本記事は、桑原晃弥氏の著書『逆境を打ち破る イチローの名言』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

やれることはすべてやってきましたし、手を抜いたことは一度もありません。
常にやれることをやろうとした自分がいた。
それに対して準備ができた自分がいたことを誇りに思います
――『Number』700
「怠惰であることには能力のなさを隠す意図があることがわかる」は心理学者アルフレッド・アドラーの言葉です。
努力をしたのに成果が上がらない時、普通は努力不足や能力不足に向き合うことになりますが、怠惰な人は「もっと一生懸命にやれば成果は上がったはずだ」という逃げ道をつくることができます。そうすることで「努力が足りないからだ」「元々の能力が低いからだ」といった厳しい批判を避けることができるし、「自分はやればできるんだ」と根拠のない自信やプライドを保つことができます。
こうした人たちのことをアドラーは「綱渡りをしている人に似ている」と呼んでいます。つまり、ロープの下には網が張ってあり、たとえ落ちたとしても衝撃は柔らかなものになるという意味です。自信のない人は最初からこうした逃げ道や言い訳を用意して勝負に臨むのに対し、本当に自信のある人は逃げ道も言い訳も用意することなく、いつだって全力で戦いに臨みます。
イチローがそうでした。イチローは日本で7年連続で首位打者を獲得した後、MLBに挑戦、1年目に首位打者に輝いています。イチローは挑戦する前から「MLBで首位打者を獲りたい」と考えていましたが、さすがに1年目でいきなり獲れるとは考えていませんでした。しかし、記録ずくめの数字を残したことで日米で8年連続の首位打者となります。
1年目がリーグ優勝を含め栄冠だらけの年だったとすれば、1年目は打率3割1分1厘(リーグ4位)と好成績ではあっても、残念ながら首位打者になることはできませんでした。マスコミはイチローから「残念です」とか、「悔しいです」といったコメントを期待したはずですが、シーズンを終えたイチローは胸を張ってこう答えます。
「やれることはすべてやってきましたし、手を抜いたことは一度もありません。常にやれることをやろうとした自分がいた。それに対して準備ができた自分がいたことを誇りに思います」
最高の準備をして臨んだからといって、いつも最高の結果が出るとは限りません。だからといって最善を尽くすという努力を怠れば、いつもそれなりの結果しか出ません。いつだって最善を尽くす。そうすれば結果を悔やむことはないし、いつかきっと最高の結果に辿り着くことができるのです。
- ワンポイント
- 努力不足を成果の出ない言い訳にせず、いつだって最善を尽くす。
トレーニングは木と同じ。
葉っぱや幹とか、見えている部分より根っこが大きいものだし、まず根っこを大事にしないといけない
――『イチローの流儀』
イチローがMLBに移籍した当時は身体の大きなホームランバッターが幅を利かせていました。
マーク・マグワイアは1998年、サミー・ソーサとシーズン最多本塁打記録争いを繰り広げ、当時の大リーグ記録となる70本塁打を放っていますが、ソーサやマグワイアの身体の大きさは、細身のイチローとは比べものにならないものでした。
そんな身体の大きな選手たちが50本、60本とホームランを打つのを見れば、「自分も身体を大きくしなければ」とトレーニングに励むのも当然のことでした。一方、イチローはMLBに移籍してからも決して身体を大きくしようとはしませんでした。理由はオリックス・ブルーウェーブに在籍していた当時、210本の最多安打記録を更新した翌年の1995年と96年ウェイトトレーニングに励んで身体を少し大きくしたところ、それまでできていたバッティングがやりにくくなったという苦い経験があるからです。
以来、イチローは身体を大きくすることよりも、走って下半身を強くすることの方が大切だと考えるようになります。理由はこうです。
「トレーニングは木と同じ。葉っぱや幹とか、見えている部分より根っこが大きいものだし、まず根っこを大事にしないといけない」
イチローによると、オフシーズンにウェイトトレーニングを一生懸命にやって身体を大きくしたとしても、その筋肉を維持できるだけの下半身の強さがないと、パワーを生かすどころか、ケガをするリスクがあるのです。イチローは言います。
「野球のシーズンは長い。その長さを基準に身体づくりを考えたほうがいい」
アップルの創業者スティーブ・ジョブズは30歳の時に自らがつくった企業を追われ、ネクストというコンピュータメーカーを起業していますが、思うように販売台数が伸びずに苦戦した時、こんなことを言っています。
「当社は巨大な樫の木を育てているようなものです。樫の木の下を見ると同じくらい大きな根が見えるはずです。私たちはその根を育ててきたのです」
「何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ、やがて大きな花が咲く」という言葉もあるように、大輪の花を咲かせるにはしっかりとした根が欠かせません。イチローにとってトレーニングはしっかりとした基礎をつくり上げるものであり、それがあったからこそ30年近くにわたってトップレベルの野球選手として活躍できたのです。
- ワンポイント
- 目立たなくともしっかりとした基礎・基本があってこそ大きな成果を上げられる。
日本にいた時も僕よりずっと若くてキャリアのない選手がいろいろと聞いてくることはありました。
でも、ある程度キャリアを積んだ選手となると誰もいなかった
――『イチローの流儀』
「
2002年、2年連続でMLBオールスターに選出されたイチローは経験したことのない出来事に出合います。1年目に首位打者と1VPを獲得したとはいえ、MLBでキャリア1年半足らずのイチローのもとを、ボストン・レッドソックスの主砲マニー・ラミレスが訪ねてきて、バッティングについてあれこれ質問を始めたのです。
テーマは「カーブを打つ時に頭が動くことをどうやって修正するか」というものでした。やがてテキサス・レンジャーズの主砲アレックス・ロドリゲスも加わり、イチローを囲む輪は少しずつ大きくなっていったといいます。さらに驚いたのは、ラミレスの熱心さでした。練習後のシャワールームで再び出くわしたラミレスは、イチローから受けたアドバイスについて、さらに補足質問をしてきたのです。
ラミレスは1998年から2000年までの3年間で432打点を叩き出したMLBを代表するバッターの1人です。イチローはその熱心さ、執着心に驚きます。こんな感想を口にしました。
「日本にいた時も僕よりずっと若くてキャリアのない選手がいろいろと聞いてくることはありました。でも、ある程度キャリアを積んだ選手となると誰もいなかった。こちらでは、3,000本近く打っている人でもいろいろと聞いてきたことがあった。この違いは何なのか」
イチローに教えを請うたラミレスは、その年、初めての首位打者を獲得します。結果、イチローの連続首位打者記録は途切れることになりますが、イチロー自身は自分のアドバイスを実践したラミレスの成功を「自分の考えていたことがそれで正しかった、ということになる」と素直に喜びます。周りに目を向ければ、うまくなるヒントはいくらでもあるものです。問題は、それを素直に認め、誰からでも学ぼうとする姿勢があるかどうかなのです。うまくなるためには余計なプライドは邪魔になるだけなのです。

著書に『栗山英樹の言葉』(リベラル社)、『限界を打ち破る 大谷翔平の名言』『藤井聡太の名言』『世界の大富豪から学ぶ、お金を増やす思考法』『自己肯定感を高める、アドラーの名言』『不可能を可能にする イーロン・マスクの名言』(以上、ぱる出版)などがある。
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