられてはならないとされ、事実上無効化されたことだ。
2つめは、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略を一体的に進める経済財政運営の枠組み、即ちアベノミクスの形を堅持することだ。参議院選挙では、積極財政とアベノミクスの融合となった骨太の方針が、国民の信任を得たことになる。
骨太の方針は自民党の財政政策検討本部の議論などでの安倍元首相の指導力が結実したものであり、強い経済が強い国力の源であるという安倍元総理の遺志はより強固に継がれるだろう。
暴力で既に決した政策の方向性が変化することを自民党は拒否し、骨太の方針の積極財政とアベノミクスの融合は新しい資本主義型アベノミクスとして推進されていくことになるだろう。欧米とは異なり、日本は政治安定・金融緩和・積極財政の三拍子が揃っている状況は続くだろう。
▽新しい資本主義のマクロ・ロジック
アベノミクスの3本の矢を、新しい資本主義の考え方で改編し、積極財政の力で3本の矢に推進力を与えることになるだろう。新しい資本主義の3本の矢として、金融政策は、「積極財政と金融緩和のポリシーミックスで2%の物価目標を目指す」となる。
財政政策は、「経済・社会システムの維持と発展のため、政府の役割は大きいという哲学で、財政赤字を許容しながらの積極財政により分配機能を強化する大きな政府へ」となる。そして、成長戦略は、「積極財政による政府の成長投資と所得分配に、規制・制度改革を加え、企業と家計を支えて、総供給と総需要の相乗効果の成長を目指す」となる。
3本の矢を強化するためには、積極財政の力が必要であり、積極財政への転換なしでは、新しい資本主義は稼働しないことが分かる。
自民党では、高市政調会長を中心に、新しい資本主義と積極財政の融合策(新しい資本主義型アベノミクス)が推進されることになるだろう。効率が所得を生むという新自由主義の考え方は、効率追求が支出削減につながるだけで、マクロとしての貯蓄増加(需要不足継続)となり、デフレ構造不況からの脱却の障害となった。支出が所得を生むという新しい資本主義に転換していくことになる。
投資を含む支出の増加が、イノベーションや新たな需要を生み、生産性の向上につながるという新しい考え方に転じ、新しい資本主義型アベノミクスは推進力を得て、政策として具現化していくだろう。
これまでの新自由主義型のマクロ政策の失敗
市中のマネーの拡大と家計に所得を回すには、政府と企業の支出の拡大が必要になる。マクロ経済では、誰かの支出が、誰かの所得になるからだ。
家計に所得を回し、新しい資本主義を稼働するためには、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支、GDP比、マイナスが強い)を強くしなければならない。ネットの資金需要が消滅(0%)し、リフレ・サイクルが腰折れていたことが、内需低迷とデフレ構造不況から抜け出すための制約となっていた。
規制緩和や減税では企業が動かず、企業の支出が弱い中で、緊縮財政でネットの資金需要を消滅させてしまい、家計に所得が回らないマクロの構図にし、中間層まで疲弊してしまったのが、これまでの新自由主義型のマクロ政策の失敗であった。
新しい資本主義の成否を決めるのは、ネットの資金需要の方向性だろう。また消滅に向かえば、リフレ・サイクルが腰折れ、家計に所得は回らず、新しい資本主義は失敗してしまう。
一方、積極財政で、-5%程度に拡大し、その水準が維持されれば、リフレ・サイクルの力が強くなり、家計に所得が回るようになり、新しい資本主義の成果が出て、経済・マーケットのアップサイド・ポテンシャルとなる。
▽リフレ・サイクルと家計への所得分配の力を示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
大規模な経済対策
秋の臨時国会では、グリーン・デジタル・経済安全保障などへの成長投資、景気回復促進策、そしてコスト増に対する企業・家計支援を含めた、大規模な経済対策が実施されるだろう。積極財政と、政府の成長投資に刺激された企業の投資拡大で、ネットの資金需要がまた拡大し、リフレの力が強くなるのがメインシナリオだ。
参議院選挙の自民党の政権公約では、経済安全保障、先端科学技術(量子、AI、バイオ、グリーン、宇宙、海洋、再生医療など)、国土強靭化、スタートアップ、Deep Tech(社会や産業構造を変革しうる革新技術)、脱炭素(10年で150兆円超の官民投資)、食料安全保障などに対した成長投資の拡大を提言している。
企業債務の増大への対応に万全を期すとされており、国費による企業債務減免の動きもありうる。前回の衆議院選挙の政権公約も引き続き重要で、成長投資のメニューに予算を付けていくことになるだろう。原発再稼働などによってエネルギー問題を解消することも成長戦略の柱となるだろう。
衆議院の解散がなければ、今後、3年間は国政選挙がなく、岸田内閣は重要な政策を前に進めることができるとされる。コロナ増税や金融所得課税の見直しではなく、成長投資の拡大、防衛費増額、原発再稼働、そして憲法改正へ動き出すことに優先的に政治資本を使っていくことになるだろう。
▽参議院選挙の自民党の政権公約
シナリオ
リスクシナリオとして、岸田内閣が拙速な財政再建路線を維持し、経済対策が不十分で、歳出削減や増税でネットの資金需要を消滅させてしまえば、新しい資本主義は稼働せず、岸田内閣の求心力は一気に衰えてしまうことになるだろう。
メインシナリオとしては、新しい資本主義型アベノミクスは継続するだろう。2023年4月に任期末となる黒田日銀総裁の後任は、アベノミクスを支持する候補しか選択肢になり得ないだろう。国会同意人事についての自民党の人事審査委員会は、リフレ派の議員を含み、全会一致が原則である。
新しい資本主義型アベノミクスを稼働できなければ、豊かさを実感できない国民からの支持は弱くなり、次回の衆議院選挙前の2024年秋の自民党総裁選挙前に求心力を失うことで、政局が動き、岸田首相は再選することができなくなるだろう。
安倍元総理の遺志を継いだ積極財政派がより強固に団結するとみられることも圧力となる。自民党の議員内では、財政政策の議論を進める中で、若手が中心であるが、積極財政派はすでに過半数を超えているとみられることを過小評価していはいけないだろう。
安倍派を中心に、派閥横断的な積極財政派と、二階派と菅グループ、即ち安倍政権でアベノミクスを推進したライン(首相・官房長官・自民幹事長)が連携を強める可能性もある。アベノミクス否定は、これらのラインを自民党の中で非主流派のレッテルを貼ることになるからだ。
マクロの総合的な財政運営に転換できるのか
プライマリ−バランス黒字化目標は検証中であり、参議院選挙後も、自民党の中で財政政策検討本部を中心に、望ましい財政運営の在り方の検討が続く。
財政赤字だけをみるミクロの会計的な財政運営から、企業と財政の支出のバランス(ネットの資金需要)でみるマクロの総合的な財政運営に転換できるのかに注目だ。
更に、2022年8月の来年度予算の概算要求で、補正予算ではなく本予算でも積極財政への転換がみられるのか、そして、長期的な成長投資を可能にするため予算の単年度主義からの脱却への動きがみられるのかにも注目だ。
積極財政への転換を追い風に、各省庁の新しい政策で概算要求が拡大すれば、その内容がマーケットの新たなテーマとなる可能性がある。
内閣府の推計では需要不足が20兆円強もあり、ネットの資金需要を望ましい-5%にするためにも25兆円程度の継続的な財政支出が必要であり、経済対策の財政支出は最低限で20~25兆円の規模となることが見込まれる。
新しい資本主義型アベノミクスの稼働を国民に印象付けるリーダーシップを岸田首相が発揮しようとすれば、この規模を上回る可能性もあろう。
▽衆議院選挙の自民党の政権公約の成長投資のメニュー
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