今後の展望

◆一時的な減少は有り得るが、長期的には増加トレンド

第4章では、日中関係の良悪で場合分けした上で、中国本土からの旅行者数は2020年に、標準ケースで500万人程度、楽観ケースで1000万人程度、悲観ケースで250万人程度と予想した。換言すれば、悪くても横ばい、良ければ4倍になり、メインシナリオ(標準ケース)では2倍ということになる。

但し、一時的には減少するということも有り得る。その原因としては、第一に日中関係の悪化が挙げられる。日本と中国は“緊張"と“融和"を繰り返す関係が続いており、その関係は今後もしばらく続くと見られることから、日中関係の悪化で中国本土からの旅行者が一時的(2~3年間)に減少するような事態は有り得るだろう。

第二に為替レートの変動が挙げられる。中国本土からの旅行者が増加した背景には元高と円安があった。人民元レートの推移を見ると、3年前には日本の100円を購入するのに8元前後が必要だったが、14年には6元前後で購入できるようになった(図表-14)。

人民元レート図14

この元高・円安の流れに変化が生じれば中国本土からの旅行者の増加ピッチにも影響する可能性が高い。特に、円高になった場合には、人気旅行先である韓国やタイへシフトしかねないため、1割を超えるような大幅な円高の場合には、増加ピッチが鈍化することも有り得る。

なお、ここ数ヵ月以内に減少するとすれば、中国株や人民元が下落した影響も多少はあるだろうが、韓国で中東呼吸器症候群(MERS)が終息したことに伴う反動減が主因となる可能性が高いだろう。

上海総合図15

中国株が下落したとは言っても図表-15に示したように前年同時期より3割前後高い水準を維持しており、人民元が事実上切り下げられたとは言っても図表-14に示したように小幅に留まっている。

一方、今年上期に日本を訪れた中国人旅行者が急増したのは、中国本土で人気旅行先となっていた韓国でMERSの感染が拡大し、旅行先を日本へ変更した人が多かったことが背景にあるからである。

◆地方への分散、爆買い意欲の低下がゆっくりと進む

第2章では、中国本土からの旅行者(観光・レジャー目的)は、1回目の訪問者が多く、団体ツアーに参加することが多いと指摘したが、今後はその特徴が変化していく可能性がある。

中国本土からの旅行者の行動を過去(2011年)と比べると、1回目の訪問者も団体旅行ツアー参加者も若干減少している。また、同じ中国人でも台湾からの旅行者では、1回目の訪問者は全体の25.7%に過ぎず、中国本土の72.1%を大きく下回っており(図表-16)、初めてだから団体旅行ツアーに参加するという人も減って、旅行手配方法は団体旅行ツアーから個別手配などに分散している(図表-17)。

来訪回数図16-17

それに伴って、成田国際空港や関西国際空港から入国するというスタイルも変化していく可能性がある。中国本土からの旅行者の行動を過去(2011年)と比べると、入国空港・海港も那覇空港やその他が増えてきている。

また、同じ中国人でも台湾からの旅行者では、成田国際空港、関西国際空港、中部国際空港の比率が中国本土よりも低く、新千歳空港、那覇空港、福岡空港などの比率が高くなっており、入国空港・海港の分散化が進んでいる(図表-18)。

入国空港図18

また、中国本土からの旅行者に対する意識調査を見ると、「ショッピング」は「自然・景勝地観光」を上回り、訪日前に最も期待していたことの第1位にランクされた。そして実際に「ショッピング」した人は87.9%に達した。しかし、次回したいことに関する設問では55.5%となっている(図表-19)。

今回したこと図19

従って、2回目以降の訪問者が増えるにつれて、「爆買い」と呼ばれるショッピングに対する高い意欲もゆっくりと低下していくだろう(*2)。但し、日本で作られたモノに対する信頼は極めて高く、日本でのショッピングに満足した人も84.0%と高いことから、急激に落ちる可能性は低いだろう。

◆おわりに

中国が「世界の工場」になる過程では、日本の製造業も安価で豊富な労働力を求めて中国に工場を移転することが多かったため、日本人にとっては仕事を奪われるというマイナス面の方が目に付いた。ところが、中国が経済的に豊かになった今は、中国本土からの旅行者が日本でモノやサービスを大量購入するようになり、日本人にとっては"お客様"が増えるなどプラス面の方が目立つ状況にある。

日本人にとっては、中国が経済発展した恩恵を、初めて肌で実感するということなのかも知れない。インバウンド消費を「地方創生」に結び付けたい日本としては、この中国本土からの旅行者数の増加トレンドを生かして、日本全国各地に誘導するための新たな旅行ルート開拓に努めて、全国各地のホテルや全国各地の空港・港湾などの活性化に結び付けたいところである。(図表-19)

(*1)調査対象者は日本を出国する訪日外国人、調査場所は新千歳空港、仙台空港、東京国際空港(羽田空港)、成田国際空港、中部国際空港、関西国際空港、広島空港、高松空港、福岡空港、那覇空港、博多港の国際線ターミナル搭乗待合ロビー、調査方法は10言語(英語、韓国語、中国語(繁体字・簡体字)、タイ語、インドネシア語、ベトナム語、ドイツ語、フランス語、ロシア語)対応のタブレット端末または紙調査票を用い、外国語を話せる調査員による聞き取り調査。
(*2)日本で「爆買い」する背景には内外価格差の拡大がある。中国財政省は2015年6月に輸入消費財に対する関税(紙おむつなど)を引き下げており、今後も引き下げ方向と見られることから、内外価格差の縮小も「爆買い」意欲を低下させる要因となるだろう。

三尾幸吉郎
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席研究員

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