この記事は2024年3月19日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.242『保有資産の活用の幅を広げる不動産セキュリティトークン』」を一部編集し、転載したものです。
目次
この記事の概要
• セキュリティトークンは、発行体にとって、運営の負荷が少なく、資金調達機会の拡
大、本業の顧客拡大等のメリットがある
• 保有資産の効率的な活用を検討する企業にとって、資金調達手段としてだけでなく、投
資対象資産の供給者としての役割や、施設来訪者による経済効果、地域の活性化等、企
業の社会的役割・意義を果たす機会を創る手段としても捉えることができる
セキュリティトークンとは
セキュリティトークンとは、キャッシュフローを生む資産を小口化して販売し、その収益を投資家に還元する商品で、従来からあるビジネスモデルだが、権利の移転や帳簿の記録がブロックチェーン技術により行われる点が新しい(図表1)。
2021年に販売がスタートし、2024年3月現在の市場規模は発行件数37件・発行総額約1,600億円(社債・ローン債権含む)である(図表2)。収益の裏付けとなる資産は、現状は不動産が中心で、これまでの発行実績は一般の投資家にとって身近で分かりやすい共同住宅を対象としたものが過半数であるが、徐々に多様な用途に拡大している(図表3・4)。
証券会社等の販売会社を通じて、投資家に対してはそのメリットが認知されつつあるが、対象資産の提供者である発行体の立場に立った解説がなされる例はまだ多くない。そのため、本稿では発行体の視点からセキュリティトークンのメリットや期待される役割について触れていく1。
注1:対象資産は不動産の他、社債、航空機、車、美術品等多様な可能性がありうるが、本稿では不動産を対象とする。
発行体におけるセキュリティトークンのメリット
主な既存商品との違いは図表5の通りである。既存商品と比較した際に、発行体のメリットとして挙げられる主な点について以下の通り整理した。
①運営の負荷が少ない
セキュリティトークンは、有価証券の保管や受渡を行う振替機関に代わり、ブロックチェーン技術を用いたプラットフォームが用意されている。そこでは、帳簿の記録や権利移転の情報を、安全・高効率・低コストで、ペーパーレスかつリアルタイムにやり取りできるため、資産の小口化に伴い発生する運営・管理負担も軽減される。
また、既存商品の一つであるJ-REITや私募REITでは、複数物件のポートフォリオ運用が前 提となり、発行体を含む関連会社のサプライチェーンの中で商品化を進めるのが一般的だ。一方、セキュリティトークンは1物件から組成が可能なため、発行体自身が新たに運用会社を立ち上げなくとも、既存の運用会社に組成・運用を委託することでも商品化が可能だ。
②資金調達機会が拡大
セキュリティトークンは主要投資家層として個人を想定しているが、それは富裕層だけに限定されたものではない。個人投資家は、機関投資家が投資する際に考慮する物件の規模や立地、用途、築年数等の条件や、金融機関が融資する際の担保評価とは異なる目線で資産価値を判断することがある。例えば、個人の趣味・嗜好も含めた“愛着感”やシンボル的な物件に投資しているという“ステータス感”である。これまでの発行実績の過半数であった共同住宅に加え、多様なタイプの資産がセキュリティトークンとして魅力的な商品になり得る可能性があるため、発行体の立場から見れば資金調達の機会が拡大することになる。
③本業の顧客拡大
ブロックチェーンを用いたトークンの一つとして「ユーティリティトークン」がある。これは、特定のサービスを利用する権利や機能を持つ形態の一つで、従来の株主優待に類似する。
例えば、小売店舗を展開する企業が保有資産をセキュリティトークン化すると共に、その投資家に店舗への来店を促す特典をユーティリティトークンとして付与することで、自社商品の購入機会を創出することができる。このように、付帯ユーティリティトークンを活用することにより、既存顧客とは異なる層にアプローチをして自社の本業の顧客を拡大することが可能だ。
また、ブロックチェーン技術によりユーティリティトークンの利用状況をリアルタイムで把握できる点も、発行体にとってマーケティング機会の拡大に繋がるだろう。
セキュリティトークンに期待される効果
図表6はセキュリティトークンに期待される効果を例示したものある。例えば、例①のように、温泉施設を対象としたセキュリティトークンの投資家に、施設内で販売されるお土産交換権を付帯ユーティリティトークンとして付与し、施設の利用を促す取組みがすでになされている。その他の可能性として、例②のように公共性の高い資産や文化的施設の場合、その資産による収益が、投資利回りを上昇させるためだけでなく、資産の適切な維持管理にもあてられる。また、例③のスポーツ施設の場合、イベント等を通じて各所から人が集まり、地域への経済効果をもたらす等の投資に対するリターン以外の効果も考えられる。例④は、法や制度の整備が前提とはなるが、宿泊施設や観光施設を対象として組成、ユーティリティトークンで施設への来訪を促すメリットを提供することで海外からの観光を目的とした個人投資家の誘致も期待できる。
発行体が果たす役割、社会的意義
2001年にスタートしたJ-REITの資産規模(取得価格ベース)は約20年で20兆円、2010年にスタートした私募REITは約10年で4兆円に拡大した。機関投資家や個人投資家の投資資金を背後に持つJ-REITや私募REITは、不動産の有力な買手の一つとなり、不動産市場活性化の一翼を担った。一方、セキュリティトークンの主要投資家層は個人であり、国内の個人が持つ金融資産は2,000兆円と言われる。セキュリティトークンの発行を検討する企業が増え、様々な不動産を対象とするセキュリティトークンが発行されれば、投資資金がセキュリティトークン市場に向かいやすくなることが期待される。その結果、不動産の買手が多様化することで不動産の流動性が向上し、資産を保有する企業にとって、資産活用の選択肢を拡大させることになるだろう。
国が掲げる資産運用立国の実現においては、個人資金の投資先として、様々な投資対象資産の供給が不可欠であり、多様な資産を投資対象とすることができるセキュリティトークンの活用が拡大していくものと予想される。その局面において、発行体は、セキュリティトークンを通じて投資資産の供給者としての役割をも担うことになる。さらに、前述の通り、ユーティリティトークンの付与を通じて施設来訪者による経済効果、地域の活性化等、地方創生、観光立国に繋がる社会的意義をももたらす可能性を持つ。
このように、セキュリティトークンは保有資産の効率的な活用を検討する企業にとって、資金調達手段としてだけでなく、企業の社会的役割・意義を果たす機会を創る手段としても捉えることができるのではないだろうか。