世界で3番目の経済大国であるはずの日本の労働者の所得水準は、先進国の平均値より低い。今や経済協力開発機構(OECD)加盟国中22位と韓国より下位で、物価も東南アジアの国より低いというのが現状だ。なぜ、成長が横ばいの状態から抜けだせないのか。その原因として、アベノミクスの政策失敗を指摘する声も少なくない。
日本の平均給与は米国の5分の3以下
一体、日本の労働市場でなにが起きているのか。まずはOECDのデータから、日本の現状を見てみよう。以下のランキングは、2020年の平均賃金上位10ヵ国だ。
加盟35ヵ国中(*イスラエル、コロンビア、コスタリカ除く)22位の日本の平均賃金は3万8,151ドル(約447万円)である。ランキングから分かるように米国の5分の3よりも少なく、18位の韓国(4万1,960ドル/約477万円)やOECD加盟国の平均(49,165ドル/約559万円)を下回っている。
日本より順位の低い国は、スペインやイタリア、ハンガリー、チリ、メキシコなど、経済や国内情勢の安定していない国ばかりだ。
なぜ、日本のビッグマックは安いのか?
次に「ビッグマック指数(BMI)」に基づいて、日本と他国の物価水準を比較してみる。BMIは世界のビッグマックの価格を比較することで、各国の経済力や物価水準、為替相場などを測定する指針である。英エコノミスト紙が定期的に更新している。
最新データ(2021年7月)によると、基準となる米国のビッグマックが5.66ドル(約644円)と世界で4番目に高いのに対し、日本では3.74ドル(約425円)だ。シンガポール(4.43ドル/約504円)や韓国(4.10ドル/約466円)、タイ(4.25ドル/約438円)など、アジア諸国と比べても日本の水準は低い。
通常、国民一人ひとりの経済的豊かさの指標である一人当たりの国内総生産(GDP)に対して、購買力調節後の最低賃金の水準が低く、最低賃金のあたりの労働者が多いほどビッグマックの価格が低くなる。
これを裏付けるデータがある。国際通貨基金(IMF)のデータ からは、2020年の日本の一人当たりのGDPは4万6,827ドル(約532万円)で世界31位であることが明らかになった。ここでも首位の米国をはじめとする主要国に大きく差をつけられ、シンガポール(3位)、台湾(15位)、韓国(28位)に引き離された。また、最低賃金で働く日本の労働者の割合は過去10年で倍増し、14.2%に達した。
日本の賃金は過去30年間低迷
賃金の伸びはどうか。前述のOECDのデータで1990~2020年までの賃金の推移を見てみると、米国やカナダ、ドイツなどが大きな伸びを記録しているのとは対照的に、日本は過去30年間にわたり低迷していることが分かる。たとえば、米国の賃金は148%、OECD全体では133%と上昇したが、日本はわずか107%で、30年間で7%しか増えていない。韓国は194%という驚異的な伸びだ。
日本の平均所得は1991年を除き、常にOECDの平均以下だったものの、バブルが崩壊した1999年を境に順位がどんどん後退していった。BMIに関しては、関税や輸送コストなどさまざまな費用の影響も考慮する必要があるため一概にはいえないが、これほど長期間にわたり労働者の賃金が縮小し、成長が横ばいの先進国は日本だけだ。
アベノミクスが日本の労働者を貧しくした?
このようにすでに衰退していた日本の賃金成長に、アベノミクスが拍車をかけたと指摘する声は少なくない。
2012年12月に導入されたアベノミクスの軸となった金融緩和政策は、金融機関が保有していた国債を大量に買い入れ、マネタリーベースを2年間で2倍に増やすというものだった。通常、市場に流通するお金が増加すると通貨の価値は下がる。これが円安を引き起こし、輸出に有利に作用したことで日経平均株価が上昇した。
一部の専門家はこの円安・株高の流れが、長期的な賃金成長の横ばいを引き起こした要因だと分析している。政府や企業が安易な経済的後押しに依存せず、技術革新や生産性の向上を優先していれば、円高を支えることができ、それが賃金の成長につながったというのだ。
確かに、2011年の日本のBMIは4.08ドル(約464円)と、米国(4.07ドル/約463円)や韓国(3.50ドル)、シンガポール(3.65ドル/約398円)などより高く、2ドル(約227円)台だったタイや台湾のほぼ2倍だった。
一方では、「円安を輸出市場に活かし切れていない」という指摘もある。財務省貿易統計のデータによると、2012年以降、爆発的に輸出が伸びたというわけではなく、アベノミクス以前より減少した年もある。また、輸入総額が輸出総額を上回った年も少なくない。最も輸出が多かったのは2018年で、総額81兆4,787億円だった。
アベノミクスの「教訓」を日本の未来に活かせるか?
「物価が安いのであれば所得が上がらなくても問題はない」という見方もあるだろうが、物価が安くなるほど労働者への負担は重くなる。
賃金が上がらない状態が長期化すれば、労働者の向上意欲も減少する。賃金の上昇が従業員のモチベーションアップと密接な関係にあることは、複数の調査で判明している。従業員のモチベーションが上がれば、それが企業の業績や従業員のエンゲージメントに反映する。
アベノミクスが成功だったのか失敗だったのか、現在も評価は真っ二つに分かるところだ。超円高・株安から日本を救った功績は評価に値するものの、それによる弊害で日本の国際市場競争力が後退し、労働者は国際的に見て貧しい立場に追い込まれた。アベノミクスで浮彫りになった「教訓」を活かせるかどうかが、日本の未来を左右するといっても大げさではないだろう。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)