この記事は2022年11月21日に三菱総合研究所で公開された「DX・GX時代の「企業の人的資本投資」のあり方 第4回:3つのキャリアシフト類型実践例 ②再チャレンジ型キャリアシフト」を一部編集し、転載したものです。

企業の人的資本投資
(画像=Vladimir Badaev/stock.adobe.com)

目次

  1. 再チャレンジ型キャリアシフトの現状と取り組み事例
  2. 事例:ボッシュ 社員の「LEARNING JOURNEY」を後押しするキャリアデザインプログラム

本シリーズでは、DX・GX時代に求められる人材を企業が創出するために、カギとなる3つのキャリアシフト類型について解説してきた。第3回~第5回では、3つのキャリアシフト類型それぞれについて、企業の現状の取り組み状況を、三菱総合研究所が実施した企業向けアンケート(2022年8月実施)結果から示すとともに、実際の取り組み事例を紹介している。

第3回のワンノッチ型キャリアシフトに続き、第4回では、再チャレンジ型キャリアシフト実践例を紹介していく。

再チャレンジ型キャリアシフトの現状と取り組み事例

再チャレンジ型キャリアシフトは、GXを主とした産業構造変化に伴い、新たに台頭する成長産業・事業領域に対応するためのスキル転換を意味している。

分かりやすい例を挙げれば、火力発電の機械保修を担っていた職員が風力発電のブレード保修の技術を身に付ける、自動車エンジンの保守技術者がEVモーターの保守技術を習得するなどがある。無論、これらは一朝一夕に対応できるものではなく、場合によっては一時的な離職を伴う、集中的な教育・訓練が必要となる。

一方でこうしたスキル転換、および成長領域への人材シフトは、産業・企業をまたぐ場合はもとより、各企業内でも十分進んでいるとは言えない状況である。

図表1は、産業構造変化に際した人材戦略・人材マネジメントの対応状況についてのアンケート結果である。スキル転換に向けて教育訓練を施す以前に、「人材要件が明確化できている」「今後必要となる人材のスキルを人数として把握できている」「採用や育成に関する定量的な目標を設定できている」などいずれの項目も、否定的回答が肯定的回答を上回っている。また、いずれの項目も積極的肯定「とてもあてはまる」の割合は5%に満たない。

多くの企業で、長期ビジョンや中期経営計画において、産業構造変化に対応する経営戦略・事業戦略が描きなおされている一方で、人材戦略としてどのような人材がどの程度必要かを明確にできていない。なお「人材版伊藤レポート」でも、経営戦略と人材戦略の連動、人材のAsIs-ToBe ギャップの定量把握は、人的資本経営における重要な視点として指摘されている。

図表1 産業構造変化に際した人材戦略・人材マネジメントの対応状況

産業構造変化に際した人材戦略・人材マネジメントの対応状況
(画像=出所:三菱総合研究所)

これらは再チャレンジ型キャリアシフト促進に向けた企業目線での課題と言えるが、もう1つ重要なのが社員目線での課題である。三菱総合研究所では、DX・GXに伴って拡大していく職のミスマッチを乗り越える処方箋として、「知る・学ぶ・行動する・活躍する」を循環させる「FLAPサイクル」を提唱している。

FLAPサイクルは日本全体の労働市場をめぐるFLAPサイクルから、産業単位・企業単位・事業単位等複数の階層を包含する概念である。社員一人ひとりがFLAPサイクルを回して、今後成長が期待される事業領域に対応し得る能力を獲得していくときは、入り口にあたる「知る(Find)」が大きな障壁となる。多くの企業では組織ごとの業務分掌は存在するものの、その組織に属する社員が具体的にどのような仕事を行っているか分からず、さらにはその仕事を遂行するためにどのような能力が必要かも不透明である。

「学ぶ(Learn)」仕組み、いわゆるリスキルの仕組みを整えつつある企業にあっても、入り口の「知る」仕組みが抜け落ちていることにより、社員のFLAPサイクルが回らない、そしてキャリアシフトが進まない結果に陥っている。

事例:ボッシュ 社員の「LEARNING JOURNEY」を後押しするキャリアデザインプログラム

ドイツに本社を置くエンジニアリング・テクノロジー企業のボッシュでは、日本を含む世界7拠点に「ボッシュ・トレーニングセンター」を設置し、社員の生涯学習をサポートするというコンセプトにのっとって教育研修の企画・運営・提供を行っている。

拠点によるバラつきのない、グローバル標準のスキルレベル担保を目指すコンピテンス・マネジメントの考え方の下、各拠点の良い取り組みの水平展開を図るなどして、常に教育がアップデートされる仕組みを作っている。

特筆すべきは、社員への教育機会提供そのもの以上に、「Learning Culture(学び続ける姿勢)」を定着させることに重きが置かれている点である。日本のボッシュ・グループの掲げるビジョンでも、「学び続ける姿勢」は9つの取り組むべき重要事項の1つに挙げられている。

ボッシュの日本法人、ボッシュ株式会社のクラウス・メーダー代表取締役社長も、従業員向けのメッセージにおいて、社員の生涯にわたる学びを支援する姿勢を明確にしている。トレーニングセンターの目指すところは、教育研修の企画・運営・提供ではなく、学びの文化形成であり、社員一人ひとりが主役となって自らのキャリアを切り開いていく姿である。

ボッシュが社員のキャリア形成支援において意識しているのが、「LEARNING JOURNEY」の概念である。ボッシュでキャリアをスタートした社員は、自身の望む仕事を「Discover(発見)」し、そのために必要な能力を「Upskilling&Reskilling(学び)」し、自らを「Improve(進化)」させるというサイクルを繰り返すことで、「Success with Bosch(ボッシュと共に成功)」を実現していく。このサイクルを「LEARNING JOURNEY」と表現している。

「LEARNING JOURNEY」を意識して設計された各種キャリアデザインプログラムの中で、特に注目すべきは「Discover(発見)」のための機会提供である。ボッシュでは、キャリア開発のメンタリングや社内公募のほか、社員が一定期間他部署の業務を体験できる「Internal STA」や、40歳の従業員を主な対象とした「Discover(発見)」のための仕掛けが豊富に用意されている。

こうした仕掛けのうち「キャリアワークショップ」は、Will/Can/Mustを発見するグループワークを中心としている。特にMustの発見は、事前に上司や同僚はおろか、顧客からもヒアリングをして自身への期待を把握しておくなど、具体的かつ実効的なワーク実現に向けた工夫が盛り込まれている。

また参加した社員に対しては、1年間のフォローアップ期間が用意されており、Will/Can/Mustの重なりを実現できる仕事がどのようなものか、そのためにはどのような研修プログラムへの参加が推奨されるかなどのコーチングを受けられる。「Discover(発見)」を「Upskilling&Reskilling(学び)」につなげる仕掛けと言えるだろう。

その基盤として、ボッシュでは各組織が行っている業務や、その遂行のためのスキル要件が可視化されている。さらにはそれらスキルを獲得するために、どのような研修プログラムが準備されているかも紐づけられており、社員誰しもが自身の志向や興味に応じてアクセスできる。

こうして一人ひとりが「Improve」までのサイクルを回し、「Success with Bosch」を実現していくことが、結果的に産業構造変化に対応した継続的なキャリアシフトにつながり、成長領域に対応し続けられる会社を作っていくのだろう。前述のFLAPサイクルに照らせば、「知る」の機会提供、「学ぶ」を促す仕組み作り、「行動する」の後押し、「活躍する」場の提供までのサイクルを回している好例と言えるだろう。

大内久幸
三菱総合研究所 政策・経済センター