「ギャラリストからアーティストへと転身」という異色な経歴を持つヤクモタロウさんの作品『DOMINO』に惚れ込み思わず購入してしまったという、売れっ子アーティストの山口真人さん── 今回は、公私にわたって親交も深い二人のアーティストに、アーティスト目線とコレクター目線の双方から見た「コレクションの魅力」について、語っていただきました。
目次
“DOMINO” 2022,41.0 x 41.0cm,Oil, Acrylic on Canvas
もともとリチャードプリンスやマイクピドロのようなシミュレーショニストが好きでして、ヤクモさんの作品はさらに90’sに流行ったRemixカルチャーの影響を感じていました。『DOMINO』は、アメリカンカルチャーを引用しながらも、日本の工芸における金箔のようなニュアンスで仕上げているところがどことなく東京的で、個人的にツボでした。題材や色使いは大味ですが、細部の作り込みは細かく、非常に日本人らしい表現だと思い、購入しました。
※ヤクモタロウさんの作品『DOMINO』を購入した山口真人さんの談話
『ドミノピザ』のロゴをモチーフにした作品です。ドミノピザは1960年、アメリカのミシガン州で誕生した宅配ピザ店をルーツに「30分を超えた場合は無料」というシステムがアメリカでも日本でも大ヒット── マクドナルドと同様に「早く多く提供する」というシステムが人々の欲求を満たしました。イタリアンピザとアメリカンピザの概念論争は常に巻き起こりますが、ドミノはそれすら卓越し、フードカンパニーというよりもサイエンスカンパニーという別の領域に存在しているように思えるところがまた現代的で、僕にとっては大変興味深いモチーフだったのです。
※自作『DOMINO』に対するヤクモタロウさんの談話
最初は「アーティスト」と「審査員」の関係だった
── まずはお二人が出会ったきっかけからお聞かせください。
山口:2019年に僕が応募した、とあるコンペの審査員の一人がたまたまヤクモさんだったんです。
ヤクモ:たしか『Independent Tokyo』というブース出展型のアートイベントで、主催は株式会社タグボート。
当時、僕はセカンダリーメインのギャラリー(※オークションなどで購入者の手元を離れて二次流通された作品を取り扱うギャラリー)をやっていて、他のギャラリストが20人くらいで出展作品を審査して賞を決めたり、アーティストとコミュニケーションを図るコンペ形式のフェアだった。その会場でちょうど山口君が立っていて、観客の人たちに自作の解説をしていた……。
山口:で、「あ! 審査員のヒトだ」ってことで、「ちょっと(自分の作品の解説を)聞いてもらえませんか?」と僕から話しかけたわけです。
── 初対面でのおたがいの印象は?
山口:ヤクモさんは、なんか忙しそうに動き回ってましたね。審査員なんで。
ヤクモ:僕は「アーティストさんの話を聞かない」という審査のスタイルだったから……。
山口:そうそう! 僕の話、聞いてくれなかったんですよ(笑)。
ヤクモ:アーティストさんの口から伝わってくる情報は一切耳にせず、直感だけで見ていた。なのに、山口君が「聞いてください、聞いてください!」と、あまりにしつこく食い下がってくるから(笑)、やむを得ず「はい…」って……。
山口:(爆笑)
ヤクモ:そのコンペは「グランプリ」と「準グランプリ」があって、「大丈夫! キミがグランプリ獲るから」と答えておいた(笑)。なんせ、卓越していていましたから。
山口:その後、ヤクモさん主催の飲み会とかにお誘いいただいて、そこからスタジオに遊びに来てくださったり……。
ヤクモ:山口君はアートに圧倒的に詳しかったし、セカンダリーマーケットに対する意識も他のアーティストより高かった。まだ僕はギャラリストとしてオークション会社などに入り浸っていたので、「今度、一緒にオークションに行かない?」って山口君を誘ってみて……。そのあたりからかな? 距離が縮まってきたのは。
山口:ですね。ちょうどあのとき僕は「アーティスト」というより「コレクター」目線でアートに興味があったので。
ヤクモ:そうなんだ!?
山口:どの作品がいくらで買えるか……みたいなことにわりと興味があったんです。
── ヤクモさんはアーティストとしてデビューして、どれくらいなのですか?
ヤクモ:40歳のころから本格的に作品をつくり出したから、デビューして5〜6年くらいかな? 40歳になったとき「自分は50歳までしか生きていない」と本気で思っていたので、「じゃあ、好きなことをやろう!」と。昔からずっと音楽はやっていたし、とにかく溜まっているなにかを外に出す、表現することをやりたかったし、アートからは離れられないと覚悟して絵を描きはじめた。
たしかに、ギャラリーはギャラリーで面白いんだけど、正直やろうと思えば“人生の最後”でもやれるんじゃないかな……って(笑)。
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一見、作風は違っても共感し合える部分は多い
── 山口さんは(ヤクモさんの)『DOMINO』のどこに惹かれて、作品を購入したのでしょう?
山口:僕は「シミュレーション」── 「すでにあるモノをほぼ同じように描く」という、いわゆる「サンプリング」の手法にすごく影響を受けているんです。そして、そんなシミュレーショニズムを前提とするスタンスで、それを金色でつくり変えていくリミックス的な要素があり、いっぽうで細部のディテールにも丁寧で……。あえて絵の具を変えたり、質感を残したり……と、そういう“つくり込み”が工芸的で日本っぽい作風だな……と感じました。ドミノピザなんかは完全にアメリカのカルチャーなのに。
── 購入なされたのは?
山口:去年です。
── 一見、作風はかけ離れていますが、おたがい「真似できない」…もしくは「共通している」と感じるところはありますか?
ヤクモ:山口君の、女性のモチーフ……だとかのキャラクターのつくり方やその後の展開などは、やってみたくても、ちょっと真似できない。もちろん羨ましいし、トライもしてみたいし、純粋に「すごい!」とも思う。
山口:共通しているのは、まず「アメリカンポップアート」の影響……ですかね。そのバックグラウンドがありつつ、グラフィカルな表現手段を重視しているのが好きです。
あと、油絵やアクリル画のほか……絵の具の知識の深さもすごいですよね。僕は僕なりに悩みに悩み抜いて、今の絵の具やキャンバスやフレームにたどりついたのですが、タロウさんは最初から画材への理解があってとてもリスペクトしています。タロウさんの絵は、はじめて見たときから、僕が普段絵を描く時にこだわっている「側面の表現」なんかもすごく意識されていて── 絵画だからこその平面表現へのこだわりがすごく伝わってきました。
ヤクモ:二人でオークションの下見に行ったりしても、単純に「すげ〜!」ってなる視点が同じだったりして……「ここがいいよね」って感覚は似通っている気がする。そこからいつも話が盛り上がっていく(笑)。
本来はアーティストもちゃんと絵を買うべき!
── アーティストが他のアーティストの絵を購入するという行為が、じつのところ、あまりピンと来ないのですが……?
山口:大きくは二つあって、一つは「アーティストである以前に、シンプルにアートが好き」なんです。アートについてあれこれ調べて見識を深めるのも楽しいし、美術館やギャラリーに行って、他のアーティストさんの作品を鑑賞するのも好きです。ピュアな「アートファン」として作品に接している自分も存在するわけです。そうなると、当然好きな絵は欲しくなってしまい。自分で絵をコレクトして、並べて、キュレーターになった気持ちになり自己満足に浸る……そういう感覚ですね。
もう一つは仕事柄、仲のいいアーティストさんと作品を交換するケースがたまにあって、その積み重ねで身内の作品が増えていく傾向があります(笑)そういう「友達と遊んでる感覚」がシンプルに楽しいですね。
ヤクモ:「作品の交換」には相手へのリスペクトの念も確実に込められている。だって、「交換して」って言われても、そのアーティストさんのこと何も知らなかったら……ね(笑)?
山口:やっぱり(相手の作品を)好きだったり尊敬していないと、アーティストさんの思いのあるものですし、さすがに受け取れないですね..…。
── ギャラリストとしても活躍なされていたヤクモさんは、山口さんや他のアーティストコレクターとはまた少々違った観点から作品をコレクトしているのでは?
ヤクモ:う〜ん……ギャラリストとしてのキャリアは一長一短なんだよね。古い業界だし、知り尽くしちゃっている分、逆に動きづらい部分もあって……(苦笑)。ただ、純粋に「アートラバー」なのは、山口君と同じです。
僕は以前から「アーティストもいろいろと絵を買うのがいい」と主張しているんだけど、その一番のメリットは「買う側の気持ちがよくわかる」こと。買って実際に飾ってみて、「ああ…自分の絵もこういう風に飾られているのか」みたいに考え抜くことが重要。そのほうが自分の絵だけを描いて満足している人よりも、視野や世界観が確実に広がりますから。
山口:たしかに、それありますね。
ヤクモ:「絵を買う」という行為には「いつか売って儲けよう」という動機もあれば、「好きなアーティストを応援したい」という動機もある。そして、僕は「売って大儲けしよう」ってヤマっ気はないけど、「きちんと売れる作品」を購入したい。一時期セカンダリーの世界に深く関与していて、そこで悲惨な現場もけっこう見てきているから。
バブルのころは100万円で売れていた絵が今じゃ5万円になっていたり……。
じゃあ、どうすればアーティストとして生き延びられるのかというと、当たり前の話だけど、売った値段相当……もしくはそれよりもちょっとでも高値で売れるようなアーティストになっていくしかないと思う。自分はそんなアーティストになりたいし、絵を購入することによって、そういうことにも真摯に向き合えるようになる。
── アーティストの“将来性”について、お二人はどのように考えていますか?
ヤクモ:「売れている・売れていない」じゃなくて、結局、決め手になるのは、そのアーティストが自身の活動に注いでいる“熱量”の度合い。コレクターさんっていうのは、自分がコレクションしているアーティストが絵を描くのを辞めちゃうのが一番怖いんじゃないかな?だからこそアーティストが秘めているアートへの情熱を、“買う側”として僕はすごく入念にチェックしている。
あと、僕は「そのアーティストがどこを見ているか」を重要視する。マーケットとして日本だけを見据えているのではなく、海外も視野に入れているか……だとか、生き残っていくために流通の仕組みを真面目に勉強して吸収しながら、「どこでどう勝負すればいいか」を戦略的に模索している人は気になっちゃいます。
その人が持っている特殊な技術とか……たとえば語学能力とか。「英語しゃべれます」っていうのはアーティストとしても、大きな武器になるから。たとえ今はしゃべれなくても、その重要性が自覚できているか? アーティストにかぎらず武器になるものは全部武器にすべきだと思っています。
山口:僕の場合、作品を見た瞬間に「わ!やば!!」ってことになって、すぐその絵が欲しくなっちゃいます。ほぼ衝動に近いのですが。でも、そういった「衝動」の正体を突き詰めてみると、最終的には「その作品の中に自分の好きなバックグラウンドがどれだけ詰め込められているか」ということに気づきました。
たとえば、僕が所有している『東京風紀委員会 (FUKI COMMITTE)』(※日本のグラフィティ。アニメタッチのステッカーが話題となり、昨年末の初の個展では作品が即完売。現在アート界でも注目されている)さんのシルクスクリーンなんかは、パッと見た時はシンプルなグラフィックとしてまとまっているけど、そのなかには(アンディ)ウォーホルの構図、日本アニメのカットアップ、グラフィティの手法、もちろんアーティストとしてのスタンス……などのオマージュとコンセプトが完璧に設計されているんです。そういう視覚的・文脈的なエッセンスが目に入ってきた瞬間、脳内で結合されて「やば!」ってなっちゃうんだと思います。
僕的には、アーティストのポテンシャルは、一点の作品にどれだけ観る人やアーティスト自身やアートシーンのバックグラウンドがレイヤー化されているか……が大事かなと思います。
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飾らずに梱包したままの作品も!?
── 山口さんは、ヤクモさんの『DOMINO』を現在、どこに飾っているのでしょう?
山口:自分の制作スタジオのデスクワークスペースに飾っています。
ヤクモ:ありがとう! でも、絵を飾るのって……管理もなかなか大変でしょ?
山口:はい。苦労していますね(笑)。額装する時間がなかったり……。買ったまま、まだ開封できていないものもあります。夏はエアコンをつけっぱなしにして温度が上がらないように気をつけています。今度、作品をスタックして簡単に掛け替えができるボックスみたいなものを、自分でつくろうかな……って。
ヤクモ:僕も宅配の箱にそのまま入れっぱなしの作品が何点もある。僕はあまり絵を飾ることにこだわりがない(笑)。アートのコレクションって、もちろん「飾る」喜びが大前提としてあるんだけど、もう一つ「所有している」喜び── 「持っている」って気持ち良さっていうのも、間違いなくあるんだよね。
── そういう感覚があるんですか!? びっくりです(笑)。
山口:ありますね。「自分の家のあそこにあの絵がある」ってだけで嬉しくなっちゃうところはあるかも(笑)。「買った」って時点でなにかを成し遂げた……みたいな。
ヤクモ:よくコレクターさんから「もう壁が空いてなくてさぁ……飾ってもらいたいでしょ?飾ってもらわないと意味ないよね」という質問をされるんだけど、本音では「いや、倉庫に預けてくれたら全然大丈夫ですよ」「between the artsさん紹介しますよ」と思っている(笑)。あえて言うなら、コンディションのいいスペースで保管してほしい。なかでも、とくに版画は特にコンディションに神経を使います。
山口:いつも観ているより、ぜんぜん開封できてなくていざ久々に対面して飾ってみると、あらためて「いいな」と、より大きな感動が得られたりして……。「飾る」「飾らない」っていうのは0か1じゃないというか。あ、でも自分の作品を飾って貰えているとめちゃくちゃ嬉しいので、そこはちょっと複雑な気持ちです(笑)。
ヤクモ:おっしゃるとおりだと思います。「持っていることの気持ち良さ」っていうのは、持っている人だけが味わえる特権ですね。
── アートを「資産」として捉える発想について、お二人の意見をお伺いしたいのですが?
山口:僕は、さすがに自分がアーティストをやっているので、「資産」「投資」って発想はないかもです。アーティストじゃなかったら、どうなるかわかりませんけど……(笑)。アーティストである以上、今は自分の作品の価値を上げることしか考えてないですね。シンプルにそこまで気が回らないです(笑)。
ヤクモ:僕はプライマリー作品もそうですけど、セカンダリーの作品も幅広く観ています。ある意味趣味というか(笑)。オークションなどで二次売買する行為って……よくよく考えてみたら、かなり特殊じゃないですか。僕は(アートに関しては)そんなニッチな特性にむしろ魅力を感じている。
僕はわりと「絵を買う」イコール「売ることが前提」だったりしますね。「僕は絶対に売りません!」というタイプのコレクターではないかもしれない。「投資」って感覚よりは、その流通のプロセスにワクワクする。余裕があったら、もっといろいろ買っているかもしれない(笑)。
「アートコレクションの楽しみ方」は多彩なバリエーションがある
── たくさんの興味深いお話をありがとうございました。では、ここらあたりで、「コレクター」として世の「アーティスト」に向けてメッセージをお願いします。
山口:おお! むずかしいですね……。とりあえず、安定して作品を世界に発信できるよう、健康管理だけはしっかりやりましょう、と(笑)。
あと、一般的な言葉すぎてやや恥ずかしいんですけど、自分の表現しかり市場参入しかり海外進出しかり……「自分から動く」ってこと……ですかね?
ヤクモ:僕は……「世界に目を向けて学び続ける」かな?
── 最後に『COLLET MAGAZINE』読者へのメッセージもお願いします。
ヤクモ:ワインコレクターも、買って必ず飲むわけじゃなく、セラーに保管していたりする。絵を買って箱に保管しておくのも、それと同じかと思います。置けば置くほど、そのアーティストが廃業しないかぎり、価値が上がる可能性も高いわけですし。
「アートコレクションの楽しみ方にも多彩なバリエーションがある」ってことは共有したいですね。僕らアーティストは、日本の現代アート市場をもっと拡大していきたいと思っているので。でも、現状で僕らが戦える場所は海外が多くなっているのは現実的にあるので。もっとコレクターさんとか現代アートに理解ある人が増えて、その力── 助けが不可欠になってくるので、「お互いに盛り上げていきましょう!」と言いたいです。
山口:アートコレクターとしての魅力は、「価値が青天井」っていうのがあります。今日買った作品が、いずれバスキアクラスの価格まで跳ね上がることだってあり得えますし。あとは、ダヴィンチやピカソと今日買った作品を並べれば時空を超えたような感覚も味わえます。古い作品も最前線の作品も同じ目線で愛でることができる。そういう意味で「アート」は特殊なジャンルだと僕は思っています。
ヤクモ:僕たちの活動をずっと見守ってくれたら、必ずアートを楽しめます(笑)!
山口:いいですね!
【ヤクモタロウさん:プロフィール】
1976年東京都生まれ。画商の父と彫金師の母を持ち、幼いころから現代アートに触れて育つ。2015年ごろから本格的にアーティスト活動に専念。現代社会を象徴するモチーフを作品に落とし込み、瞬間的な今の要素や、儚さや、失われつつある今を捉えキャンバスに落とし込みポップな世界を表現する現代アート画家。
展示情報:2023年2月15日から28日まで大阪、梅田大丸百貨店11階ART GALLERY UMEDAにて個展開催。
Instagram : https://www.instagram.com/taroartx/
Profile : https://taplink.cc/taroartx
【山口真人(やまぐち・まさと)さん:プロフィール】
1980年東京都生まれ。法政大学経済学部卒業後、グラフィックデザイナーとして活躍。90年代東京の音楽・ファッション・デザインの影響を受け、アーティストへと転向。「トランスリアリティ(現実の向こう側の現実)」をテーマに、SELFY(自撮り)をする女性をクールキュートに描き、「現実とはなにか」を問い続けている。アパレルブランド『X-girl』や『ReZARD』とのコラボレーションを行うなど、活動の場はボーダレス。主な個展に『TRUEFALSE"( Tokyo 2023 )』『SELFY:完整版』( Honkkong 2022 )、『stay pixelated』(MAKERS SPACE/Tokyo 2022)、『SELFY』( Tokyo 2021 )がある。
ART FAIR TOKYO 2023 に参加予定。
Instagram : https://www.instagram.com/yamagch/
オフィシャルサイト : https://plastic.tokyo/
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