制度利用のための手続きとは?
では、この相続人に対する売渡請求制度はどうやって導入すれば良いのでしょうか。実はその手続きは非常に簡単です。会社内で定款変更決議をとるだけです。つまり、議決権を有する株式の過半数以上が出席して、出席した株主の議決権の3分の2の賛成で以下のような一文を定款に加えれば良いだけです。
(相続人に対する売渡請求制度の条項の例)
当会社は、相続人その他一般承継人によって当会社の株式を取得したものに対して、当該株式を当会社に売渡すことを請求することができる。
登記手続き・許認可など一切不要です。会社内部の手続きで導入が可能です。つまり売渡請求の制度自体を作るためには費用は0円です。(もちろん、実際に相続人に対して売渡請求をする場合には株式を買い取るので代金を支払うことが必要です)。
そして、制度導入後は、相続人等に対して売渡しの請求(内容証明郵便の利用が日付や内容について間違いが生じません)をすれば相続人が承諾しなくとも株式は会社に戻ってくることになります。あとは相続人の方との間で株式の買取価格をいくらにするかという交渉レベルの問題となります。
相続人に対する売渡請求制度利用に当たっての注意点
相続人に対する売渡請求をするに当たっての注意点を3つほどご説明します。
(1)1年以内に売渡請求をすること
相続人に対する売渡請求制度は、「相続」があったことを会社が知った日から1年以内に行使しなければなりません。つまり、期間の制限があるのです。通常の会社の場合、株主の方の相続、つまり、死亡は、死亡の日に連絡等で知ることができますので、実際には死亡の日から1年以内です。(死亡よりも1年を経過して、なお、174条の請求権を行使しようとするのならば、会社が株主の死亡を知った日が死亡日よりも遅かったことを最終的には会社で立証しなければなりません)
株主の方に相続が発生したら速やかに定款変更をして売渡請求制度を導入して権利行使をする必要があります。
(2)財源規制があること
次に、会社が相続人の方から株式を買い取る場合に相続人の方に支払う対価は、貸借対照表上の分配可能額の範囲内でなくてはなりません。つまり、配当可能なお金・資産(剰余金)がある場合にその剰余金しか売渡請求の対価とすることができない財源規制があるのです。
このため、相続人による売渡請求を利用する場合、あらかじめ資産が潤沢ならば問題がありませんが、必ずしもそうとは言えない場合には、資本金の減少手続きなどを取った上で剰余金を増やす(資本金の剰余金への組み入れ)を行うなど会社の外に流出させることができる資金を増やす必要があります。会社の分配可能額の算出、不足の場合には減資の手続き等税理士さんへの相談が必要と言えるでしょう。
(3)相続人が価格に不満があると裁判所で話し合い
相続人に対して譲渡制限株式の売渡しの請求は会社が一方的にできますが、その対価・価格について相続人は不満を述べることが可能です。この場合、価格に折り合いがつかない場合には、最終的には価格について裁判所で決定することとなります(会社法第177条第4項)
株式は相続人からすれば遺産の一部ですので価格に不服があれば裁判所を利用しても納得できる価格を求める可能性は否定できません。一方で、価格に不満を持たれてしまった場合、会社としては分配可能額の制限の問題や交渉のための弁護士さんへの依頼のコストなどが発生する可能性があります。
このようにしてみてみると相続人に対する売渡請求制度も完全な制度とは言えないかもしれません。(実際、売渡請求制度の含む様々な問題点は学者の間でも議論されているところです)ただ、会社経営が相続によって混乱するという事態を避けることが出来るメリットが存在することも確かと言えます。
相続人に対して株式の売渡請求をすべきか、相続人に株式保有を認めたままのほうが良いのかを経営状況や相続人の方がどのような方かなどを踏まえて考える必要性があると言えるでしょう。