本記事は、桑原晃弥氏の著書『逆境を打ち破る イチローの名言』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

ノート
(画像=webbiz / stock.adobe.com)

どんな数字や記録があっても、それが自分だけのものであったとしたら、
誰かが喜んでくれなかったとしたら、何も残らないと思います

――『イチロー・インタビューズ 激闘の軌跡 2000―2019』

米国初のビリオネアと呼ばれた大富豪のジャン・ポール・ゲティは、石油王として莫大な富を築き上げますが、私生活は不幸でした。5回結婚して5回離婚し、亡くなる前年には「自分がいつか孤児になろうとは思ってもみなかった」と嘆きます。葬儀も寂しいもので、「見たこともない悲しい光景だった」とただ1人の付添人となった使用人が友人に語っています。莫大な富を築きながら、愛情も友情も尊敬も得ることができなかった寂しい最期でした。

「どれだけの富を築いたかよりも、どれだけの人に愛されたかが大事」と言ったのは、「世界一の投資家」ウォーレン・バフェットですが、たしかにどんな成功も、そこに人々の称賛や喜び、感動があってこそ価値を持つのかもしれません。2019年3月、東京ドームでのMLB開幕戦を終えたイチローは引退を表明、引退会見に臨みますが、その際、「決断に後悔はありませんか?」と問われ、こう答えています。

「今日のあの球場での出来事、あんなものを見せられたら後悔などあろうはずがありません」

日本での試合ということもあり、球場には大勢のファンが詰めかけ、イチローには圧倒的な歓声が送られています。たしかにこうした歓声で迎えられ、見送られれば長かった野球人生を締めくくることに「後悔などあろうはずがありません」となるのももっともです。

イチローはプロ野球選手として数々の記録をつくり、偉大な数字を残してきた選手ですが、一方でこんなことも言っていました。

「人が楽しんでくれればそれでいいんです。それがプロなんだから。自分で楽しみたいんだったら趣味でやればいい。積み重ねたものを振り返って眺めているようでは、とてもプロとは言えない」

さらに記録達成時にたくさんの喜んでくれる人がいたことを挙げ、「どんな数字や記録があっても、それが自分だけのものであったとしたら、誰かが喜んでくれなかったとしたら、何も残らないと思います」とも話しています。

自分のプレーや記録を見て喜んでくれる人がいること、それはとても幸せなことであり、反対に自分1人で喜ぶとしたら、幸せとは思えないというのです。人は共に喜んでくれる人がいるからこそ頑張ることができるのです。

ワンポイント
そこに喜んでくれる人がいるからこそもっと頑張れる。

僕は『野球が好き』が原動力になっているんです

『イチロー・インタビューズ 激闘の軌跡 2000―2019』

スポーツに限らず、仕事は「何のためにやるのか」によって取り組む姿勢には差が生まれてきます。たとえば、今やっている仕事がとてもきついものだとして、「生活のために仕方なく」と思っていると、さらにきつく感じられるし、しんどくなりますが、「自分の技術を高めるため」とか、「お客さまのために」「社会のために」と考えると、きつさやしんどさの先にやりがいを感じることができます。

さらに今やっていることが「大好き」だとすれば、きつさやしんどさも含めて、仕事を楽しむことができます。第1回WBCの時、イチローはMLBでやるように、アップの時から全力で走るとか、他の選手よりも早く来て個人で練習をするようにしていました。それを見た他のメンバーは「全力で走るなんてあり得ないっすよ」とイチローに言いますが、イチローにとってそれは特別なことではないし、むしろ当然のことでした。

その理由をイチローはこう話しています。

「僕にとって、すべては野球が好きだからってことなんです。何かしらの責任感から練習をやる人とか、野球を仕事だと割り切ってやっている人もいると思いますけど、僕は『野球が好き』が原動力になっているんです」

オリックス・ブルーウェーブに在籍していた頃、イチローは圧倒的な成績を残し、チームを日本一に導いたことで若きスターとなっていきますが、超大物スポーツ選手としては有名人や 財界人たちとの交流は多くはなかったといいます。イチローの知名度やスター性をもってすれば、いくらでも交流の輪を広げられたにもかかわらず、イチローは「野球は名声を得る手段ではない」

と派手な交流をすることはありませんでした。MLB時代には日本政府から国民栄誉賞を2度打診されていますが、いずれも辞退しています。こう言い切っています。

「僕は(純粋に野球を)やりたい人。(野球をすることで偉く)なりたい人ではない」

現役からの引退を発表した際も、「イチロー選手が貫いたもの、貫けたものは」と質問され、「野球のことを愛したことだと思います。これは変わることはなかったですね」と答えています。

イチローは子どもの頃から野球が大好きで、得意な野球を極めようと練習に励んでいます。

野球を通して富も名声も手にしていますが、原点にあるのは「野球が好き」であり、引退時には「また楽しい野球をやりたいな」と語っていました。

ワンポイント
自分がやっていることを好きになる。それが楽しさと成長につながる。

彼らが大人になったときに
『あのときの厳しさはそういうことだったのか』
と振り返る日が必ず来ると、まずは指導者が信じなければ始まりません

予備校講師で、タレントとしても活躍する林修は自分が教えている生徒に受験前の最後の1カ月は全力で頑張るように話すといいます。理由は1カ月、本気で頑張った経験のある人は、1年間、本気で頑張ることができるし、もっと長い期間、頑張ることができるからだといいます。

人生というのは、時に全力で頑張らなければならないことがありますが、そんな時、過去に全力で頑張った経験のある人はきっと頑張ることができるのに対し、経験のない人はどうやって頑張ればいいかが分からず立ち止まってしまうことがあります。だからこそ、学生時代など若き日に「本気で頑張った」ことがあるかどうかは、大人になった時に大きな差になって表れます。

イチローは現役引退後に高校の野球部の指導に赴いていますが、2日間の指導の最後に「捕り10」というノックを野球部員に行っています。「捕り10」は、ゴロを10本捕るまで続けるもので、8本目からは3本続けて捕るまで終わらないという厳しいものです。イチロー自らノックをするだけに、打っているイチローにとっても厳しいものですが、指導した富士高校では全員が10本捕るまでに実に449本ものノックを打ち続けています。

それほど大変なだけに、同校の野球部員たちからは「イチローさんの身体は大丈夫ですか」と心配する声も上がりましたが、イチローは「子どもがそんな気配りをする必要はない」と打ち続けます。練習後、イチローは多くの野球部員の手紙に「僕たちは困難に遭遇したとき、最後のノックを受けた瞬間のことを思い出します」「あのノックのことは一生、忘れません」と書かれているのを目にして、とても嬉しかったと話しています。

イチローが指導するのは野球の名門校ばかりではありません。だからこそ、イチローは選手として野球がうまくなること以上に、人として生きていくうえで支えになる何かを学んでくれればと考えて指導しています。その一つが「捕り10」です。それは大人にとっても、子どもにとっても厳しいものですが、大人は子どもたちが「大人になった時に、『あの時の厳しさはそういうことだったのか』と振り返る日が来る」と信じて指導することが大切だというのがイチローの考え方です。

厳しい指導をする以上、大人には「これは将来絶対にこの子たちの役に立つ」という信念が欠かせません。その思いが正しければ、子どもたちはいつか感謝するのです。

ワンポイント
人を指導するためには強い信念が欠かせない。
『イチローの名言』より引用
桑原晃弥(くわばら てるや)
1956年、広島県生まれ。経済・経営ジャーナリスト。慶應義塾大学卒。業界紙記者などを経てフリージャーナリストとして独立。トヨタ式の普及で有名な若松義人氏の会社の顧問として、トヨタ式の実践現場や、大野耐一氏直系のトヨタマンを幅広く取材、トヨタ式の書籍やテキストなどの制作を主導した。一方でスティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾス、イーロン・マスクなどの起業家や、ウォーレン・バフェットなどの投資家、本田宗一郎や松下幸之助など成功した経営者の研究をライフワークとし、人材育成から成功法まで鋭い発信を続けている。
著書に『栗山英樹の言葉』(リベラル社)、『限界を打ち破る 大谷翔平の名言』『藤井聡太の名言』『世界の大富豪から学ぶ、お金を増やす思考法』『自己肯定感を高める、アドラーの名言』『不可能を可能にする イーロン・マスクの名言』(以上、ぱる出版)などがある。

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