コンセプトへの「共感」と顧客と一体になったエンタテインメントの「共創」

アイドルエンタテインメントが顧客に提供する「体験」というのは、「コンセプトへの共感」と「顧客と一体となったエンタテインメントの共創」という2つの要素を含んだコミュニケーションの結果として実現される。ポイントになるのは、あくまで運営サイドによる「一様かつ一方向的な展開」ではなく、顧客側のコミットも加わって成立する「協働的な取り組み」であるという点である。

実例として、2014年に日本武道館での単独公演を実現させ、数多あるアイドルユニットの中でも特徴的であり、かつ今非常に勢いのあるユニットである「でんぱ組.inc」を紹介しよう。

「でんぱ組.inc」は2008年に秋葉原にあるカフェ&バー「秋葉原ディアステージ」において、「アキバから世界へ」を目標に結成されたアイドルユニットである。アニメやマンガ、ゲームなどのサブカルチャーに特化した、コアな「自称オタク」を標榜するメンバーによって構成されている。注目すべき点は、大手芸能事務所に所属しているわけでもない彼女たちが、日本を含む世界7カ国をまわるワールドツアーを行うまでに成長したことである。彼女たちは過去にいじめや引きこもりの経験があることを公表しており、それぞれ挫折を経験し、不器用で不完全な部分があるメンバーが互いに支えあって成立しているというコンセプトがある。オリコン10位を獲得した6枚目のシングル「W.W.D」では、メンバーの暗い過去が歌詞に描かれている。こうしたコンセプトがファンの中で「共感」を生み、受け入れられた結果が今現在の活躍につながっているのだろう。

ここで「共感」について踏み込んで考えてみたい。「共感」によって顧客自身の内部にある既知の記憶や感情、認知、経験などの原体験と、外部からの刺激(メッセージ性の強い音楽やパフォーマンス)がコラボレーションし、深層心理が揺さぶられる。その結果、個人的な解釈が行われることにより、顧客の心の中で固有の物語が紡ぎだされ、固有のエンタテインメントがインスパイアされる。顧客の能動的な想像によってオンリーワンの物語消費が行われる。これがエンタテインメントの「共創」である。

こうした現象の突出した事例は「アイドル批評」である。「アイドル批評」は運営側が意図して提供している物語ではなく、オタクと呼ばれるようなコアファンの能動的参加によって生みだされる産物である。「共創」の程度は、顧客の感受性やオタク度合などによって異なるが、こうした協働的なコミュニケーションが見られるという点が、最新アイドルエンタテインメントにおける「体験」の特徴である。


マーケティング論的考察 -顧客経験価値向上のあり方-

アイドルエンタテインメントの「体験」の仕組みについて、改めてマーケティングの観点から見てみたい。

マーケティング論において、従来の顧客中心主義(いわゆる「モダンマーケティング」)に対して「商品・サービスの価値の中で、品質や機能といった直接的なもののみではなく、わくわく感やゾクゾク感などの商品・サービスを通じて得られる経験的ベネフィットを含めたトータルな価値提供こそが、競合から選ばれる理由である」とする考え方が主流になって久しい。このような「顧客経験」の重要性について、問題提起し体系的理論として整理したのは、米コロンビア大学ビジネススクールのバーンド・H・シュミット教授である。現在のマーケティング論において「顧客経験はマネジメントできるか」、「顧客経験をいかにマネジメントするか」、「顧客経験はマネジメントの対象となり得るのか」という点は、主要論点と位置づけられている。

アイドルエンタテインメントに見られる「共感」と「共創」による顧客とのコミュニケーションは、その論点への答えを導くにあたってのヒントとなり得る。「顧客経験」をもたらすのに必要とされるのは「共感をつかむ明確なコンセプト」と「共創へといざなう場」である。「コンセプト」については、「ビジョン」や「想い」などの言葉で言い表すこともできる。「場」に関しては、リアル(現実)の場とネット空間(webページ)やSNS(ツイッタ―、インスタグラム、フェイスブック)などのバーチャルな場に分けて考えることができる。

商品やサービス開発においても、顧客経験価値向上のために、同様の議論をあてはめることができるのではないか。まずは「ビジョン」や「想い」を起点とした商品・サービス開発が重要な意味をもつ。そして次に、ネットとリアルを含めた顧客接点としての「場」について、種々の特性を理解した上での、能動的な顧客コミットを促す施策を講じていくことが求められる。顧客経験価値の向上によって、消費者の心を魅了し、感動を与え、余分な対価を支払ってでも手に入れたいという気持ちを芽生えさせることができる。今後のマーケティングに求められるのは、こうしたエンタテインメント性を商品・サービスに付加することであろう。(ZUU online 編集部)

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