本記事は、稲村悠氏の著書『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』(WAVE出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

HOW
(画像=ELUTAS/stock.adobe.com)

情報を収集する3つのアプローチ

スパイはどのようにして情報を集めるのか

では、実際の諜報活動の現場では、スパイはどのように情報を集めているのでしょうか。

情報収集の手法には、いくつかの種類があります。ここでは主に3つの手法について説明します。

ひとつめが、オシントです。

諜報活動の現場で扱われている情報は、表に出てこないものばかりだと考えている人は多いのではないでしょうか?

もちろん、その考え方は間違いではありません。

容易に手に入れることができない情報があるからこそ、スパイが暗躍するわけですから。

しかし、公安だけでなく各国の諜報機関が分析しているのは、すでに知られている情報(オープンソース)なのです。この「公に知られている情報」を分析することをオシント(OSINT:open-source intelligence)と言います。

たとえば、ある国の意思決定の背景や方針を見極めるには、その国の論調の異なる報道やシンクタンクの提言、政府関係者の動向や有識者の発言(あくまでも一例)などをもとに、注意深く分析します。この活動がオシントです。

最近では、主にオープンソースだけを使って、国際的な虚偽情報や戦争犯罪を暴く「べリングキャット」という調査機関が注目されています。

創設者はエリオット・ヒギンズというイギリス人ですが、メンバーは世界各地に散らばる民間人。彼らは、インターネット上にアップされている画像や動画、SNSの投稿といった「誰でもアクセスできる情報」から、さまざまなスクープを発表してきました。

シリアのアサド政権がサリンを使用した証拠や、2014年にマレーシア航空17便が撃墜された真相などは、彼らの功績です。最近では、ウクライナ侵攻でロシア側が報道したニュースが虚偽であることを突き止めました。

スクープの大きさもさることながら、ネット上にある情報だけで国家レベルの「秘密」が暴露されてしまうことに驚きと注目が集まっています。

公の情報から情報を集めるのがオシントなら、人を介して情報を集める手法もあります。

これがヒューミント(HUMINT:human intelligence)です。

情報源となる人物に接近して秘匿情報を聞き出す行為は、典型的なヒューミントと言えます。

CIA(アメリカ中央情報局)の元職員エドワード・スノーデンが、現役時代、スイスのある銀行員を情報提供者としてスカウトしたことがわかり、スイス国内で大きな話題になりました。これも、人から情報を手に入れるという意味で、ヒューミントの代表的な例でしょう。

ちなみに、いわゆるスパイではなく、外交官や駐在武官、非政府組織のスタッフなどが行う情報収集も広い意味でのヒューミントです。

ただし、先ほども書いたように、日本の公安捜査官が違法な行為で情報を得ることは絶対に許されません。こちらが知りたい情報を相手が所持していることがわかったとしても、法に抵触しない範囲で職務を遂行しなければならないのです。

最後に取り上げるのが、シギント(SIGINT:signals intelligence)です。

これは、もともと通信や電気信号を傍受することによる情報収集で、現在では主にインターネット上を流れる情報をキャッチする活動が、これに当たります。

敵対国の中には、日本国内のサーバーやパソコンに侵入して情報を奪おうとする動きも見られるようですが、これもシギントの一形態だと言っていいでしょう。

ヒューミントに不可欠な信頼関係の構築

情報収集の3つの手法をご紹介しました。

どれも、諜報員、つまりスパイの業務には必須のものですが、本記事の内容と関係があるのは、2番目の「ヒューミント」です。

スパイは情報を提供してくれそうな人に目星をつけ、彼・彼女を経由して情報を入手します。

こう書くと、簡単な流れだと思われそうですが、決してそうではありません。

大事な情報であればあるほど、多くの人はそれを心の奥底に隠し、絶対に口外しないように固く扉を閉ざすものです。

第三者が強引に開けようとすれば、さらに固く、二重にも三重にも鍵をかけるのではないでしょうか。

ところが、どんな人でも「固い扉」を意識的に、あるいは無意識のうちに緩めることがあります。どんなときでしょう?

それは、目の前にいる人に心を許し、確固たる信頼を寄せたときです。

つまり、大事な情報を引き出すためには、「この人なら信頼できる」「この人なら心を許せそう」という確信を相手に持たせることです。

逆に言えば、そこまでの強固な信頼感を相手との間に築くことができれば、あなたが必要な情報を手に入れることは、それほど難しくないでしょう。だからこそ、公安捜査官は、相手の警戒心を解きながら強い信頼関係を築いていくのです。

イスラエルの諜報機関モサドが掲げる教え

「世界最強」の呼び声も高いイスラエルの対外諜報機関モサドの2代目長官で、「ミスター・モサド」とも呼ばれるイサー・ハレルも、スパイにとって必要な資質のひとつとして、「人間としての尊厳と正直さ」を挙げています。

どれほど強靭きょうじんな肉体や明晰な頭脳の持ち主であっても、人間性が優れていなければ、つまり、誰もが信頼を寄せたくなるような人物でなければ、スカウトの基準には達しないということです。

「魅力的であれ。相手に信頼させるのだ」というのがモサドの基本的な教えであり、「究極の人たらし」であることをエージェントに求めているのです。

元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術
稲村悠
警視庁公安部捜査官として、数々の諜報活動の取り締まりや情報収集活動に従事。機微な情報の収集能力と高い捜査手腕が評価され、警視総監賞をはじめとする各賞を受賞した。技術流出に関する諜報事案の現場から、対人交渉術や信頼関係の構築法などを体得。また、刑事としても、強盗致傷事件をはじめとする強行事件を担当した。退職後は大手金融機関における社内調査や、会計・品質の不正調査業務に携わったほか、各種インテリジェンスを駆使したサービスにも関わるなど、専門的な経験を幅広い分野で活かしている。現在は経済安全保障・地政学リスク対応や経済スパイ対策のコンサルティングの分野で活躍中。

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