本記事は、鈴木祐氏の著書『YOUR TIME ユア・タイム』(河出書房新社)の中から一部を抜粋・編集しています。
時間効率の追求が時間不足を起こす
「時間がない」と感じる人は増え続けているのに、実際は先進国の大半で自由時間の量はほぼ変わっていない ―― 。
なんとも不可解な話ですが、このような事態が起きる理由として、多くの社会心理学者は、「時間効率の過度な追求」を原因に挙げています。短い時間で最高の成果を残そうとしたり、無駄なタスクをすべて消そうとしたり、作業スピードの最適化を試みたりと、生産性にこだわる態度こそが問題の根源なのだというわけです。
時間の効率や無駄な作業を意識するのがなぜ悪いのか? そして、効率にこだわる態度がいかなる問題につながるのか?
効率追求の難点について、複数のポイントを挙げておきましょう。効率性や生産性にこだわりすぎる人には、次のデメリットが存在します。
デメリット1 「人生はやるかやらないかだ」でメンタルが病む
ビジネス書の世界などでは、「人生はやるかやらないかだ」といったアドバイスをよく耳にします。だらだらと悩んで時間を費やすのではなく、とにかくスピーディに行動を起こして効率と生産性を高めることの大事さを訴えた言葉ですが、下手に実践すると、メンタルの悪化につながります。
一例として、アリゾナ州立大学などが、高学歴で裕福な学生の問題行動を扱ったレビュー論文を見てみましょう(*1)。ここで研究チームが調べたのは、裕福で頭が良い学生ほどメンタルを病み、ドラッグや酒に逃げ込むケースが多いのはなぜか、という問題です。
*1:Luthar, Suniya & Kumar, Nina. (2018). Youth in High-Achieving Schools: Challenges to Mental Health and Directions for Evidence-Based Interventions.
貧困にあえぐ若者に問題行動が多いことは昔から知られていましたが、近年では裕福で学歴が高い学生にも似たトラブルが増えてきました。
具体的には、優秀な学生ほどタバコやドラッグの使用率が高くて社会のルールを破り、教育水準が高い地域でもアルコールとマリファナの消費が多いとも報告されています。もちろん優秀な学生がみな問題を抱えているわけではありませんが、全米の基準と比較すれば、深刻な不適応を示す割合が大きいのは確かなようです。
裕福で学歴もある学生に問題が起きやすい理由を、研究チームはこう推測しています。
「『人生はやるかやらないかだ』という生き方が、いま世界中に広まっている。しかし、この考え方が個人と社会に及ぼす影響をもっと真剣に考えるべきだ」
目標に向かってすばやく行動を起こすのが悪いとは言わないものの、現代では「やるかやらないかだ」に代表される行動規範のプレッシャーが強く、メンタルを病んでしまう若者が多く見られます。効率と生産性の暗黒面であることは間違いないでしょう。
デメリット2 効率化の意識が生産性を下げる
効率や締め切りを強調する企業は、実は従業員の生産性が低い傾向があります。
ウィリス・タワーズワトソン社が行ったリサーチでは、日本をふくむ世界12カ国から2万2,347人のビジネスパーソンを集め、それぞれの職場におけるプレッシャーレベルをチェック。このデータを全員の仕事ぶりと比べたところ、高い目標や生産性を重んじる上司のもとで働く者ほどストレスが多く、仕事のモチベーションは低く、病欠の確率が高く、生産性が下がる傾向が認められました(*2)。
*2:Global Benefits Attitudes Survey (2013/14). © 2014 Towers Watson. All rights reserved. towerswatson.com.
このような現象が起きるのは、効率アップと締め切りの追求で、ストレスが慢性化するからです。いつも時間のプレッシャーにさらされ続ければ、本人が気づかずとも心身は慢性的に緊張を続け、ほどなく私たちの脳は負荷に耐えきれなくなります。その結果、最後には心身のバランスが崩れ、ネガティブな思考や睡眠障害、音や光への過敏さなどが起き、生産性の低下につながるのです。
デメリット3 生産性を上げれば上げるほど忙しくなる
「ギリシャ神話に登場するヒドラは、頭をひとつ切り落とすと、続けてふたつめが生えてくる。同じように、私たちがより多くの仕事をこなすと、より忙しくなる」組織心理学者のトニー・クラブは、生産性の追求がもたらす罠についてこうコメントしています(*3)。いかに生産性を上げようが、そのぶんだけやるべき作業の量も増えていき、あなたの忙しさは一向に改善しないという指摘です。
*3:Tony Crabbe (2015) Busy: How to Thrive in a World of Too Much. ISBN9780349400754
この言葉の正しさは複数のデータで認められており、たとえばリーダーシップIQ社が行った調査では、全米207社で働く従業員のエンゲージメントと業績評価データのマッチングを実施(*4)。その結果、全体の42%の組織において、生産性が高い人ほどエンゲージメントが低い事実をあきらかにしました。つまり、仕事がたくさんできる人ほど作業のモチベーションが低く、自分が所属する組織にネガティブな感情を持ちやすかったのです。
*4:Employee Engagement Is Higher For Low Performers In 42% Of Companies. www.leadershipiq.com/blogs/leadershipiq/35354881-employee-engagement-shocker-low-performers-may-be-more-engaged-than-high-performers.
理由を説明しましょう。あなたは、誰かに仕事の手伝いを頼みたいときに、どのような人に助けを求めるでしょうか?
そう聞かれれば、誰でもスキルがない同僚より、能力が高い人にお願いしたいと思うでしょう。
そして、普通に考えれば、これと同じ心理はほかの従業員にも働くはずです。あなた以外の人も優秀な人間に声をかけ、また別の人も優秀な人間に頼り……といった事態が積み重なれば、さしものハイパフォーマーも
ちなみに、もしあなたがハイパフォーマーでなかったとしても、似たような現象が起きる可能性はあります。
たとえば、あなたが1日にメッセージを送る量を増やせば、そのぶんだけ相手からの返信にリターンする義務は増えるでしょう。同じように、効率よく書類を仕上げればそのぶんだけ次の仕事は前倒しになりやすく、プレゼンの資料を読めば読むほど他にもチェックすべきデータの存在に気づくこともよくあるはずです。仕事のプロセスが複雑化した現代では、作業に明確な終わりがないケースのほうが多く、いかに作業の効率を高めてもタスクの総量が減らないほうが一般的でしょう。