特集「令和IPO企業トップに聞く 〜 経済激変時代における上場ストーリーと事業戦略」では、IPOで上場した各社のトップにインタビューを実施。コロナ禍を迎えた激動の時代に上場を果たした企業のこれまでの経緯と今後の戦略や課題について各社の取り組みを紹介する。今回は株式会社Veritas In Silicoの中村代表に話を伺った。
これまでの事業変遷
ーーまずはVeritas In Silicoさんのビジネスモデルについて、かなり独自性のある事業を展開されていると思いますが、改めて教えていただけますか?
株式会社Veritas In Silico 代表取締役社長・中村 慎吾氏(以下、社名・氏名略):
はい。我々は、プラットフォーム型のバイオテク企業という業態をとっています。我々にはmRNA(※1)を創薬標的として医薬品を創出するための一連の技術があり、これら技術を統合した創薬プラットフォームをibVIS® といいます。我々のibVIS®と製薬会社が既に持っている低分子創薬の技術やインフラを組み合わせることで、製薬会社と共同で、mRNAを標的とした全く新しい低分子医薬品(※2)の創出を目指しています。
このmRNA標的低分子創薬は、ブルーオーシャン(競争相手のいない又は競争相手の少ない未開拓な市場)の開拓が期待される分野です。資金を集めて自社で医薬品候補を作っていくパイプライン型のビジネスという選択肢もありますが、製薬会社を顧客として多数獲得することができれば早期により多くの医薬品を社会に届けられると考え、プラットフォーム型のビジネスを展開することに決めました。また、多くの製薬会社と創薬の経験値を積むことで、製薬会社の幅広いニーズに応えられる強固な創薬プラットフォームを作り上げることができました。
(※1)遺伝情報であるDNA配列を写しとって、タンパク質合成のために情報を伝達するRNA。mRNAは、細胞内でタンパク質が合成される際の設計図であり、各タンパク質に対応してそれぞれ個別のmRNAが存在する。
(※2)一般的に分子量が500以下の医薬品。飲み薬や貼付薬など様々な投与方法に展開することが可能である。また製造は化学合成によるため、品質の管理が容易であり、また商業製造法が確立されているため、抗体医薬品や核酸医薬品等と比べて極めて安価である。そのため最も一般的に流通し、医薬品市場の約半分を占めている。
ーー現在の事業に至るまでの経緯を創業からの変遷も踏まえて教えてください。
中村:2016年の会社設立当初は、mRNAを創薬標的とする点では共通していますが、当社の会社規模でも対応しやすい核酸医薬品(※3)の創出に取り組みました。このころより、米国を中心にmRNA標的低分子創薬に取り組むバイオテク企業の起業が相次ぎました。当初本事業は上場後に開始する予定でしたが、米国の競合に後れを取らないために、2019年に主事業を核酸医薬品からmRNA標的低分子医薬品に切り替えました。
ほとんどの病気は、我々の体を作っているタンパク質の異常が原因で発症します。これまでの低分子医薬品は、病気の原因となるタンパク質を直接標的としていましたが、そもそも低分子医薬品で狙えるタンパク質は限られているうえ、長年の研究開発の結果創薬の難易度があがっています。そこで注目されたのが、タンパク質の設計図であるmRNAです。設計図であるmRNAを標的とすることで、直接タンパク質を標的とする場合と同等の効果が期待できるからです。
しかし、mRNAの研究は難易度が高くタンパク質ほど研究が進んでいなかったため、2010年代後半までは、低分子医薬品でmRNAを創薬標的とするのは難しいと考えられていました。我々の創薬プラットフォームibVISⓇは、ほとんどのmRNA上に低分子医薬品の標的部位を豊富に見つけることができるため、mRNAの創薬標的としての可能性を一気に広げることができました。我々はibVISⓇを活用し、これまでに数多くの製薬会社とmRNA標的低分子創薬に関する契約を締結し、実績を上げてきたことから、2023年度には黒字化を達成しました。
(※3)DNAやRNAといった遺伝情報を司る物質「核酸」そのものを利用した医薬品であり、従来のタンパク質を標的とする低分子医薬品や抗体医薬品では狙えないmRNA等を創薬標的とすることができる。分子量は低分子医薬品と抗体医薬品の中間にあたり、中分子医薬品とも呼ばれる。商業製造法が確立途中であるため、製造コストは、高額と言われる抗体医薬品よりもさらに高額となる。また抗体医薬品と同様に、主に注射により投与される。
今後の事業戦略や展望
ーー今後の事業戦略について教えてください。
中村:最終的に製薬会社(スペシャリティファーマ) になることです。2019年から現在まで、プラットフォーム型ビジネスで製薬会社とmRNA標的低分子創薬の共同研究を実施し、2024年2月には上場まで辿り着くことができました。ちなみにアメリカではプラットフォーム型のバイオテク企業は存在しません。日本だからこそ可能なビジネスモデルであるため、まずはそれで成長しようと考えました。しかし、今後製薬会社になっていくためには、大きく2つのステップを超えることが必要です。
1つ目はプラットフォーム型ビジネスと並行して、自社でパイプラインを創出するハイブリッド型のビジネスに移行することです。上場を機にこのハイブリッド型に大きく舵を切りました。自社でパイプラインを保有することで時価総額を上げていき、高成長していくつもりです。
2つ目はハイブリッド型ビジネスから、mRNA関連創薬を主力事業とし、医薬品の製造・販売機能も備えた製薬会社すなわちスペシャリティファーマに転換することです。前職のときに、ニューヨーク証券取引所とNASDAQに上場しているヘルスケア関連銘柄を調べたところ、上場後10年以上維持している企業はスペシャリティファーマの形態を取っていました。なぜなら、バイオテク企業としてこの先ずっと成長し、生き残っていくことは難しいからです。
ーーなるほど、とても興味深いですね。
中村:そうなんです。医薬品を上市するまでには10年以上の時間がかかるため、社会に医薬品を届けていくためには10年よりもずっと先のことを考えておかなくてはなりません。製薬会社になれば成長は鈍化しますが、持続的に成長していきます。現在は最終ゴールの3割地点にやっと到達したぐらいですが、ハイブリッド型ビジネスを短期間で進め、おそらく皆さんが想定するより早い段階でスペシャリティファーマに変化していくつもりです。
Veritas In Silicoの強み
ーー貴社の強みについても教えていただけますか?
中村:我々の強みは技術力です。まず製薬業界では、医薬品が最終的に上市・販売されるまでに大きく2段階があります。1つ目は、医薬品候補を創出するまでの研究段階です。2つ目は、医薬品候補を動物実験や臨床試験を通じて、医薬品としての効果を証明していく開発段階です。製薬業界では、研究と開発は全く別の概念として捉えられています。我々はmRNA標的低分子創薬の研究段階に必要な一連の技術を全て保有しています。一方、開発段階で必要な技術やインフラはタンパク質標的低分子創薬と変わらないと考えられるため、研究段階をクリアできれば製薬会社側が単独で実施することになります。
我々のmRNA標的低分子創薬の技術力が非常に高いため、研究段階以降も開発の進捗に応じて製薬会社より大きな利益をいただける契約を締結することができています。
今後のファイナンス計画や重要テーマ
ーー今後の資金調達について教えてください。
中村:我々は資金を成長のために使うべきだと考え、特に人材獲得や自社パイプラインの構築に充てる予定です。ただ、日本のバイオテク業界では黒字化が求められているため、実際に資金調達をしたお金を使えない状況です。そこで、自己資金で将来の価値を最大化する方針を採用しています。黒字を維持しつつ、自社パイプラインを構築していく方針です。
ZUU onlineのユーザーに⼀⾔
ーーZUU onlineのユーザーへ一言お願いします。
中村:まず、投資家の皆様に、我々の属するヘルスケア業界は景況感に左右されない業界であることを示せていないことが課題だと考えています。
例えば、好景気だからといって薬が多く飲まれるわけではありませんし、不景気だからといって薬が飲まれなくなるわけでもありません。
そのため、本来であればヘルスケア業界は景気が悪い時の資金の受け皿としてのポテンシャルがあり、特にバイオテク業界は長期的に見た成長にこそ価値があるため、好況不況に関係なく市場で活躍できる業界であると考えています。しかし、実際にそうなっていないのは、我々業界関係者の不徳の致すところだと思っています。
我々は適切な情報開示を通じた投資家の皆様との対話につとめ、最終的に製薬会社となり、そうなれば配当という形で還元していくつもりです。投資家の皆様には、そこまでの成長の道のりをご一緒いただけると大変ありがたく思います。成長市場であるバイオテク業界に、ぜひとも長期目線でのご支援をお願いいたします。
- 氏名
- 中村 慎吾(なかむら しんご)
- 社名
- 株式会社Veritas In Silico
- 役職
- 代表取締役社長