この記事は2022年12月27日に三菱UFJ信託銀行で公開された「DX時代の企業不動産(CRE5.0)『第3回 メタバース時代のリアル店舗を考える』」を一部編集し、転載したものです。


メタバース,店舗
(画像=metamorworks/stock.adobe.com)

目次

  1. この記事の概要
  2. リアルな商業施設はECに加えてメタバースとも共存へ
  3. メタバースの企業利用
  4. メタバース店舗の発展段階
    1. 1.イベント空間での広告宣伝、販売拠点
    2. 2. 常設メタバースでの店舗
    3. 3.デジタル資産専門店舗
  5. リアル商業施設は豊かな体験を提供するものへと進化
  6. まとめ~メタバースとつながる店舗・街づくりが進む

この記事の概要

• 企業によるメタバース店舗での販売活動が始まっている

• メタバース店舗ではリアル店舗の強みであるCX(顧客体験)も提供可能

• メタバースとつながる店舗・街づくりが進む

リアルな商業施設はECに加えてメタバースとも共存へ

デジタル時代における商業施設の課題は、ひさしくEC(ネット通販)との共存でした。ネットが発達する以前にリアル店舗が有していた機能のうち、商品を展示し、決済して商品を引き渡す機能の多くは、ECが代替しています。

一方で、リアル店舗は、ECサイトを眺めるだけでは得られない体験を顧客に提供できることが強みです。そこで、それぞれの強みを活かしながら、ECとリアル店舗双方での売上を伸ばす取り組みが進められてきました。ECの販売機能とリアル店舗のCX(顧客体験)の共存です。

しかし、この共存が成熟する前に、さらにCXの一部分をデジタル空間が担おうとしています。それがメタバース(*1)です。

メタバースの企業利用

仮想の3次元空間に参加者がアバターの姿になって入り込むメタバースは、従来は主にゲームや娯楽のために利用されてきました。しかし、最近は企業活動の場としても注目が高まっています。例えば、会議室や発表会の場所として利用することができます。

また、生産設備を仮想空間に再現し、その中で作業を行うことも(デジタルツイン)、アバターは使いませんが、広義のメタバース利用と言えます。可能性は様々ですが、本稿では、特に店舗利用について考察します。

メタバース店舗の発展段階

メタバース店舗は、次のような段階を経て発展していく過程にあると考えます。

1.イベント空間での広告宣伝、販売拠点

まずは、イベント的に開設されるメタバースでの、実験的な広告宣伝や販売の拠点としての店舗です。企業が従来ホームページや各種メディアで発信していた情報を3次元仮想空間にてメタバースならではの形で提供できるほか、商品の販売を行います。

株式会社HIKKYでは、夏と冬にメタバースにて「バーチャルマーケット」を開催しています(図表1にイメージ図)。大阪やニューヨークなどの国内外の都市を模した空間(パラリアル)を構築することが特徴で、訪問者は、実在する都市での街歩きにイメージを重ねながら、様々な店舗に立ち寄ります。2022年の夏には、約60社の企業や自治体が出展し、予想以上の手応えを得た企業も少なくなかったようです。

メタバース(バーチャルマーケット)の例
(画像=提供:株式会社HIKKY)

メタバースでの販売活動は、3Dの見本を展示して関連する ECサイトに誘導する手法が多く見られますが、アバターによる接客も大きな期待を集めています。アバターとなった顧客は、仮想店舗にてアバターとなった店員から接客を受けられます。

冒頭に述べたように、小売事業者は、顧客がCX を期待しない分野の商品販売は EC に譲り、リアル店舗ではリアルならではのCX を提供して共存しようとしていました。

しかし、リアル店舗にいる人気販売員がメタバースでアバター店員となって接客すれば、新しい形態でのCX を提供できるようになります。

事業者側から見ると、本物の人間の分身として新しい体験を提供するアバター店員と、学習成果に基づき自動で接客するAI店員とを組み合わせ、購買意欲を高める工夫をすることもできるでしょう。デジタル空間が提供可能な機能は、いっそう増えていくことになります。

2. 常設メタバースでの店舗

メタバースは、VRゴーグルや高性能PCを使用する没入感の高いものに注目が集まっていますが、ショッピングに関しては、スマートフォンから簡易なアクセスができるものも登場しています。幅広いユーザーがアクセスを続ける常設的なメタバースが普及してくれば、そこで店舗を常設する動きが加速すると予想します。

メタバースに出店される店舗は物販用途に限りません。不動産会社からは、物件のバーチャル内覧から重要事項の説明などの一連の営業をメタバースの店舗の中で行えるようになることを期待する声があります。

金融機関の店舗についても、(一社)日本デジタル空間経済連盟が、2023年から仮想空間での金融商品販売店舗の概念実証を開始し、法令面・技術面・ビジネス面から課題等を整理していく予定です。リアル店舗での営業活動に規制の多い業種が、仮想店舗を検討して得られる知見は、他の業界にも有益なものとなるでしょう。(*2)

メタバース店舗の発展段階
(画像=三菱UFJ信託銀行)

*1:インターネット上に構築される3次元仮想空間で行うサービスを指す。参加者がアバター(分身)という姿になり、様々な活動や他のアバターとコミュニケーションできるものが、一般にメタバースと呼ばれている。
*2:同連盟の検討事項は、デジタル金融のみならず、知的財産、プラットフォーム等の広い範囲をカバーしている。

3.デジタル資産専門店舗

メタバース内では、デジタルデータで作成されたファッション、グッズ等を売買することが可能です。その中から、アートや建築物など独自性や芸術性の高い作品が登場すると、メタバースの中で高い価値が認められることがあり、それを資産として取り扱う技術やビジネスも発達すると期待されています。

デジタル資産は複製が容易という特徴がありますが、あるデジタル資産を唯一無二の物として所有することを証明する技術として、NFT(NonFungibleToken:非代替性トークン)が用いられるようになってきています。NFTに裏付けられたデジタル資産は暗号資産(仮想通貨)で取引されることが想定されています。

将来、メタバースユーザーの増加に伴い、事業としてのデジタル資産の売買も増えてくるでしょう。デジタル資産取引に派生するローンや保険等の金融商品も登場してくるかもしれません。

ECとリアル店舗の間で最初に起きた問題は、リアルな商品をどちらで販売するかのチャネル争いでした。しかし、この段階まで進むと、人々が、時間とお金を、バーチャル社会とリアル社会のどちらでどれだけ消費するかという選好が問題となります。人々が過ごす時間を、メタバースとリアルで分け合いつつ、消費が広がる関係になります。

リアル商業施設は豊かな体験を提供するものへと進化

ECやメタバースで購入できる物やサービスが増えていくことは間違いありませんが、一定の規模やブランド力を有する小売り事業者は、リアル以外の販売チャネルを確保しつつも、リアル店舗での販売を重視していくものと思われます。そして、リアル店舗への来店客により豊かな体験を提供できるよう、これまで以上に工夫を凝らしていくようになるでしょう。

商品に触れて情報を得たり、思いがけない発見をしたり、または食事を取ったりしながら、リアル店舗ならではの買い物のプロセスを楽しんでもらうことが重要になります。

郊外の商業施設(SC)は、衣料品や家電製品などの買回り品を中心に早くからECの影響を受けており、時代に合わせたテナントの再構成を重ねてきました。

日本のSCは、郊外に居住する人々にとっては、自動車で気軽に来店し、施設内を歩き回って楽しむレジャー的要素を持つ場となっています。来店客がSCの中で過ごす時間の中でお金を使ってくれるよう、店舗側では、飲食店や娯楽、サービス施設の比率を上げるなど、モノ消費からコト消費へのシフトを進めています。

都心の商業施設では、単体で大型化し品揃えを誇ることは、必ずしも求められなくなっています。むしろ、飲食や娯楽、サービスといった豊かな体験を顧客に提供する多数の店舗を、その優れた立地を生かして集めることが、よりいっそう重要となり、その結果、個々の商業施設のリニューアルが進むことになります。

また、近隣の建物群と一体となった再開発事業が検討される段階においては、街全体として魅力を高めて来訪客を呼び込む、エリアマネジメントがますます意識されるようになります。とくに百貨店等が集積するような都心の商業地では、長年築き上げてきた街のブランドと商業施設のブランドが再開発に結びつき、大きなアドバンテージになると考えます。

まとめ~メタバースとつながる店舗・街づくりが進む

リアルの商業施設や店舗は、ECが発達する以前は販売活動に不可欠な拠点でした。さらに、事業者はこれらを所有することで、不動産としての資産価値や利用価値を活用し、資金調達や新規事業に役立ててきました。

ECが発達を続け、加えてメタバース店舗の存在感が高まっていくと、リアルの商業施設の機能の一部は代替されていきますが、リアルならではの顧客体験を提供する機能が残ります。その機能をより活かするため、商業地では、店舗のリニューアルや再開発事業など、進化に向けた取り組みが盛んに進んでいくことでしょう。

リアルな商業地の魅力がアップすると、それを模したメタバースとの相乗効果も期待できます。なぜなら、リアルの街を訪問して面白かったからメタバースも訪問してみる、あるいは逆に、メタバースで関心を持ったからリアルの街を訪問したくなるというように、双方での体験が連続的に人々の興味に働きかけるようになるからです。

このような形でメタバースとリアルの街の魅力が相互に作用しながら共存する世界が、CRE5.0(3)における商業施設の姿になっていくと想像します。

メタバースとリアルから得られる情報の両方を、我々が境目なく認識するような時代が来ます。リアル店舗は、商業地に集積することで魅力を発揮してきましたが、これからはデジタル空間を介して生まれる顧客や店舗同士のつながりをも取り込み、人々に新しい体験を提供していくことでしょう。

デジタル空間とリアル空間の商業施設の関係
(画像=三菱UFJ信託銀行)

*3:CRE5.0 とは、デジタル空間とリアル空間が高度に融合した世界に向かう社会の中での企業不動産のことを指す。第1回レポート参照

メタバース店舗のCRE(企業不動産)としての価値

メタバースでの商業活動が活発になっていった場合、メタバース上の商業施設はCREとなりうるでしょうか。現時点では否定的に考えられています。メタバース上の空間の権利は、民法その他の法律が定める不動産には当てはまりません。

また、会計上も資産として想定されておらず、費用計上することが現実的とされています。

メタバースによっては、「土地」を少しずつ分譲し続ける仕組みのものがあります。分譲済の土地はすでに2次流通が始まっており、取引できる点では資産価値があると言えるかもしれません。 しかし、暗号資産で取引されることに加え、暗号資産値自体の価値の変動が激しく、固定資産として現実の貨幣価値で表わすことは難しいと指摘されています。

大溝 日出夫
三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部