トルコリラ「AKP276?」

トルコリラはブラジルレアルに次ぐ大幅な下落が続いたが、6月7日のトルコ総選挙を前に既に反発し始めている。トルコ経済は高インフレ、低成長など多くの問題を抱えるままだが、中銀への政治介入や選挙結果を巡る不透明感の大きさも下落の一因だった。今後は選挙結果次第だが、最悪シナリオが避けられれば、トルコリラは5月入り後の反発基調が続きそうだ。


永遠プレッシャー?:トルコ特殊要因でアンダーパフォーム

ブラジルレアル、トルコリラ、南アランドなど多くの新興国通貨は、米国の景気回復を背景とした量的緩和縮小、およびその後の利上げ開始に向けた期待感の高まりを受けたドル高のあおりを受けて下落が続いてきた。こうした1米ドル高要因だけでなく、トルコリラは2新興国に典型的な経済問題(高インフレ、経常赤字)に加えて、3国内政治要因も悪材料となり、対ドルで4月24日に2.7433ドル、対円で4月27日に43.47円の安値を付けた。

国内政治要因としては、エルドアン大統領主導で、ソーシャルネットワーク利用や言論の自由を規制するなどの反民主主義的な動きをみせEUと対立したことや、6月7日の総選挙に向けて与党の支持を高めるため中央銀行に対してあからさまに利下げ要求を行ってきたことも、海外投資家の懸念を高めた。また総選挙についても、与党公正発展党(AKP)の得票率が伸び悩み、他の小政党の議会入り動向如何では単独過半数獲得が不透明な状況となっており、選挙後の政権不安定化リスクが嫌気されている。

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但し5月入り後、トルコリラは反発し始めた。経済状況に明確な改善はみられていないものの、総選挙に関する世論調査で、与党AKPが過半数(276/550議席)を獲得できる見込みが高まったことから、政局不安懸念が後退したためとみられる。また、可能性はもともと低かったが、AKPが3分の2以上の議席(367/550議席)を獲得すると、国民投票なしで大統領権限を強めることが可能となるため、これはこれで独裁強化に対する投資家の懸念があったが、こうしたシナリオの可能性が低下していることも一因と見られる。更に、海外要因として、低調な米経済指標を受けてドルが反落基調となったことも追い風となった。


総選挙のシナリオ:強さと弱さの間で

総選挙を巡る世論調査では、足許はマーケットフレンドリーな結果を受けてリラが反発しているが、世論調査によって結果が大きく異なっており、実際の結果がどうなるかは不透明な状況は大きく変わっていない。このため、考えられる選挙結果毎にトルコリラへの影響をみると以下の通りとなる。最もリラ上昇に繋がりやすいのは、与党AKPが過半数276議席以上だが単独で憲法改正を行える330議席に満たない場合となる一方、最もリラが下落しやすいのは、AKPが過半数を握れず連立相手も決まらない場合だろう。

なお、5月入り後の世論調査結果では(複数結果のレンジ)、第1党がAKP(38-48%)、第2党がCHP(共和人民党、24-32%)、第3党がMHP(民族主義行動党、15-18%)、第4党がHDP(諸人民の民主党、8-12%)となっている。なお、トルコの選挙制度では、政党が議会に議員を送り込むには10%以上の得票が必要で、10%に満たない政党の得票は全て第1党にボーナス議席として回される。このため事実上、HDPが議会入りするかも重要で、入れない場合は第1党のAKPの議席が大きく増加することになる。

■AKPが単独過半数(276議席)だが、5分の3議席(330)に満たない(ベストシナリオ)

トルコ議会は総数550議席であるため単独過半数には276議席が必要となる。また現在トルコでは大統領制に向けた憲法改正の必要性が議論されており、特にエルドアン大統領は権限強化に繋がる憲法改正を行いたい意向。憲法改正のためには、3分の2議席(367議席)以上を占めていれば議会採決のみで可能だが、5分の3(330議席)議席しかない場合は国民投票を行う必要がある。

即ち、AKPが過半数を獲得すれば、連立化による政権不安定化リスクが避けられる一方、独裁色が強まる大統領制移行が行える5分の3議席(330)以上の獲得となると、市民や市場の懸念が高まることになる。現在市場では、このベストシナリオを織り込みつつリラ高となっているとみられる。

■AKPが単独で5分の3議席(330)を獲得するが、単独3分の2議席(367)に満たない

AKPの単独過半数獲得で政権不安定化懸念が大きく後退するが、逆に5分の3議席を獲得するため、国民投票を通じて大統領制へ移行する可能性が高まる点が懸念要因となる。もっとも、大統領制への移行や大統領権限強化に対して過半数の国民が反対している模様で、AKP内部でも意見が分かれているようだ。このため、現時点では国民投票を行うと大統領制移行が否決される可能性が高そうだ。この場合、ベストシナリオのケースほどの安心感ではないが、リラ高に繋がりそうだ。

■AKP過半数割れだが、MHPと連立

AKP(中道右派)の過半数割れ自体は政権不安定化リスクに繋がるが、現在世論調査で第3党となっており、比較的AKPと民族主義的政策で近いMHP(民族主義行動党、右派)との連立が速やかに決まるようであれば、市場の懸念はある程度収まり、リラ高に繋がりそうだ。

なお、HDP(諸人民の民主党、少数派クルド民族系左派)との連立の可能性も指摘されているが(あるいは憲法改正で閣外協力の密約説も)、HDPはその親クルド的傾向が、AKPの民族主義的傾向と合わないようだ。HDPは大統領制についても否定的のようだ。

■AKPが単独3分の2議席(367)を獲得

この可能性は非常に低いが、大統領制への移行に必要な憲法改正が容易となる。独裁色や反民主主義色が強まり、世俗主義が弱まり、かつこれまでのように中銀に対する政治介入が続いたりすると、海外資金の流出リスクが高まる。但しこの場合でも、選挙を過ぎれば、人気取りのための利下げ要求や、政治的ライバル排除のための強権的・反民主主義的措置の必要性は後退するため、全てが悪い方向に行くという訳ではないだろう。

■AKP過半数割れ、連立相手を見つけられず少数与党に(ワーストシナリオ)

こちらも現在までの世論調査を基にすれば非常に可能性は低いが、AKPが最も得票が多かったとしても、HDPが10%以上得票し議会入りし、かつAKPがMHPと連立を組もうとしても過半数に達しない可能性もゼロではない。この場合、連立交渉期間が続いたり再選挙となる場合には、政治的空白期間が長期化し、海外資金が流出するリスクが高まる。


選挙の後だから:リラは頑張る

どこの国でも選挙結果はふたを開けてみなければ分からないが、(AKPが単独3分の2議席(367)を獲得)や(AKP過半数割れ、連立相手を見つけられず少数与党)といった可能性が低いが最悪シナリオが避けられれば、選挙を巡る大きな不確実性の後退もあって、最近ポンドで起きたように、既に選挙前に始まっていたリラ反発の継続をもたらしそうだ。

特に、どのような新政権になろうと、選挙後には大統領側が人気取りのために中銀に圧力をかける喫緊性が後退するため、トルコ中銀が高インフレ・通貨安対策を主眼として正常な金融政策(利上げ)を実行できる環境が整いそうだ。現在、実勢インフレ率は中銀のインフレ目標上限を上回って加速しており、通常の状況であれば利上げが必要な情勢だ。

そうなれば、多少景気の抑制要因となっても、政策運営への信頼感が回復し、海外投資家からの資金流入がリラを下支え、通貨高がインフレを抑制するといった好循環に向かいやすくなるだろう。ドル/円が125円へ上昇するとの前提のもとでは、リラ/円は来年初にかけて50円へ上昇しそうだ。

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山本雅文(やまもと・まさふみ)
マネックス証券 シニア・ストラテジスト

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ほっと、一安心。
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