現実世界で取得したデータを仮想空間上に再現する「デジタルツイン」――。今、製造業や建築業、医療などあらゆる現場で、仮想空間上でシミュレーションすることで、企画や設計段階の業務とコストを短縮できるとして注目されています。
今回は、「2023国際ロボット展」(11月29日~12月1日開催)で、仮想空間上でのシミュレーションを可能にするプラットフォーム「Omniverse(オムニバース)™️」を展示したエヌビディア合同会社の澤井理紀マネージャーにお話を伺いました。
2005年に早稲田大学大学院情報生産システム研究科修士課程を修了。「SGI(シリコングラフィックス)」(米国)に入社し、同社が開発したライブラリ「OpenGL」を使った可視化アプリケーションの開発やバーチャルリアリティシステムの構築に携わる。2009年にNVIDIAに入社。プロフェッショナル ビジュアライゼーションのソリューション アーキテクト、仮想デスクトップ ソリューションの事業開発、コンシューマー マーケティングを経て、現在はテクニカル マーケティングを担当。
――貴社の製造業におけるビジネス展開について教えてください。
澤井氏(以下同) 弊社はグラフィックスの処理を高速化する「GPU」(Graphics Processing Unit)の開発に始まり、その応用分野として、設計をデジタル上で行うソフトウエア「CAD(キャド)」が含まれます。GPUをグラフィックスだけでなく、設計のシミュレーションなどにも活用していただくのが狙いです。
特に製造業においては、構造計算や流体計算の高速化のほか、最近ではAIを利用した自動運転や工場の自動化にも、GPUが幅広く使われています。そうしたAIの開発と展開に、弊社のプラットフォームが活用されています。
――デジタルツインのプラットフォーム「Omniverse™️」は、どのような業界で利用されているのでしょうか。
2021年にリリースして以来、製造業に限らず物流、小売、エネルギー、通信、メディアなど、幅広い業界に導入いただいております。
中でも大規模に展開しているのは、工場や倉庫です。仮想空間上に再現することで、製造ラインなどを様々なパターンで組むことができるほか、作業員やロボットの配置、動きなどを実際に物理的な工場でテストするよりも前に、デジタル上で最適化できます。これまでは現実と同じような精度でのシミュレーションはできず、正確なシミュレーションをするには実機を利用するなど一定の費用と時間が必要でした。
お客様からは、既存設備の改修前に検証をしたいといったご要望のほか、新工場の設立を前にデジタル上で工場を丸ごと作って検証したいというご要望もあります。
――デジタルツインのプラットフォームは様々な企業が展開しています。「Omniverse™️」の強みを教えてください。
「Omniverse」には3つの特徴があります。
一つ目は「リアリティ(現実性)」です。高性能なGPU開発の過程で得た細密で美麗なグラフィックスに加え、正確なレンダリング(画像などの生成)が可能で、実写のようなライティングやマテリアル情報を表現できます。例えば、デジタルツインで検証やロボットのトレーニングを行うとなると、仮想空間上にセンサーを生成する必要があります。物理的に正確なセンサー情報を生成することで、品質の高いロボット検証を行うことができるようになります。また、グラフィックスがリアルになるほど、高い精度のシミュレーションが可能です。
二つ目は、「コラボレーション(互換性)」です。「Omniverse™️」では、複雑な要素を一元的にレンダリングできる世界基準の3Dフォーマット「USD(ユニバーサル・シーン・ディスクリプション)」をベースにしているため、主要なアプリケーションにつないで使用できます。例えば、Aさんが設計のアプリを使っているときに、Bさんが3Dコンテンツの制作アプリを使って、一つの仮想空間を構築することもできます。弊社ではアプリ接続のためのプラグインも提供していますが、自社独自のアプリがある場合でも、接続ツールやプラグインを自社で開発することもできます。
三つ目は、「スケーラビリティ(拡張性)」です。「Omniverse™️」はデータセンターやクラウドなど、大規模な環境でも動かすことができます。工場全体を再現したり、街全体を再現したり、さらには気候変動を研究するため、地球規模で空間を再現したりといったことも可能です。数十台、数百台のサーバーをベースとした環境でも、システムを構築できるのは、他社にはない機能かと思います。
――「Omniverse™️」を導入している事例は、どのようなものがあるでしょうか。
自動車メーカーですと、BMW様が新しく工場を設立する際に、工場ごとデジタルツインを作成し、シミュレーションを行いました。また、メルセデス・ベンツ様ですと、生産ラインのデジタルツインを作成いたしました。他にも、アマゾン・ロボティクス様の倉庫で稼働している自律型ロボットの検証やトレーニングに弊社の技術が活用されています。
――現状としては大企業での導入が多いですが、中堅企業での導入は進んでいないのですか。
我々の製品は様々なステージで活用することができ、必ずしも大規模に構築しなければいけないものではありません。弊社の製品は1台のパソコンさえあれば、無料のアカウントを作りスタートすることもできるハードルの低いものになっています。
――「Omniverse™️」はどのような形で導入するのが最適でしょうか。
まずは小規模な事業から慣れていただくのが王道パターンかと思います。導入には3Dの知識や、「Omniverse™️」自体の知識が問われる場合があります。弊社は幅広い機能に対応できる様々なパートナー企業がいらっしゃいますので、お客様にとって適切なマッチングを行い、スムーズに導入を支援できます。ロボットを導入する段階で「Omniverse™️」を組み込むことも可能ですし、様々な開発や構築の手法をお届けできます。
――今回、「国際ロボット展」への出展は2回目となります。来場者の反応はいかがでしょうか。
ブース全体で「Isaac Sim(アイザック・シム)」というロボット向けのシミュレータを紹介しましたが、それらに対する期待は強く感じました。ロボット開発におけるシミュレータの重要性は、開発者の中で大きくなっているのではないでしょうか。
――貴社が提供する「Isaac Sim」について詳しく教えてください。
「Omniverse」を基盤とし、その上でロボットのシミュレーションを行うアプリケーションを「Isaac Sim」と呼んで提供しています。お客様からはこのシミュレーションアプリを使いたいというご要望が多く、そのために「Omniverse™️」を導入されるケースが大半です。もちろん、「Omniverse™️」は非常に互換性の高いプラットフォームなので、「Isaac Sim」以外のアプリケーションを開発して、シミュレーションを行うことも可能です。
――仮想空間上にロボットを設置して、AIで学習させるという事例もあります。これは「Isaac Sim」の高い性能に依拠しているのでしょうか。
ロボットのトレーニングは現実世界により近い形で行うことや、他の機能との連携も視野入れた環境で行うことが重要になります。そういった意味で、リアリティやスケーラビリティを有する我々のプラットフォームには優位性があり、短時間で賢いロボットを作ることができます。
――プラットフォーム上での3Dシミュレーションは従来の製造業のあり方を大きく変えるものです。澤井さんはどのような領域に影響を与えるとお考えでしょうか。
まず、3Dデータの活用がエンド・トゥ・エンドで広がっていくと思います。現在、製造業の現場で利用されているCADデータというのは互換性のないものがほとんどで、設計を変更してもシームレスに連携できない場合があります。仮想空間上に中心的な存在をつくることで、変更内容が迅速に反映されたり、一つのデータを複数人で扱えたりするようになります。動的なデータの推移が促進されると期待しています。
また、AIの活用が増えていくことも予想されます。AIの利用には、大量のデータとコンピューティング能力が必要になります。昨今、話題となっている生成AIは、インターネット上で大量のデータを取得し、GPU搭載のスーパーコンピュータのようなもので処理することで構築された非常に高度な大規模言語モデルを基に作られています。一方、ロボットの分野では、そのような大量のデータはありません。デジタルツインを活用し、大量のデータを取得できるようになれば、非常に賢いロボットを構築できると思います。
――澤井さんが考える製造業の理想の姿はどのようなものですか。
従来は工場を丸ごとデジタルツインとして再現するなんてことは到底実現できるとは思われていませんでした。しかし現実となった今、今後は工場だけでなく、企業の活動全体をデジタル上に再現し、製造からマーケティングまでを見える化し、最適化していくことで、企業の生産性・持続性を向上するお手伝いができるのではないかと考えています。
ポイント
- デジタルツイン プラットフォーム「Omniverse™️」は現実性、互換性、拡張性の3つの特徴がある
- デジタルツイン上での高精度の検証環境にAI活用を組み合わせることで、ビジネス上に必要なシミュレーションが正確に行える
- USDベースのオープンなプラットフォームのため、「Omniverse™️」は大企業から中小企業まで活用可能である
「NVIDIA」が提供する3Dプラットフォーム「Omniverse™️」は、正確にセンサーの位置を再現し、複数のアプリケーションを同時に利用できるほか、大規模な開発環境においても機能します。生産現場のデジタルツイン化が進むことで、これまで使われていなかった3Dデータを「見える化」し、活用することができるようになります。また、膨大なデータが仮想空間上に集積することで、AIを利用したロボットのトレーニングもより高度になると予想されます。
(提供:Koto Online)