本記事は、鈴木祐氏の著書『YOUR TIME ユア・タイム』(河出書房新社)の中から一部を抜粋・編集しています。
予期の現実感が濃い人は総資産額が30%多い
あなたの脳内で起きる予期と想起を、目的に沿って調整する。
私たちが感じる時の流れとは、脳内で起きる「予期と想起」の連なりにほかならず、それゆえに現実の時間とのずれが頻繁に発生します。この点を理解しないままだと、せっかくの時間術が逆効果になりかねません。
つまり、本当に時間を使いこなすには、私たちは次のステップをふまねばなりません。
- 時間に関する自分の〝個体差〟を把握する
- 〝個体差〟に適した技法を選ぶ
名匠の刀剣が家庭料理には向かないのと同じく、どれだけ名の知れた時間術でも適した場面で使わねば無駄の極み。なにごとも適材適所です。
そこで、いよいよ実践編。「予期と想起」のフレームワークを使い、まずは「予期」の問題に取り組んでいきますが、具体策を提案する前に、簡単な頭の体操をしてみましょう。
10年後の自分を考えてみてください。
そう言われたら、あなたはどんな人物を想像するでしょうか?
この質問で求められている答えは、「痩せてスリムになった自分」や「成功して幸せそうな自分」といった将来の理想像ではありません。ここで考えて欲しいのは、「想像上の自分を本当の自分だと実感できるか?」というポイントです。
あなたは、頭に浮かべた10年後の自分を、年を取った自分自身のことだと感じられるでしょうか?
それとも、知り合いや見知らぬ人を考えているのと同じ、たんなる想像の産物のようにしか感じられないでしょうか?
質問が分かりづらいときは、尺度を見ながら「私は10年後の自分とどれくらいつながりを感じられるだろうか?」と考えてみてください。10年後の自分がいまの自分とまったく同じ人間だと思えるなら7点で、完全な他人のようにしか感じられないなら1点です。
以上の質問は、「予期の現実感の濃さ」を調べるために使うテストです。この質問に「10年後の自分もいまと全く同じ自分」と答えた人は「予期の現実感が濃い」と判断され、「完全に別人」と答えたなら「予期の現実感が薄い」とみなされます(*1)。
*1:Adelman, Robert & Herrmann, Sarah & Bodford, Jessica & Barbour, Joseph & Graudejus, Oliver & Okusn, Morris & Kwan, Virginia.(2016). Feeling Closer to the Future Self and Doing Better: Temporal Psychological Mechanisms Underlying Academic Performance. Journal of Personality. 85. n/a-n/a. 10.1111/jopy.12248.
なんとも単純なテストですが、「予期のリアリティ濃度」の違いは、私たちの人生に大きな影響を及ぼします。
スタンフォード大学などの調査を見てみましょう。研究チームは、上の尺度で参加者の「予期のリアリティ濃度」を採点し、この点数お全員の銀行残高やクレジットカード残高などと比べました。すると、それぞれのデータには明確な関係性が見られ、将来の自分とのつながりの感覚が7点だった人は、1点の人よりも総資産額が平均30%も多い傾向がありました(*2)。
*2:Ersner-Hershfield H, Garton MT, Ballard K, Samanez-Larkin GR, Knutson B. Don’t stop thinking about tomorrow: Individual differences in future self-continuity account for saving. Judgm Decis Mak. 2009;4(4):280-286.
予期の現実感が濃い人ほど資産額が多いのは、10年後の自分を「わたくしごと」としてとらえることが可能だからです。「将来の私もいまの私と同じ人間だ」との実感が強ければ、それだけ10年後の自分を大事にする気持ちが生まれ、より長期的に人生を計画するでしょう。
逆に予期の現実感が薄いと、私たちは将来の自分を「見知らぬ他人」と同じように扱います。未来の自分を他人としか思えなければ、わざわざ10年もかけて貯金しようとは思わないはずです。
同じ傾向はUCLAなどの調査でも確かめられており、この実験では、研究チームが参加者に「現在と未来の自分を想像してください」と指示し、その際の脳をスキャナーで調べました。
その結果、予期の現実感が薄い人は「現在の自分」について考えたときに最も脳が活性化し、「1ヶ月〜10年後の自分」を想像した際には、脳の活動が、他者について考えたときとよく似たパターンを見せたそうです(*3)。
*3:Ersner-Hershfield, H., Wimmer, G.E., & Knutson, B. (2009). Neural evidence for self-continuity in temporal discounting. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 4(1), 85-92.
さらに、予期のずれは、資産だけでなく生産性も左右します。私たちが日々取り組む仕事には、将来の自分を喜ばせるために、現在の欲求を犠牲にせねばならないケースが多々あるからです。
テスト勉強のためにゲームをひかえる。
会議資料作成のために飲み会を断る。
早朝会議のために配信ドラマを観ずに寝る。
これらの行為が成り立つのは、あくまで予期のイメージに現実味を感じられるからこそです。
テストの本番を迎えた自分や、資料を作った達成感にひたる自分、すっきりした頭で会議に臨む自分などの予期イメージを他人ごととしか思えないなら、「明日もがんばろう」などと思えるはずもないでしょう。