本記事は、鈴木祐氏の著書『YOUR TIME ユア・タイム』(河出書房新社)の中から一部を抜粋・編集しています。
定番の時間術が効く人、効かない人
とはいえ、いきなり「予期と想起で時間を管理せよ」と言われても、とまどってしまう人が大半でしょう。この考え方が、いったいどのように時間の管理に役立つのかは、まだ見えてこないはずです。
そこでここからは、「予期と想起」のフレームワークを使って、従来の時間術をいくつか再解釈してみます。カレンダーやTo Doリストといった定番のテクニックを「予期と想起」の視点からとらえ直し、それぞれの手法が効きやすい人と効きづらい人の違いを考えていくわけです。
これにより「予期と想起」への理解が進み、ひいては時間術の効果に関わる個体差の正体もクリアになるでしょう。
1. なぜカレンダーが効く人と効かない人がいるのか?
まずはカレンダーの効能を検証してみましょう。
予定をカレンダーに書き込むのは時間術の基本ですが、実際にはそこそこしかパフォーマンスが改善しないことがあります。この現象は、予期と想起の視点からどう位置づけられるでしょうか?
結論から言えば、カレンダーでパフォーマンスが改善しやすいのは、「予期の現実感が薄い人」です。
くり返しになりますが、予期とはこれから起きる変化の見込みを計算したものであり、天気予報の降水確率よろしく、あなたの脳内に将来のおおまかなメンタルモデルを描き出します。「60%の確率で来月に精算書を書いているだろう自分」や「90%の確率で明日に部屋の掃除をする自分」といった具合です。
ところが、私たちの中には、予期のメンタルモデルに現実味を感じにくい人が存在します。このタイプの人たちは、予期のメンタルモデルを自分ごととしてとらえることが苦手で、「来月の予定は他人ごとのように思える」や「1年後の自分など別人としか思えない」と感じやすいのです。
これは「時間的分離」と呼ばれる現象で、人によっては数時間後の自分にすら現実感を抱きにくい人もいます。予期のリアリティに個体差が生まれる理由はよくわかっておらず、脳内に分泌される神経伝達物質の量や、生まれつきの性格が原因とする説もありますが、明確な答えはまだありません。
このような状態が、パフォーマンスの低下につながるのは当然でしょう。明日の予定を自分ごととしてとらえられなければ危機感は生まれませんし、そもそも時間をうまく使おうとすら思わないはずです。
しかし、ここでカレンダーを使うと、ある程度まで事態を緩和できます。「15時から企画書の作成を行う」や「2ヶ月後に昇級試験」などと予定を書き込んでおけば、予期のメンタルモデルがクリアになり、多少なりとも将来の行動に現実感を持てるからです。
カレンダーのメリットといえば「作業に必要な時間を見積もれる」や「予定を忘れずに済む」などの理由が浮かびますが、本当に重要なのは「予期の現実味を増す」機能です。
逆に言えば、あなたが「予期の現実感が濃い人」だった場合は、カレンダーに綿密なスケジューリングをしても効きづらいかもしれません。
2. なぜTo Doリストが効く人と効かない人がいるのか?
次は「To Doリスト」について考えてみましょう。周知のとおり、その日にやるべきタスクをすべて書き出して上から順にこなすテクニックのことです。その効果については、他の手法と同じく知名度のわりにさほどの成果は確認されておらず、特定の人にだけ生産性の向上が認められています。
それでは、To Doリストで生産性が上がる人とはどのような人でしょうか?
この点については、社会心理学者のロイ・バウマイスターが、おもしろい指摘をしています(*1)。いわくTo Doリストの効果を得る人は、目標が達成されないことによる認知の悪影響が減っているというのです。いったいどういうことでしょうか?
*1:Masicampo, E. J., & Baumeister, R. F. (2011, June 20). Consider It Done! Plan Making Can Eliminate the Cognitive Effects of Unfulfilled Goals. Journal of Personality and Social Psychology. Advance online publication. 10.1037/a0024192.
バウマイスターらが行った実験では、研究チームは学生の被験者を集め、そのうち半分に「日々の生活でやり残したことをTo Doリストにまとめてください」と依頼。そのうえで、リストとまったく関係ない小説を読むように指示しました。To Doリストといえば一覧にした作業を順にこなすのが本来の使い方ですが、ここではあえて関係ないタスクを実行させて、どのような違いが出るのかを調べたわけです。
その結果は、興味深いものでした。事前にリストを作ったグループは、そうでないグループよりも小説に集中して取り組むことができ、読書のあいだも注意がそれにくくなったのです。
理由を説明すると、まず前提として私たちの脳は、すでに完了したタスクよりも未完了のタスクや中断されたタスクに意識が向かう性質があります。
片づけの途中で放り出したクローゼット、手つかずで放置した請求書、完成なかばのプレゼン資料、めんどうで返していないメール。
このような未完の作業に対してあなたの脳は無意識に不安を抱き、別のことをしているあいだも、やり残したタスクにリソースを分配。そのせいで目の前の仕事に割くための処理能力が減り、最後には全体の生産性まで下がってしまいます。この現象を、認知科学では「注意の残留」と呼びます。
しかし、このときあらかじめTo Doリストを作っておくと、私たちの脳はおもしろい反応を見せます。未完了のタスクをすべて書き出したことで、脳が「このタスクはすでに処理されたから安心だ」と思い込み、目の前の作業へリソースを解放し始めるのです。
すなわち、To Doリストがうまく機能するのは、やり残したことを外部にすべて吐き出したことで脳が安心し、持てる力をすべて発揮できるようになったからです。これを予期と想起のフレームワークで言い換えれば、To Doリストが効果を発揮しやすいのは、次の特性を持った人だと言えます。
予期が多すぎる人
違う作業をしているあいだに、「頼まれた資料集めを忘れていたから、これを終わったらやろう……」や「部屋の掃除が途中だから帰ったら手をつけないと」といった未完の予定が浮かび、それが頭から離れないタイプ
◉想起が否定的な人
「このタスクは以前もうまくいかなかった」や「明日使う資料を置き忘れたのでは……」などのネガティブな思考が浮かびやすく、不安にとりつかれやすいタイプどちらのタイプも、不意に脳内にわきあがるイメージに気をとられ、そのせいで脳のパフォーマンスが下がってしまう点が共通しています。逆に言えば、あまり過去にとらわれない人や、マルチタスク作業が得意な人には、To Doリストが効きづらいと言えるでしょう。
3. なぜ時間の記録が効く人と効かない人がいるのか?
もうひとつ「タイムログ」についても考えてみましょう。自分が行った作業の開始時間と終了時間を記録し続ける手法のことで、何度もくり返すうちに作業時間の見積りがうまくなると考えられています。
もっとも、その効果量については他のテクニックと変わらず、タイムログで作業のパフォーマンスが上がるという証拠は一部の人にしか確認されていません。このテクニックの効果については、どのように考えるべきでしょうか?
こちらも結論から言うと、タイムログでパフォーマンスが上がりやすいのは、「想起の誤りが大きい人」または「想起が肯定的すぎる人」です。
- 実際は締め切り間際まで大慌てだったのが、「先週はスムーズに進んだから今回も問題ないだろう」と考える
- 現実は他人の協力を得たのに、「普段はひとりでこなせているから今回も問題ないだろう」と即断する
このように、想起の内容が実態を反映しておらず、「タスクの完了に必要な時間の量」や「タスクの完了に必要な個人の能力」の確率を甘く見積もってしまう人は少なくないでしょう。かくいう筆者もこのパターンにはまることが多く、原稿の執筆時間を見誤るケースがしばしばです。
この問題が起きる原因、その代表例として、「ポリアンナ効果」と呼ばれる心理を紹介しておきます(*2)。これは、不快なものよりも楽しい出来事をより正確に記憶しやすい認知バイアスのことで、エレナ・ポーターの小説『少女ポリアンナ』の主人公が、あらゆる状況にポジティブな側面を見ようとするところから名づけられました。
*2:Matlin, Margaret W. (2004). “Pollyanna Principle”. In Rüdiger, F. Pohl (ed.). Cognitive Illusions: A Handbook on Fallacies and Biases in Thinking. Taylor & Francis. p. 260. ISBN9781135844950. Retrieved 2014-12-14.
ポリアンナ効果が強い人は、不快な情報よりも、楽しい情報を優先して脳に取り込もうとします。締め切りよりも前倒しで作業を終えた体験や、難しいプロジェクトを自分だけでやり遂げた記憶など、自分に都合がよいデータばかりを脳に蓄積させた結果、実際よりバラ色の想起しか呼び出せなくなるのです。
もちろん、ものごとを楽観的に考えるのは悪いことではなく、気分が無駄に落ち込むのを防いでくれますし、自分に自信を持つためにも欠かせない能力ではあります。とはいえ、つねに過去をバラ色のレンズで見ていたら、正確な能力を発揮できなくなってしまうのも事実でしょう。
このようなケースにタイムログが効く理由は、説明するまでもありません。普段からタイムログに過去の使用時間を残しておけば、あとからポジティブな想起が出てきたとしても、自分自身に〝動かぬ証拠〞を突きつけることができます。これが一部の人にだけタイムログが効く理由です。
4. なぜイフゼン・プランニングが効く人と効かない人がいるのか?
「イフゼン・プランニング」にも触れておきましょう。コロンビア大学の心理学者ハイディ・グラント・ハルバーソンの『やり抜く人の9つの習慣』などで有名になった技法で、すでに数百を超える試験で有効性が確かめられています(*3)。
*3:ハイディ・グラント・ハルバーソン(2017)『やり抜く人の9つの習慣 コロンビア大学の成功の科学』林田レジリ浩文訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン ISBN9784799321133
実践の方法はシンプルで、特定の目標について「XしたらYする」という構文に落とし込むだけ。「18時になったら運動をする」「自宅に着いたらまず手を洗う」といったように、自分が立てた目標に、具体的な行動を起こすきっかけを設定しておけばOKです。
その効果量には驚くものがあり、心理学者のペーター・ゴルヴィツァーらの調査によれば、なんのテクニックも使わない人と比べて、イフゼン・プランニングを実践した人は3.5倍も運動の習慣が身につきやすくなり、勉強の達成度も2.3倍にまで上がったとのこと(*4)。そのため単純で効果が高い手法として人気を呼び、複数の書籍で〝最強の効率化テクニック〞として取り上げられています。
*4:Halvorson, H. G. (2014) Get your team to do what it says it’s going to do, Harvard Business Review, May 2014, 83-87.
Thürmer, J. L., Wieber, F., & Gollwitzer, P. M. (2015). Planning high performance: Can groups and teams benefit from implementation intentions? In M. D. Mumford & M. Frese (Eds.), The psychology of planning in organizations: Research and applications. New York, NY: Routledge.
が、あらゆる問題に効く万能薬などないのが世の常。イフゼン・プランニングにもまた、他の手法と同じく「効く人と効かない人」の存在が報告されています。
カリフォルニア大学などが行った実験では、MBAの学生に自炊や部屋掃除といった日常の目標にイフゼン・プランニングを使うように指示。その際に、全体を「ひとつの目標に絞るグループ」と「複数の目標を追うグループ」の2つに分けたところ、結果は次のようなものでした(*5)。
*5:Dalton, Amy & Spiller, Stephen. (2012). Too Much of a Good Thing: The Benefits of Implementation Intentions Depend on the Number of Goals. Journal of Consumer Research. 39. 10.1086/664500.
- ひとつの目標だけに絞ったグループは、イフゼン・プランニングによって成果を上げることができた
- 複数の目標にイフゼン・プランニングを使った場合は、成果が上がりづらくなるどころか、むしろ生産性の低下が見られた
ひとつのゴールに対してイフゼン・プランニングが有効だった点は、従来の報告と変わりません。しかし、一度にいくつもの目標を追いかけた場合には有効性が薄まり、人によってはパフォーマンスが下がってしまったのです。
このような問題が起きた理由はシンプルで、一度に複数の目標にイフゼン・プランニングを使うことで、作業の難易度が上がった感覚が生じるからです。
たとえば、たんに「運動をする」とだけプランを作った場合と、「事業内容のリサーチ」や「先方にメール返信」などのタスクも加えた3つの目標でプランを作った場合、どちらが難しそうに感じられるかは言うまでもありません。たとえ個々の目標は簡単にクリアできそうだったとしても、複数の目標がまとまったせいで実際より難易度が上がったような気になり、最後には目標へのコミットメントが弱くなるはずです。
それと同時に、研究チームは、複数のゴール設定によって他の目標に気を取られる回数が増え、ひとつのイフゼン・プランニングに集中できなくなる弊害も指摘しています。「注意の残留」と似た現象で、複数のプランを設定しただけで、私たちの脳は目の前のタスクに意識を向けづらくなってしまうのです。
残念ながら、日々の暮らしで1日にひとつの目標しか立てないケースは少ないはず。
「野菜を食べる」や「運動をする」といった日常の習慣化に使うならばまだしも、毎日の勉強や仕事においては複数のゴールを決めるのが普通でしょう。その点で、イフゼン・プランニングも万能ではありません。
つまり、イフゼン・プランニングの効果が出にくい人には、以下の特徴があります。
◉予期が多すぎる人
「予期が多すぎる」とは、あなたの脳が「将来に高い確率で起きるだろう」と計算したイメージの数が多い状態です。「明日は書類を仕上げる日だ」や「16時から運動だ」といったように、やるべきタスクの数が多すぎて焦った経験は誰にでもあるでしょう。
このとき、脳内には複数の予期イメージが同時に存在し、自然とあなたの注意も分散してしまいます。そのせいで「体重を減らすために運動をする」という目標へのコミットメントが薄れ、イフゼン・プランニングの効果が出にくくなるのです(*6)。
*6:Sheeran, Paschal & Webb, Thomas & Gollwitzer, Peter. (2005). The Interplay Between Goal Intentions and Implementation Intentions. Personality & social psychology bulletin. 31. 87-98. 10.1177/0146167204271308.
◉想起が否定的すぎる人
先に見たとおり、イフゼン・プランニングは、主観的なタスクの難易度に影響されやすい技法です。あなたが心の奥で「これは無理かもしれない」と思っていたら、いかにうまく実行プランを組み立てたとしても、機能するはずがありません。
その点で、ネガティブな想起が多い人ほど、イフゼン・プランニングの効果は出にくいと言えます。プランを見るたびに「1週間前に似たような作業に手間取ったな……」や「同じタスクに何度も失敗しているな……」などといった負のイメージが呼び起こされ、計画へのコミットメントが下がってしまうからです。