アジア太平洋地域での富裕層は人口数も総資産額も5年前に比べると、60%も増加している。その急速な富裕層拡大ピッチの最大キーとなっているのが中国。資産も富裕層人口も急速に伸び、その数は約89万人。1997年にイギリスに返還された香港(特別区行政府)と比較すると、中国の富裕層人口数は香港の約8倍にも昇る。
中国および香港を一塊として考えると、アジア全体の富裕層人口の約4分の1を占める。中国人富裕層は日本に続くアジアの経済ハブである香港の金融システムやビジネスを利用しながら資産運用を学んできた。そして運用の知識が深くなるにつれ、今まで利用してきた外資系のプライベート・バンクのサービスに疑問を感じる富裕層の一部では、一族の資産をファミリーオフィスという欧米の歴史ある富裕層が利用してきた運用スタイルを通じて資産管理を始めている。
中国の富裕層は大方が実業家たちだ。中国本土外にも香港に支社や提携会社持ち中国マネーをうまく行き来しながら資産運用してきている。中国富裕層は同国の特別行政区である香港の金融システムをうまく活用しながら脅威的にパワーアップしている。中国の富裕層所有総資産額はまだアメリカの3割を超える程度であるが、世界最大人口数国家である中国は今後も洗練化された資産管理のもとに今後更に富裕資産を増大させていくことは間違いないだろう。
中国で存在感を強めるファミリーオフィス
一般的に、富裕層たちはプライベート・バンキングを通じて、個人のスタイルにあった資産運用を行っている。元来、ヨーロッパから誕生したとされるプライベートバンクは、バンカーが顧客の要望にあった資産を保全や運用などを含む総合的サービスを提供する専門的な金融機関。中国の富裕層は大方が一代で財を築いた実業家たちであり、一部のグローバル化した企業以外のビジネスは一族のメンバーによって運営されている。日本とは違い、中国人の一族の絆は強い。一族の財産と名家としての誇りを次代に継承するために資産管理においては常に最新の情報を取り入れるべく努力している。
しかし、そのプライベート・バンクに影響を与えるファミリーオフィスが中国圏でもここ数年で存在感を強めている。とくに、香港およびシンガポールなど税制が投資家に緩い場所に欧米系のファミリーオフィスが次々に上陸している。UBSグループによるとアジアでは2000年ごろファミリーオフイスが出現しはじめたようだ。日本では馴染みが薄いファミリーオフィスだが、中国を含むアジア主要都市でのビジネス成長は早く、現在およそ200あると報告されているが、この先8年で倍数のファミリーオフィスがビジネス展開すると予想されている。
中国人富裕層がファミリーオフィスを利用する理由
ファミリーオフィスについてもう少し説明しよう。遡れば6世紀頃の欧州貴族の資産管理がルーツだ。19世紀にはロックフェラー家やモルガン家が設立し一族の資産を次世代のファミリーメンバーに継承してきた。ファミリーオフィスは、プライベートバンクと同様のサービス内容を提供するが、大きな違いは、プライベートバンクのように高い手数料を払う必要はない。なぜなら、ファミリーオフィスは一族が運営する資産運用管理会社だからだ。そして、一族にあったテーラーメイドの資産運用を行うことができる。
ファミリーオフィスには2タイプある。1つ目は一家族のみの資産を運営管理するものでシングル・ファミリーオフィスと呼ばれ、2つ目は多家族の資金を運営するマルチ・ファミリーオフィス。中国では金融知識が豊富で、資金運用に関しての重要性をしっかり把握した実業家は、プライベート・バンクでの資産運用をせずに、すでに自身のシングル・ファミリーオフィスを立ち上げている。これらは、まだ前進的なタイプで希少だが、今後ますます増えていくと金融業界では予想されている。
ファミリーオフィスの利点はテーラーメイドの資産運用会社であるため、独自で資産運用や資産管理の専門家を起用することができる、また、一族のメンバーを取締役会や投資委員会に置くことができるため、プライベート・バンクと違い、現状把握および迅速な決断が常に行うことができる。会計監査、法律アドバイザーなども独自で選び、継承問題なども考えながら、一族のペースにあった利率を得ていくことができる。
世界の超富裕層の利用例
例をあげると、中国の大富豪でフォーブズ誌の2015年億万長者リストで世界第29位の超級富裕層になった不動産帝王の王健林氏の息子である王思聡氏は一族の資産をシングル・ファミリーオフィス北京普思投資有限会社を通じて資産運用管理を行っている。
2013年には、プライベートバンクであるUBSウェルスマネジメントのバンカー顔懐江氏が香港と中国本土との境となる経済特別区である深圳(シンセン)にマルチ・ファミリーオフィスのFusion Family Officeを設立しおよそ10家族以上の資金を受託運用し始めている。
香港の First Eastern Investment Group(中国東方投資集団)は富裕家である諸立力氏の創設したファミリーオフィスである。2011年に全日空との香港を拠点とするが設立した格安航空会社(LCC)のPeach Aviation 株式会社設立には、諸家の資金が投資されている。オイル国家のドバイでものコネクションも強い人物。氏は慶應大学に留学していた祖父の代からの財産を受け継ぎ、一族のファミリー資産をプライベート・エクイティーという形で投資運用している。
他にも、世界最高の富裕者であるビル・ゲイツは本人と妻でファミリーオフィスのBilland Melinda Gates Investments(BMGI)やビル・ゲイツ個人の資産運用を行っているCascade Investment Incなどを通じ、資産管理のスーパーベテランのマイケル・ラーソンをCIOとして起用し資産運用管理を行っている。グルーバルレベルで見ると、全200ファミリーからの619億ドルの受託資産を持つCambridge Associatesの実績はここ数年波があるものの依然評価は高い。
富裕層の目的は次世代への事業・資産の継承
プライベート・バンクと変わらぬ金融サービスを行うファミリーオフィス。中国ではまだ浸透率は低いが、洗練された富裕層たちは、近頃ファミリーオフィスへと資産運用先を変えている。
RBC Wealth Management(カナダロイヤルバンクのプライベートバンキング部)のレポートでは、富裕層からのアンケート調査で次のことを明らかにしている。顧客が安定した収益を得たいと希望しているにもかかわらず、バンカーが多額のボーナスを目当てに利率が高いと投資を顧客に勧めて、損失を招くことも多いとのこと。特にリーマンショックではかなりの富裕層の資産が失われた。
リーマンショックで痛手を食らった富裕層にとってはなおさら安定したリターンを得て財産を保持するというかれらの目的とプライベート・バンカーのアグレッシブな資産運用の仕方にギャップがある。
富裕層は次世代へ事業や資産を継承することを一番の目的にしており、リスクの高い運用を目的にはしているわけではない。今後さらに中国富裕層のファミリーオフィス利用が拡大するだろう。(香港在住ジャーナリスト)