【別冊 新潮流】 走れメロス

◆「メロスは激怒した」 - 桜桃忌を約2週間近くも過ぎた今になって太宰治「走れメロス」の書き出しを引用したのは、まさに僕の気持ちがそうだったからだ。

自民党の議員が、安全保障関連法案が徴兵制につながりかねないとの指摘について「そう報道している一部マスコミは懲らしめなければいけない」と語った。言語道断である。「政治家の資質を疑う」という声があるが、はっきり言って資質の問題ではない。即刻、議員バッジを外させるべきである。

◆「メロスには政治がわからぬ」 - 僕もわからない。それでも安保法制について、集団的自衛権の行使容認について、オンラインセミナー等で発言してきた。

セミナー参加者からは、「政治のことは語るな」とお叱りを受けることが増えた。叱られても批判されても、僕が語ることをやめないのは政治的な信条を伝えたいためなどではまったくない。政治や法案について自分の考えを持っているが、それは「政治的信条」などというものとはほど遠い。

ではなぜ政治の話をするのか。それは、このアベノミクス相場が、壮大な官製相場、政治によって創られてきた相場だからである。安保法案の審議をおろそかにして、内閣支持率が低下すれば、それは相場にとっても悪材料になるからである。冒頭の議員の発言を筆頭に、最近の自民党にはおごりやゆるみが目立つ。それは政治的にどうこう、というのを抜きにして、株式相場にとって大きなリスクである。

◆政治家の粗忽ぶりは洋の東西を問わない。いうまでもなく、ギリシャ国民の政治不信は日本の比ではなかろう。国民を代表してEUと資金支援交渉に臨んでいたチプラス首相が採った策が「国民投票」。これほどEUとギリシャ国民の双方をバカにした行為もない。自らの交渉の行き詰まりから、最後は「国民に聞いてみます」。首相としての、いや政治家としての責任放棄も甚だしい。

◆6月30日が期限だったIMFへの融資返済は果たされなかった。「デフォルト判定」には至らず、「支払遅延」であるというが、所詮、言葉遊び、なんと言おうが実質的には債務不履行に違いない。債務は英語でliability(ライアビリティ)。辞書を引くとまっさきに「責任」と訳がある。無責任な政治家に率いられた国が債務を履行するわけがないのも当然である。

◆メロスの親友セリヌンティウスの弟子、フィロストラトスがメロスの後について走りながら叫ぶ。

「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」

「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。」

6月30日の期限に間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。「信じられているから走る」という気概が、あの政治家からは伝わってこない。いや、洋の東西の問題ではない。どこからも、伝わってこないのが、残念なところである。

ちなみに、「走れメロス」はギリシャ神話とシラーの詩を原典としている。

広木隆(ひろき・たかし)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト

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