本記事は、浦上克哉氏の著書『もしかして認知症?軽度認知障害ならまだ引き返せる』(PHP研究所)の中から一部を抜粋・編集しています。

脳の神経細胞は、わがままで、ぜいたく

脳の神経細胞は、わがままで、ぜいたく
(画像=Assyifa Sisters/stock.adobe.com)

軽度認知障害(MCI)がなぜ起きるのか、そのメカニズムについて解説します。

MCIが起こる原因は、脳の神経細胞が元気を失い、弱ってしまうことです。

細胞が加齢(老化)によって弱まるのは、脳の神経細胞に限ったことではありません。

人間の身体は約60兆個もの細胞の集合体なのですが、加齢によって少しずつ細胞の機能が弱っていきます。

たとえば、細胞分裂によって細胞は増殖しますが、この分裂機能も加齢とともに弱っていきます。「細胞が弱る」=「細胞の機能が低下する」ということです。

脳の神経細胞は、身体中の他の細胞に比べて、大量のエネルギーを必要とします。つまり、「わがままで、ぜいたくな細胞」なのです。その証拠に、人間が必要とする糖分の大半は脳が消費しています。

糖分はすぐにエネルギーとして使えますので、即効性があって、栄養価も高い。ですから、糖分が不足することで脳の神経細胞が弱ることもあります。

脳は、言ってみれば、飛行場の管制塔みたいなものです。管制塔がその都度、的確な指示を出さなければ、どんなにパイロットが優秀であっても、飛行機が高性能であっても、安全に飛行機が飛び立つ、あるいは着陸することができず、事故が起きます。

飛行場全体のことを把握したうえで、各飛行機に適切なタイミングで的確な指示を出すという重責を担っているのが管制塔であり、人間の身体で同様の重責を担っているのが脳なのです。だから、わがままや、ぜいたくが許されるのでしょう。

「使わない」神経細胞が死んでいく

そんな脳の神経細胞が弱っている状態がMCIですが、何もしなければ脳の神経細胞がさらに弱っていき、ついには死んでしまいます。

軽度認知症は、死んでしまった神経細胞と弱っている神経細胞が混在している状態。

重度認知症は、神経細胞の100%近くが死んでしまっている状態です。中等度認知症は、その中間ということになります(もちろん、それぞれを明確に線引きすることはできません。あくまで目安としての考え方です)。

神経細胞は、加齢によって弱っていくと言いましたが、他にも弱っていく場合があります。それは、「使わない」ことで弱っていく場合と、「ダメージを受けて」弱っていく場合です。

まず、「使わないことで弱っていく場合」について説明しましょう。

正常な人の身体の神経細胞であっても、使わないと弱って死んでいきます。だから、毎日、人間の神経細胞は次々と死んでいっています。ただし、使わない神経細胞が次々と弱って死んでいっても、私たちの日常生活に支障をきたすことはほとんどありません。なぜなら、神経細胞は膨大にあるからです。

会社などの組織でも、使わない書類や機械は捨てられますし、無駄飯を食っている人や部署があれば淘汰とうたされると思います。それと同じで、人間の身体においても、使わない神経細胞は、自然の摂理として排除されていきます。人間も生き物ですから、生き延びていくためには適者生存、最善の選択が行われるのは当然のことでしょう。

「使わない神経細胞が弱って死んでいくのだとしたら、使えば死なないのではないか」

こう考えた人がいるかもしれません。まさにその通りです。

「使わない」神経細胞が弱って死んでいくということは、裏を返せば、「使っている」神経細胞は弱ることなく死なないということです。

つまり、使っていない神経細胞を使うようにすることが、弱った神経細胞を元気づけることになるのです。

毎日の生活が判で押したように決まり切った行動ばかりだと、使わない神経細胞が多くなり、それだけたくさん弱って死んでいきます。

逆に、日々新しいことに挑戦したり、非日常的なことをする、たとえば旅行に行くなどすると、これまで使っていなかった脳の神経細胞を使うことになり、弱っていた神経細胞を元気づけることができます。

いろいろなことに興味関心をもち、様々なことに新たに挑戦することが、脳の神経細胞を刺激し、元気づけるのです。

「ダメージを受けた」神経細胞も死んでいく

次に、脳の神経細胞が「ダメージを受けて弱っていく場合」について説明しましょう。

ダメージとは、たとえば、頭を強く打つなどの物理的外傷によるダメージが考えられます。高齢になると足腰が弱くなるため、転倒することがあります。こうした転倒時や交通事故などで頭を打ってしまうと、脳の神経細胞がダメージを受け、弱って死んでいくことがあります。

ただし、圧倒的多数なのは、生活習慣病と言われる病気によるダメージです。

たとえば、生活習慣病によって「脳の血の巡りが悪くなる」「神経細胞の代謝に悪影響が出る」ことで、神経細胞がダメージを受け、弱り、死んでいきます。

生活習慣病の中でも、特に認知症に悪影響を与えるのが、「高血圧(症)」「糖尿病」「脂質異常症(コレステロール値が高い病気)」の3つです。

これらの病気に共通するのは、血管を傷つける、血管が硬くなり弾力性がなくなる「動脈硬化」を引き起こす、脳の血の巡りを悪くするなど、血管や血流に大きな悪影響を与える点です。

血液中には多くの栄養が含まれており、これらの栄養を身体のすみずみに運ぶために血管が身体中に張り巡らされています。しかし、血管や血流に問題があると、十分な栄養が身体のすみずみまで運ばれなくなります。

脳の神経細胞はとてもぜいたくな細胞ですから、血液の流れが悪くなり、栄養補給が十分になされなくなるとダメージを受け、弱って死んでしまうのです。

生活習慣病は、認知症のリスクも高める

脳の栄養は、ブドウ糖などの糖分だと言われています。糖尿病は、その糖分の利用障害を引き起こす病気です。血液中の糖分が増えると血糖値が高くなり、その高い状態が続くのが糖尿病です。

血液中の糖分は、脳をはじめとした身体中の各細胞の栄養となります。ですから、血糖値が高い、つまり血液中の血糖が多いことは、一見、悪いことではないように思えます。

しかし、「過ぎたるはなお及ばざるが如し」と言うように、必要以上に血液中に糖分があることで、かえって血管が傷つけられてしまうのです。

糖尿病になると、血液中には必要以上の糖分があるにもかかわらず、身体中の各細胞に糖分が行き渡らなくなります。さらに重度の糖尿病になると、脳の神経細胞に糖分がほとんど届かなくなり、栄養不十分となった脳の神経細胞は弱って死んでいきます。

糖尿病は、脳に対して非常に悪い影響を与える病気なのです。

高血圧、糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病をもっている人は、その病気を適切にコントロールすることが大切になります。高血圧であれば血圧、糖尿病であれば血糖値、脂質異常症であればコレステロール値を適切にコントロールすることができれば、脳の神経細胞への悪影響も最低限に抑えられます。

しかしながら、現実には、このコントロールがなかなか難しいのです。私たち医師が、食事療法や運動療法などのやり方を説明し、実行してもらうようにお願いしても、そのときは「よくわかりました。今日からやります」などと言っておきながら、次の血液検査でも一向に数値が良くなっていないという人がたくさんいます。

生活習慣病を持病としてもっている人は、血圧や血糖値、コレステロール値を継続的にきちんとコントロールしていないと、認知症になるリスクが間違いなく高まります。

このことは、どんなに強調しても強調しすぎということはありません。

ちなみに、近年、「糖質フリー」「糖分ゼロ」などと銘打たれた商品が続々と発売されています。しかし、「糖」は人間にとって欠かせない栄養分です。糖の摂取を極端に減らすことは、人間の身体にとってあまり良いことではありません。

炭水化物=糖というわけではありませんが、同様に、炭水化物をまったくとらない、あるいは極端に減らす「炭水化物ダイエット」も、私はまったくおすすめしません。

夕食時だけ炭水化物をとらない程度なら良いかもしれませんが、3食すべてで炭水化物ゼロというのは、明らかに栄養バランスを欠いていますので危険性があります。

メタボ(メタボリックシンドローム)が気になる中高年にとっては、ダイエットも大事ですが、ある栄養素をまったく摂取しないというのは、やりすぎです。

また逆に、ある栄養素が健康に良いからと、極端に多く摂取することも栄養バランスを欠くという点では同じです。危険性がありますので注意してください。

もしかして認知症?軽度認知障害ならまだ引き返せる
浦上克哉(うらかみ・かつや)
日本認知症予防学会代表理事。鳥取大学医学部教授。1983年に鳥取大学医学部医学科を卒業。同大大学院博士課程修了後、同大の脳神経内科に勤務。2001年4月に同大保健学科生体制御学講座環境保健学分野の教授に就任。2022年4月より鳥取大学医学部認知症予防学講座教授に就任。2011年に日本認知症予防学会を設立、初代理事長に就任し現在に至る。日本老年精神医学会理事、日本老年学会理事、日本認知症予防学会専門医。『科学的に正しい認知症予防講義』(翔泳社)など著書多数。

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