この記事は2024年7月14日に「第一生命経済研究所」で公開された「国会で消費税減税法案は通るのか?」を一部編集し、転載したものです。

野党はバラバラ
7月の参議院選挙では、野党は消費税減税を公約に掲げている。仮に、参議院選挙で自民・公明党が過半数割れになれば、野党が掲げている消費税減税は実現するのだろうか。おそらく、議論はそれほど単純明快ではなかろう。
まず、言えることは、与党が50議席を割り込まなければ、非改選議席(75議席)を含めて参議院での過半数(248議席に対して125議席)を与党が維持して、消費税減税の法案は成立しないということだ。6月は、ガソリンの暫定税率廃止の法案を野党7党が共同提出して衆議院を通過したが、参議院で審議されずに廃案になった。
では、反対に野党が非改選議席を含めて過半数を得ていれば、消費税減税が通るのか。問題は、野党各党が掲げる消費税減税の細かなところが様々に食い違っている点にある。法案を通すには、野党の統一案をつくる必要がある。そこが、消費税減税の実現可能性の大きな鍵を握っている。
この問題は、参議院で野党が過半数を取ったとしても、すぐに政権交代にはならない理屈とよく似ている。2024年11月11日に行われた衆議院の首班指名では、石破首相が221票を得た。自民党196議席+公明党24議席+1議席で221議席になった。決戦投票(第2回目)では、石破首相の221議席に対して、野田佳彦代表は160票で、84票が無効だった(衆議院の議席数は465議席)。つまり、野党が首班指名を野田代表で一本化できなかったので、与党が衆院過半数割れでも政権交代が起こらなかった。
様々な消費税減税
野党では、どのように消費税減税の詳細がばらばらなのであろうか。各党の違いを示すと、
① 食料品について税率ゼロ。原則1年間で、最大2年間の税率ゼロとする。
② 食料品について税率ゼロ。これを2年間実施する。
③ 食料品の税率を恒久的にゼロ。
④ 消費税率は5%に半減。
⑤ 消費税率を廃止。
これだけの相違がある野党各党が、例えば原則1年間の食料品の消費税率ゼロに一本化できるのだろうか。仮に、一本化できたとすれば、その場合には消費税全廃を公約に掲げて得票した野党は、提出案との食い違いを有権者にどう説明していくのかという問題が生じる。
もう一方で、一本化のしにくいさに関しては、財源問題がある。消費税率を恒久的に半減するという内容で一本化しようとすると、外為特会の剰余金を使えばよいと言う一時的な財源の手当てでは十分でなくなる。例えば、立憲民主党の野田代表は、原則1年・最長2年と時限的な措置にしているから、食料品の税率ゼロに賛成している。野田代表は、一方で恒久的な食料品・消費税率ゼロには賛成してはいないと考えられる。このように考えていくと、野党の消費税減税の一本化はかなり難しいことがわかる。
次の衆院選
野党の立場からみれば、仮に7月の参院選で過半数を達成できれば、自分たちの消費税減税の主張で勝利したと分析するだろう。そして、次の衆院選でも、消費税減税で勝てると踏むだろう。
現在、衆議院は少数与党なので、野党が内閣不信任案を国会に提出すれば、石破内閣の総辞職、または衆院解散に追い込むことは可能である。今後、トランプ関税交渉が決着して、様々な案件対応の中で、与党への支持率が低下していけば、野党は内閣不信任案を提出する可能性が高まってくる。これは、7月の参院選の結果次第であるが、与党側が健闘すれば、野党は内閣不信任案の提出をしばらくはしないだろう。まずは、トランプ政権との関税交渉の妥結を待って、世論がその結果にどう反応するかについて様子を見てから、不信任案提出のタイミングを考えるのだと思う。
焦点は、衆院解散になった後、野党がどのような消費税減税の内容を掲げてくるかという点だ。野党は、与党の議席数をさらに減らし、野党各党は自分たちが議席トップになることを狙ってくるだろう。そのときのアピール・ポイントはやはり消費税減税になるだろう。しかし、ミニ政党ほどより大胆な消費税減税を掲げて、自分たちの獲得議席を躍進させたいと考える。そうなると、大きな野党が掲げた限定された消費税減税との間で調整が難しくなる。結果的に、消費税減税の内容を野党が一本化できないため、消費税減税の実現は難しいのではなかろうか。
時限的な減税でまとまった場合
ミニ政党は、より大胆な消費税減税を掲げることで、自分たちの得票数を増やしたいと考えている。そのため、より穏健な減税に反対して、野党の一本化は難しいと筆者は読んでいる。
しかし、その問題点を何とか克服して、「食料品の税率ゼロを最長2年間」という減税内容でまとまることができたとしよう。そうすると、消費税減税の法案が衆議院を通過することがあり得る。
おそらく、野党が技術的に消費税減税を通せるようになった場合、石破首相は衆議院を解散するだろう。消費税減税は、与党の政策全体を否定するに等しいからだ。石破首相は、消費税減税は国民に信を問うことなしにはできないと考えるだろう。その場合に、野党にとって不都合なのは、その衆議院選挙でバラバラの内容の消費税減税案になることだ。何とか野党で一本化する準備ができたとしても、その先に衆院選があれば、そこで公約はバラバラになる可能性がある。特に、ミニ政党は、より大胆な公約で得票を伸ばしたいと考えるから、彼らが遠心力になる。
政権交代の場合
結局、消費税減税は、野党が統一案を掲げて、自民・公明党に替わる連立野党政権を成立させないと難しいのではなかろうか。
しかし、連立野党政権が誕生した場合にも問題がある。例えば、この「食料品の税率ゼロを最長2年間」という時限的な減税内容を連立野党政権が実現したとしよう。そうすると、2年後には約束通りに8%の税率に戻せるか、という問題が生じる。筆者はそれは不可能だとみる。「時限的に」という減税論は、必ず恒久的減税へと流される公算は極めて高いだろう。なぜならば、期限が来たときは、8%の増税を決めることになるからだ。この約束の履行は、ほぼ不可能だろう。食料品の物価上昇が2年後までに鎮静化しているという保証はどこにもない。継続する食料品の物価上昇にプラスして、8%の消費税増税はとても無理な注文だ。一旦、「食料品の税率ゼロを最長2年間」でまとまった野党も、足並みが揃わなくなる。結果的に、財源に大きな穴が開き、社会保障費の抑制に動かざるを得なくなる。
最悪なのは日本国債の格下げ
2022年9月に、英国のリズ・トラス首相が大型減税など拡張的な財政運営を掲げて就任し、長期金利上昇・通貨下落を巻き起こして、僅か1か月半で辞任の憂き目に遭った。「トラス・ショック」と呼ばれている。野党の消費税減税は、日本版トラス・ショックを引き起こすと警戒されている。現在の野党は、このトラス・ショックの記憶を完全に脇に置いて選挙を戦おうとしている。仮に、将来の衆院選で政権交代を果たしても、消費税減税によって日本版トラス・ショックを引き起こすと、そこから連立野党政権は窮地に立つだろう。
その契機になりそうなのが、日本国債の格下げである。石破政権は、2025・2026年度に基礎的財政収支の黒字化を果たそうという方針を掲げていて、それが日本国債の信用力を担保している。せっかく、黒字化のチャンスが到来したのに、消費税減税で財政収支に大穴を開けると、黒字化のチャンスはまた10数年先に後回しにされかねない。この理屈は、自分が日本政府にお金を貸している立場になって考えればわかることだ。
格付けは、海外等の格付機関が決めることになる。彼らは、財政リスクが高まるリスク・イベントとして、消費税減税は要注意の存在としてマークしているに違いない。
それに、日本国債の格下げで円安が起これば、そこで輸入物価が上がるから、食料品など国内物価にも打撃が跳ね返ってくる。食料品の価格引き下げのための消費税減税が、日本国債の格下げを通じて円安を引き起こし、食料品価格を押し上げてしまっては元も子もない。野党は、この矛盾をどう考えるのだろうか。
いや、もしも運良く、食料品の消費税率ゼロで日本国債の格下げが起きなければ、それがさらなる楽観を生み出して、食料品以外の品目での追加的な消費税の減税へと進む可能性もある。すると、もっと先のところで日本国債の格下げが起こる可能性がある。物価上昇に消費税の減税で応じることは、かなり危険な賭けだと心得た方がよい。