人材育成,ジレンマ
(写真=PIXTA)

日本の大企業で人材育成がうまくいかないのはなぜか

日本の大企業は、新卒一括採用における競争力も高く、採用時点では企業が求める人材を相対的に確保しやすいはずである。また、日本の大企業では、効果的・継続的な人材育成を可能にし、従業員のモチベーションや企業に対する帰属意識の向上等につながるとされる長期雇用が根付いている。

にもかかわらず、日本の大企業において、人材(特に幹部)育成が決してうまくいっていない現状をどう受け止めれば良いのだろうか。

人材育成を阻む3つのジレンマ

本稿では、日本の大企業において、人材育成がうまくいっていない主要な要因を、3つのジレンマ(優先順位・配分・同質性のジレンマと命名)として整理し、対応の方向性について考察する(*1)。

◆優先順位のジレンマ~当面の課題を優先せざるを得ず、人材育成が先延ばしになる

人材育成の重要性を理解しているものの、業績の維持・向上、企業全体にかかわるリスクや目の前のトラブルへの対処、といった「当面の課題」を優先せざるを得ないのが、ここでいう「優先順位のジレンマ」である。

このようなジレンマのもと、日本の多くの大企業において、業績やリスクマネジメントといった当面の課題が高い優先順位に位置づけられ、これらの当面の課題に上司のパワーや予算等が重点的に配分され続けてきた。

当面の課題は放置できないし、課題が深刻であるほど、その解決により大きな力を割かざるを得ない。一方で、人材育成については、すぐに対応したからといってにわかに効果が実感できるわけではない。こうした構造が、企業を「人材育成優先」から遠ざけ、「当面の課題優先」に走らせてしまう。

この「優先順位のジレンマ」に対しては、(1)育成の効果の「見える化」(育成政策の変更によって幹部候補の人材プールが何人増加したか等)、(2)上司の評価基準における業績と育成のバランスの見直し、(3)業務改革や要員補強によるリスクマネジメント業務の負担軽減、が必要となる。

上司の評価基準において育成のウェイトを高めることは、前述の育成の効果の「見える化」とセットで検討する必要がある。要員の補強は現実的には難しい面もあろうが、たとえば定年後継続雇用されている元管理職等に、コンプライアンス等のリスクマネジメント業務を配分することも考えられる。

また、上司が限られた時間のなかで効果的な人材育成を行えるように、管理職教育を強化することも重要である。

◆配分のジレンマ~早期選抜は大きなリスクをともなうがゆえに、早期選抜に踏み切れない

「配分のジレンマ」は、早期選抜が育成資源の効果的配分につながるとわかっていながら、選抜されなかった者のモチベーションの低下、選抜者の流出(転職等)といったリスクを懸念するあまり、全体に広く薄く育成資源を配分してしまうというジレンマである。

人材育成に必要な成長機会は、OJT(仕事の経験を通じた職場内訓練)、Off-JT(研修等の職場外訓練)ともに供給制約がある。特に経済環境が悪化すると、(1)事業の拡大や新規事業の創出が難しくなる、(2)組織のスリム化で管理職ポストが削減される、(3)研修予算等が削減される、など同じ企業のなかで挑戦的な仕事経験を積める成長機会が量・質ともに制約され、固定化される面が大きい。

このため、人材育成のための成長機会をどう配分するかは、とりわけ幹部育成において重要な論点となる。

かつて正社員に占める大卒比率がさほど高くなかった時代には、学歴が幹部候補選抜の一つのメルクマールになっていた。しかしながら、1980年代に入り、大卒比率が顕著に上昇するとともに、幹部候補の比率も大きく膨らんできた。一方、大卒比率が増加するなか、大卒間の賃金原資の配分は成果主義の導入等によって見直されたが、人材育成においては、企業が選抜教育に舵を切った形跡がほとんどみられない。

OFF-JTについても、日本の大企業の幹部候補は、ある程度平等に配分されることに慣れてしまっているためか、外資系グローバル企業の幹部候補と同じ研修を受講する場合も、選抜されたという自負や、次の競争に向けて研修からより多くのことを学びとろうとする貪欲さが、相対的に希薄だという研修講師等の声が少なくない。

この「配分のジレンマ」については、大卒の増加にともなって膨らんだ幹部候補の、ある程度の絞り込みが必要となる。ただし、(1)新卒一括採用をメインとしている、(2)労働移動が制約的である、という日本の特徴を踏まえると、最初の見極め期間の設定を含めて、外資系グローバル企業よりは若干緩やかな、幹部候補の選抜プロセスを模索する必要があるだろう。

選抜をある程度緩やかにすることが、その後の選抜での逆転登用の可能性を高め、第1段階では選抜されなかった社員のモチベーションの維持にもつながると考えられる。