この記事は2022年11月16日に三菱総合研究所で公開された「DX・GX時代の「企業の人的資本投資」のあり方 第2回:DX・GX対応のカギとなるキャリアシフト3類型」を一部編集し、転載したものです。
目次
第1回「DX・GXの2大潮流が生む人材需給ミスマッチ拡大と企業の対応」では、「人的資本投資」とは産業構造変化に伴い変化してきた経営戦略・事業戦略と人材戦略を連動させる取り組みであり、戦略実現に求められる人材像・人材ポートフォリオと現状とのギャップを早期に埋めるための経営レベルの投資判断であると述べた。
第2回は、DX・GX時代に求められる人材像・人材ポートフォリオの変容と、それに対応していくためのカギとなる3つのキャリアシフト類型について解説していく。
「人材タイプ×キャリアシフト」で人的資本投資を要素分解
(1)職務があいまいな日本の人材タイプ
第1回で述べた経営戦略に人材戦略を直結させる取り組みとは、企業が掲げる長期ビジョンや中期経営計画を実現するために、どのような人材がどの程度必要なのか、それが現状とどれだけ乖離しているかを明確にすること。
言い換えれば「AsIs」と「ToBe」の人材ポートフォリオを明確にし、そのギャップを埋めるために、どのような期間・手段で求める人材を獲得ないし育成していくかのプランを明確にする取り組みである。
この人材ポートフォリオを考える上では、企業の人材タイプを明確に定義することが有益だ。人材タイプの定義軸はさまざまであるが、汎用的なものとして、「スキル・賃金レベル」と「職務・ミッションの定義」の2軸を用いた定義が挙げられる。図表1はこれら2軸をベースに、従来の人材マネジメントで意識されてきた6つの人材タイプを表現したものである。
図表1 従来の人材マネジメントにおける人材タイプ
図表1で示した6つの人材タイプの概要は以下のとおりである。
1. 中核人材
企業・組織の経営を担う人材、またはその候補となるクラスの人材を指す。企業・組織のビジョンを示し、自らも専門知識を持って目指す方向に組織を導く人材であり、次の基盤を作るような重要かつ大規模なプロジェクトのマネージャーなども中核人材に含まれる。
2. 変革人材
特定の業務領域にとどまらない広い視野を持ちながら、高度な専門性を発揮して新たな価値を生み出していく能力を持つ人材を指す。DX・GXを先導していく人材であり、昨今よく言われる「イノベーション人材」がこれに該当する。
3. 高度専門人材
人事・財務・システムなど特定分野について高度な専門性を有する人材を指す。DX・GXにおいては、変革人材による先導の下、高度な技術・専門性によってDX・GXを具現化していく役割を担う人材を指す。
4. 専門人材
特定の職務・業務領域において一定程度の専門性を発揮して業務を遂行する人材を指す。専門技術者や特定分野の事務職などを含む、幅広い人材タイプである。例えば現場クラスのプログラマー、火力発電の保守・運転技術者、人事・財務の事務担当者などが挙げられる。
5. 汎用人材
さまざまな職種を経験しながら、汎用的なビジネススキルを高めていくことが求められる人材を指す。現在もほぼ全ての日本企業で見られる総合職の多くがこの人材タイプに該当するが、今後は専門分野を見つけるもしくは専門性を確立する前のモラトリアムの位置づけがより強まると想定される。
6. 潜在人材
企業・組織の新卒新入社員に代表されるようなエントリー人材を指す。社会人として基礎的な知識・スキルを身に付けて以降は、汎用人材としてスキルを高めていくことが求められることが多い一方、早期から人事・財務など特定の分野で専門人材としてスキルを磨くことが求められる場合もある。
ここで重要なのは、企業・組織の経営を担う中核人材や将来の中核人材の担い手となる汎用人材の職務やミッションが明確に定義されていないことだ。「職務無限定」な人材が企業の特殊なスキルを駆使して経営の中枢を担うのは、終身雇用を前提とした採用・育成システムを運用してきた日本企業の特徴的な姿だといえよう。
(2)専門性への要求の高まりが迫る人材タイプの変革
旧来型の日本企業(現在の多くの日本企業)では、長期雇用を前提として、図表1のうち特に専門人材から汎用人材、汎用人材から中核人材へと、緩やかな人材育成が行われてきた。一方で、DX・GXに伴う産業構造変化に対応するためには、企業が求める人材ニーズを明確化し、その人材ニーズに合致した専門性を備える人材を、より早期に育成することが求められる。その様子を表現したのが図表2である。
ここで大きな変化を迫られるのは、中核人材と汎用人材である。とりわけ、プロパー社員を中心に形成される職務の限定されない経営陣は、早晩プロ経営者化を求められる。複数の企業のCEOを渡り歩くような、名の知れたプロ経営者のみを指しているわけではない。CEOやCOOに始まり、昨今ではCFO(最高財務責任者)、CMO(最高マーケティング責任者)、CHRO(最高人事責任者)といった、財務、マーケティング、人事など特定の領域に特化したトップマネジメントが求められており、それらにフィットするよう自身の専門性を高めるキャリアシフトも、プロ経営者化に含んでいる。
またはCSO(最高戦略責任者)、CVO(最高ビジョナリー責任者)のように、機能特化のトップマネジメントにシフトしていく場合もあるだろう。いずれにせよ、職務の限定されない経営陣の需要は縮小していくため、それに合わせたキャリアシフトを中核人材も求められていると指摘できる。
そしてより注視すべきは、汎用人材に求められる変化である。現在も日本企業の多くでは、汎用人材のままでも一定の年齢まで賃金レベルが右肩上がりに上昇する仕組みになっている。一方で今後は汎用人材のまま賃金レベルが上がり続けることはなくなり、早期に専門人材へのシフトが求められる。
ここで言及する「専門人材」には、従来存在する専門技術者や特定分野の事務職なども含むが、今後はDX・GXにより需要の高まる分野(成長領域)の専門技術者のニーズが高まっていくことに留意したい。例えば、AI・IoTエンジニアや、風力発電のメンテナンス技術者、EVに特化したサプライヤーの技術者などがイメージしやすい。
なおこれらの人材タイプ区分は、各人材タイプ間の線引きを明確にしようとするものではない。上述のように企業の経営を担う中核人材にも高度な専門性は不可欠であり、また企業のDX・GX対応をけん引してきた変革人材がCxO(特定業務分野・機能の最高責任者)として活躍していくことも期待される。
専門人材も自身の得意分野に固執せず、俯瞰的に物事を捉える、成長領域を見据えて専門性を拡大・発展させていくことで、将来的に高度専門人材、さらには中核人材や変革人材へとシフトしていくことが求められる。
総括すると、今後は早期に職務・ミッションの定義が明確化されていき、その専門的なスキルレベルの上昇に沿って賃金レベルも上昇していく。図表2上では右上の方に人材がシフトしていくことが求められていると表現できる。
図表2 求められる人材タイプの変化:右上方向への早期人材シフトが求められる
(3)ToBe人材ポートフォリオ実現のカギとなるキャリアシフト3類型
ここまでで、DX・GXに伴う産業構造変化に対応するための人材タイプの定義と、求められる人材タイプの変化について説明してきた。では、求められる人材タイプを十分に確保し、各企業が描くAsIs人材ポートフォリオをToBe人材ポートフォリオに近づけるため、どのような方策が取り得るだろうか。
無論、社外から新たな人材獲得ができるに越したことはないが、労働市場全体がひっ迫している中で、期待通りに人を獲得できる見込みは薄い。すると、個々の企業の取り組みとしては、内部の今いる人材をいかに育成していくか、求められる人材タイプにシフトさせていくかが焦点となる。
前節で、人的資本投資の目的が「経営戦略と人材戦略との連動」にあると論じたが、人的資本投資とは、異なる人材タイプに対して適切なキャリアシフトを促す企業の取り組みであると言い換えることができよう。
変革を余儀なくされる人材タイプに対して、どのようなキャリアシフトが必要となるのか。われわれは、DX・GX時代のToBe人材ポートフォリオを実現する上でカギとなるキャリアシフトが、以下の3つに類型化されるものと考えている。
1.ワンノッチ型キャリアシフト
第1に、各人材タイプの中でデジタル技術をはじめとするノンルーティン・スキルを段階的に獲得するワンノッチ型キャリアシフトである。従来の業務に従事しつつ、空いたリソースで少しずつノンルーティン・スキルを習得し、業務の効率化・高度化につなげていく。
例えば、「一般事務職に就くAさんが、業務の合間にVBAやpythonといった初歩的なプログラミング技術を学び、従来担ってきた書類作成・管理業務を効率化・高度化した」といった例が挙げられる。
2.再チャレンジ型キャリアシフト
第2に、人材タイプは変わらないが、成長領域に向けて大きなスキル転換を図る再チャレンジ型キャリアシフトである。自社内には従来なかった知識・技術・ノウハウ習得を必要とするため、社外で提供されるトレーニングプログラムに参加するなど、場合によっては一時的に職場を離れてのリスキリングが必要となる。
例えば、「火力発電の機械保修技術者であったBさんが、他社の提供する集中的な訓練プログラムを受講して身に着けた技術を活かし、風力発電のブレード保守担当者に配置された」といったキャリアシフトがイメージしやすい。
3.創造人材育成型キャリアシフト
第3に、人材タイプの壁を乗り越えてキャリアを飛躍させる創造人材育成型キャリアシフトである。社会人大学院やMBA留学、先進的なノウハウを持つ他社への育成出向など、多くの場合長期間の職場離脱、または一時的な離職を伴い、集中的にリスキルを図ることが求められる。
例えば、「某メーカーでITエンジニアとして働くCさんが、2年間先進的といわれるIT企業に育成出向し、出向元メーカーのDXをけん引するレベルの高度なITスキル・知識を習得した」といったケースが挙げられる。
図表2で示した求められる人材タイプの変化に、これら3つのキャリアシフト類型を当てはめてみると、おおむね図表3のようなイメージとなる。各人材タイプの枠の中で段階的にデジタル技術をはじめとするノンルーティン・スキルを獲得するのがワンノッチ型、人材タイプの枠は越えないまでも成長領域に向けて大きなスキル転換を図るのが再チャレンジ型、人材タイプの壁を乗り越えてキャリアを飛躍させるのが創造人材育成型キャリアシフトである。
図表3 求められる人材タイプと3つのキャリアシフト類型
図中でも表現されているように、これら3つのキャリアシフトは従業員が一律で求められるものではない。前述の人材戦略、すなわち産業構造変化を生き抜くための新たな人材戦略で描かれる人材ポートフォリオを実現するために、「人材タイプ」別に最適と考えられる人的資本投資を行った結果として生じるキャリアシフトといえる。
第3回以降では、3つのキャリアシフト類型実践例を見ながら、DX・GX時代の企業の人的資本投資のあり方を解説していく。