この記事は2024年10月10日に「テレ東BIZ」で公開された「逆転の発想で大ヒット! 町工場のフライパン革命:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
目次
プロの味を家庭でも味わえる~「重い」「高い」でも大ヒット
愛知・碧南市の創業100年を越える日本料理店「小伴天」。人気の定食メニューが地元ブランド豚の「三河オインクとんてき定食」(2,200円)だ。客の心をつかんでいるのは焼き加減。その秘密はフライパンにあるという。
「表面はカチッと仕上げて中をジューシーにしたい時に、熱伝導のいいフライパンがすごくいいと思います」(料理長・長田健太さん)
プロが頼りにするフライパンは「おもいのフライパン」。
▽プロが頼りにするフライパン「おもいのフライパン」
愛知・碧南市の石川鋳造が製造している。創業は1938年、従業員約40人。溶かした金属を型に流し込んで固めて、自動車関連部品や水道管などを作る、売り上げ8億円ほどの鋳物メーカーだ。
「おもいのフライパン」(1万2,650~2万3,100円)は家庭向けに開発されたフライパン。その重さを同じサイズの他のフライパンと比べてみると、鉄でできた「おもいのフライパン」は一般的なフライパンの約3倍の1,800グラムになる。
値段は高めで重いのにもかかわらず、2017年の発売以来、8万枚近くを販売。ネットを中心に扱っていて、現在1カ月待ちという人気ぶりだ。
地方の小さな町工場をフライパンで一躍、注目企業にした社長・石川鋼逸(52)。成功の鍵は肉をおいしく焼くことにとことんこだわったことにある。
「重いから、お肉がおいしく焼けると思っています。重いなりの秘密がある」(石川)
「おもいのフライパン」で焼くとなぜ肉がおいしくなるのか。
おいしく焼くために職人の技を結集~肉のサブスク、驚きのサービスも…
町工場ここまでやるから大ヒット1~鉄厚ければ、肉うまし
一般的なフライパンと同じ火力で牛肉を焼き比べてみた。2分後に肉をひっくり返すと焼き目に差が出た。
▽「おもいのフライパン」はほどよい焼き目が均一についている
一般的なものは焼きムラができ一部が焦げているが、「おもいのフライパン」はほどよい焼き目が均一についている。一般的なものは温度の高いところと低いところがあるが、「おもいのフライパン」は、全体が均一に同じ温度になっているのだ。
理由はその厚さにある。「おもいのフライパン」は一般的なもののほぼ2倍。分厚い鉄全体で熱を受け止めてから肉に伝えるから、均一に焼ける。さらに鋳物には遠赤外線効果があるから、肉の中まで熱が伝わるのだ。
「おもいのフライパン」には町工場の技が詰まっている。
鋳物の原料には工場などから出る「鉄くず」を再利用。
▽「おもいのフライパン」はより強度の高い鉄くずを使っている
「愛知県なので自動車関連の会社が多く、その鉄くず」と言う。中でも「おもいのフライパン」はより強度の高い鉄くずを使っている。それを炉に入れ熱すると、溶けて液体状に。温度は1,500度に達する。
通常、フライパンは金属板を型で挟む「プレス加工」が多い。一方、鋳物の場合は、溶けた鉄を型に注ぐ「鋳込み(いこみ)」で作る。
「注ぎ方によって品物が変わる」と言うほど難しい職人技だ。一つ一つ職人が形を整えたうえ、特別な方法でもう一度焼き直す。この「焼き入れ」という作業でフライパンの表面が酸化し、膜が張る。この膜によって、塗装なしでも錆びにくく、食材が焦げつきにくくなるのだ。
町工場ここまでやるから大ヒット2~肉まで売ってしまいます。
「おもいのフライパン」は売り方もユニークだ。量販店には置かず、あえて売る場所を絞っている。愛知・豊田市の「内藤精肉店」はブランド牛が売りの地元の肉好き御用達の店。肉のショーケースの隣には「おもいのフライパン」がズラリ。この店だけで100枚以上売れている。
▽肉のショーケースの隣には「おもいのフライパン」がズラリ
「肉好き」をターゲットにした戦略はこれだけではない。石川鋳造が始めた「お肉のサブスク」(1万800円~)は、毎月29日の「肉の日」に厳選された肉が届く。フライパンをどんどん使ってもらうための贅沢なサブスクだ。
また、フライパンは焦げつくと買い替える人が多いが、「おもいのフライパン」は一生もの。だから石川鋳造は、長年使い込んで、コゲや汚れがこびりついたフライパンを修復するサービス(1枚1,100円)を行っている。
東京・南青山のフレンチレストラン「プレヴナンス」のオーナーシェフ・静井弘貴さんのもとに生まれ変わったフライパンが戻ってきた。
「うれしいですよね。自分でメンテナンスするのは限界がある。相棒みたいなものじゃないですか」(静井さん)
イチローと対戦した男が挑む~赤字転落…社運をかけて大勝負
石川のチャレンジ精神の原点は高校時代にあった。石川は甲子園を目指した元高校球児。地元・碧南高校で野球部に所属、ピッチャーを務めた。県大会ではのちのメジャーリーガー、イチロー選手と戦ったこともある。
▽地元・碧南高校で野球部に所属、ピッチャーを務めた
「2打席対戦しました。1打席目はあまりのオーラにびびってフォアボール。2打席目がセンターフライ。なぜ覚えているかっていうと、その当時からイチローは有名な選手だったんです」(石川)
大学で教職課程をとって母校の教師になった。監督として野球部を率い、再び甲子園を目指した。県立高校で設備が十分でなかったため、石川鋳造の倉庫の一部を室内練習場に改装。選手たちを鍛えるため、バッティングマシーンまで設置した。
「他と同じことやっていたら強くならないので、うちしかない練習方法を考えてやっていました」(石川)
こうした工夫で母校を愛知県のベスト4に導いた。
30歳で石川鋳造に入社。1年半後には父の跡を継ぎ、社長に就任した。その頃、石川が気になっていたのは職人たちの働く態度だった。彼らは当たり前のようにくわえタバコで作業していた。やめるように言っても、職人に「先生あがりの若造が何を言っているんだ。俺たちのやり方に口出しするな!」と言い返された。
社長となった4年後にはリーマンショックが起きる。売り上げの柱だった金属を溶かすのに使う「るつぼ」という製品の受注が落ち込み、赤字に転落した。
「このままだと数年で会社はダメになるだろうと思っていました。自分たちで自立して会社を守っていかないといけないと感じました」(石川)
会社が自立できる商品は何か。石川が目をつけたのがフライパンだった。
「フライパンは必ず一家に1枚はあるものなので、マーケットはやり方次第ですごく大きいと思いました」(石川)
しかし、フライパン作りの経験はない。しかもライバルは五万とある。鋳物の特性は何か、それを活かせる食材は何か。試作は実に1,000枚以上。開発費は1,000万円を超えた。
膨れ上がる費用に社内で反対の声も増えていった。父の春久さんもその一人だった。
「あまり良くないんじゃないか、と反対していました」(春久さん)
「2日に1回くらいは喧嘩していた。開発費もかかるので、『いつできるか分からないものをお前はいつまでやっているんだ』と」(石川)
活路が見出せない中、ヒントをつかんだのが行きつけの「焼肉 松阪」だった。
「子どもの頃から父親と来ていて、お店で食べるとめちゃめちゃおいしいんです。たまに親父が『家で酒を飲みたい』と言って持ち帰りをして家でホットプレートで焼くと、肉は一緒なのにその味が出ない。その頃から疑問を感じていました」(石川)
▽「分厚さ」が肉のおいしさを左右すると確信して「分厚いフライパン」作りを決意
石川が目を止めたのは鉄板だった。以来、焼肉店に通いつめて鉄板を調査。「分厚さ」が肉のおいしさを左右すると確信し、「分厚いフライパン」作りを決意した。
「『焼肉 松阪』に来たからフライパンを作れたかもしれない、感謝です。あと、あまり触っていろいろやっていると、お店の人に『触らないで』と怒られます(笑)」
構想から約10年たった2017年12月、「おもいのフライパン」発売にこぎつける。地元・碧南市の「ふるさと納税」の返礼品にも採用されると、SNSでバズり始めた。そしてコロナ禍には、「おうちごはん」や「キャンプ飯」にうってつけのアイテムとしてファンを一気に増やしたのだ。
外食チェーンも熱視線~目指す町工場改革とは?
「おもいのフライパン」の成功で外食チェーンからも声がかかるようになった。
東京・大田区の「みそかつ 矢場とん」羽田エアポートガーデン店の人気メニューの1つが、特製の味噌だれをかけて食べる「鉄板とんかつ」。このメニューに使われているのが石川鋳造の鉄板だ。この店で試験的に導入され、今後は全店舗に広げる予定だという。
▽「鉄板とんかつ」使われているのが石川鋳造の鉄板だ
「以前使っていたものはもう少し薄くてすぐに冷めてしまって、お客様の前で味噌だれをかけた時に湯気が立たなかったこともあった。石川鋳造さんの鉄板を使うと味噌のいい香りが出るので、お客様からも好評です」(店長・野口真二さん)
石川鋳造はいまやフライパンだけではなく、社内には新商品の開発にあたるチームがある。工場で働く職人や、営業・総務の社員など、部署をまたいで編成されている。
この日、考えていたのは卓上コンロで使える深型鍋。テスト調理が米で行われていた。
▽卓上コンロで使える深型鍋「おもいのフライパン」と同様、こびりつかない
「おもいのフライパン」と同様、こびりつかない。さらに、蓋をひっくり返せば、蓋が「おもいのフライパン」になる。
「うちの炊飯器はそこそこのものだけど、それで炊くよりおいしい」(総務部・石川寛子)
フライパンのヒットで、仕事への取り組み方にも変化が起きた。
「現場の人と関わることがそれまでなかったんです。フライパンの商品開発に関わるようになってから初めて現場に入った。その時がすごく楽しかったです」(営業部・榊原明子)
「おもいのフライパン」がきっかけで入社したのは入社4年目の磯貝佳樹だ。
「『おもいのフライパン』をどうやって作るのかなと。自分は肉が大好きなのでそれで応募しました」(磯貝)
「おもいのフライパン」は消費者との向き合い方も変えた。
工場の一角に2023年に建てたショールーム「体感基地omoiのフライパンBASE」で開かれていたのはファンミーティング。企画した石川が「新商品を『もうちょっとここをこうしてほしい』とか『ここがよかったよ』とか意見交換してほしい」と言うと、生の声が集まってきた。
▽「体感基地omoiのフライパンBASE」で開かれていたのはファンミーティング
消費者と顔の見える関係を作る。それがこれからの町工場には必要だという。
「やっぱりリアルに向き合って話すことによって人間関係もできる。定期的に年に数回やっていきたい」(石川)
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
会社を継いだのは32歳のとき。野球が好きで、高校野球の監督になるため、教員免許まで取得。30までは好きなことをという父親との約束で、30歳で入社。すぐにリーマンショックが起き、創業以来はじめての赤字。自動車のEV化で、主力商品のアルミ用鋳鉄ルツボは売上が3割に。
若手社員を集めチームを。特性を考えるとフライパンが。肉を焼く鉄板は厚みがあればあるほどおいしく焼ける。1,000回以上の試行錯誤。「おもいのフライパン」完成。大谷翔平のようなスターがいる組織より、チームワークで勝利していく組織を目指したい。