おわりに(優位性の視点からの考察を含めて)

アセアンの有力企業は、経済発展・市場拡大・消費者(顧客)の購買力の向上等の、ポジティブな要因による企業業績の好調によって、資金力を増大化し競争力を強めている。他方、AECなど域内市場が統合・自由化に向けて動く環境下で、今後、アセアン域内や域外の有力企業との自国内および域外等海外市場での競争の激化が予想される。

この中で、自社の自国市場でのポジションを固め、同時に、アセアン域内での他国市場に出ていくということを考え実行している。国際展開の成功のためには、当該企業が優位を持つことが必要と考えられる。

グローバル経営の諸理論において、現在、大きな影響を有するのは、各理論のポイントを包摂し、製造業・サービス業にも適用なダニング(JohnH,Dunning)の「折衷理論」(EclecticTheory)であろう。それによれば、企業のグローバル化について、以下の3つの優位が満たされなければならないとする。

第1に、自分の会社が持っている技術やノウハウ、人材といった優位である「所有特殊的優位」。第2に、立地面で、進出していく国が提供する、あるいはAECに見られるように、域内で立地条件が変化することによって生じる「立地特殊的優位」。第3に、外部の企業との取引よりも自社内で内部化することで生じる「内部化優位」である。ここで対の有力企業3社の事例で上記3つの優位を検討してみる。

(1)所有特殊的優位

資金力。相対的に優れたビジネスモデル・技術力(CPグループの飼料生産・養鶏・解体処理・加工の技術・手法)。

地理的・文化的な親和性・近接性(タイとCLMV諸国)、タイ製品に対する隣接国消費者からの好感・高評価(地場製品や中国製品等と比較してのマーケティング力・商品力・技術力・ブランド力での相対的な優位)。華人ネットワークによる情報・人脈(CPグループ、セントラルグループ)。

(2)立地特殊的優位

AECなどのよるアセアン域内市場のインフラや物流など投資環境の整備や手続きの容易化。経済発展による顧客の購買力の増大化(CLMV諸国について典型的に当てはまる)。

シンガポール・香港等については国際的な金融センター・ビジネスセンター(香港は中国本土へのゲートウェイとしての位置づけもあり)。先進市場の規模や技術・ブランド(セントラルの欧州デパート買収、CPのベルギーの食品加工会社買収など)。(潜在的)大市場(中国・インド・インドネシア)。

(3)内部化優位

各国の投資環境、インフラ・物流の整備により、現地の他社への販売委託や輸出より自社の拠点を設けることにより、自社の戦略やマーケティングの徹底や安定供給、効率化がより可能・容易になる。さらに、以上に加えて下記も重要なポイントも指摘しておきたい。

今回取り上げたタイの3社は共に、1997-98年のアジア通貨・金融危機において大きなダメージを被り、それを克服する困難な過程の中で厳しい決断と組織学習を行い、経営体質の強化や経営の近代化を図ったということである。

特にサイアムセメントとCPグループは、危機以前の段階で積極的な多国籍化を行っていたが、それは必ずしも戦略的・合理的なものではなく無計画に様々な地域・業種に広がっており、資金的にも大きく負債に頼ったものであった。

グループの存続も危ぶまれるようなアジア危機における困難の中で、欧米のコンサルタントや投資銀行のアドバイスも受けて、大胆なリストラや事業の選択と集中を行うプロセスで、経営体制の近代化や人材の育成・活用を行い、現在の事業戦略(サイアムセメントのアセアン重点戦略など)に至っているのである。つまり、元々の有力企業グループが単に自然発生的に国際展開を行っているのではないということである。

さらに、国際展開における迅速な意思決定・決断・行動と粘り強さも重要性である。その典型例が、CPグループにおける中国本土の展開であろう。改革開放のスローガンが打ち出されても、それがどのように進むかわからず多くの有力企業が進出を躊躇していたタイミングで、いち早く進出して外資第一号の認可を取得し、先行優位を獲得した。

さらに天安門事件によって、先進国企業を含む多くの進出企業が中国への投資を引き上げたり新規投資を見合わせる中で、CPグループ総帥のタノン氏は、時の権力者である鄧小平氏と会い、その改革開放の意思と決意を直接に確認し追加投資を決断・実行した。

また、未開拓の段階にあった中国市場に、近代的な養鶏や加工を根付かせることは容易ではなかったが、投資・事業環境が困難な中においても、自らのビジネスモデル・技術を持ち込み粘り強く推進する中で、新しく大きな市場を育て、そのメリットを享受したのである。

上記のような優位性、組織学習の経験・ノウハウ、決断力と粘り強さは、アセアン企業のみならず、新たな市場に国際展開する各企業に対して重要なインプリケーションを与えるものとなろう。

積極的な国際展開を行う企業にとっての今後の大きな課題は、ライバル企業、特に先進国企業との競争においてどのような戦略・強みで勝負するのか、経営の現地化、有能な自国・進出国・多国籍の人材をいかに採用し育成・活用するかということであろう。

特にファミリー企業グループにおいては、事業規模と領域が拡大する中で、ファミリー一族の人材と一族以外の専門経営者などの人材配置、少数のファミリーメンバーによる迅速・大胆な意思決定の強みとコーポレート・ガバナンスのあり方をいかに両立させるかといった事項が重要になると考えられる。