◆同質性のジレンマ~多様な人材を育成・活用しようとしても、多数派(同質性の高い集団)に埋没してしまう

「同質性のジレンマ」においては、多様な人材の育成・活用が求められていることがわかっていながら、既に多数派である同質性の高い集団のなかに埋没させてしまい、結果として多様な人材も、多様な人材をマネジメントできる上司もうまく育てられない。

同質性の高い集団においては、阿吽の呼吸によるコミュニケーションが可能となり、「仲間」意識が形成されやすい。このような特徴は、かつては日本企業を成長に導く原動力の一つであったが、グローバル競争にさらされ、多様な人材の育成・活用が必然となってきている昨今においては、人材育成に対してむしろマイナスに作用する面が大きい。

阿吽の呼吸によるコミュニケーションが可能だということは、説明・説得しなくても察してもらえるということであり、たとえば幹部候補がこういう環境下に置かれると、説明・交渉能力や、「仲間(同質性の高い集団メンバー)」でない人材(多様な人材)に対するマネジメント能力の向上が阻害される。

「仲間」意識の形成は、チームワークにつながる一方で、(1)「仲間」の不利益になることをしなくなる、(2)「仲間」といると安心してしまう、という弊害ももたらす。こうした環境下に置かれた幹部候補は、危機意識が希薄になり、グローバル企業との厳しい競争に対する耐性が低下することが危惧される。

人材マネジメントにおいては、無意識のうちに「仲間」を過大評価し、「仲間」でない人材(多様な人材)を過小評価する危険性も出てくる。これらは、「仲間」でない人材(多様な人材)の育成・活躍を阻害するため、幹部候補から多様な人材が排除され、幹部候補の同質性が凝縮されるサイクルの構築につながる恐れもある。

この「同質性のジレンマ」に対しては、幹部候補のなかで多様な人材をマイノリティにせず、集団のなかで危機意識や競争への耐性を持たせながら、幹部育成を図ることが重要となる。

また、幹部候補の選抜・育成プロセスに密接に関わる人事部や管理職が、無意識に幹部候補の同質性を高めてしまわないように、(1)人事部や管理職に多様な人材を混在させる、(2)新卒一括採用や幹部候補の選抜等において多様な人材の人数枠を設ける、等の取組が求められる。

ジレンマからの脱却に向けて

「優先順位のジレンマ」と「同質性のジレンマ」については、進むべき方向はある程度見えているものの(「優先順位のジレンマ」は人材育成優先へ、「同質性のジレンマ」は人材の多様化へ)、実行するのが難しいという段階にあると考えられる。

一方、「配分のジレンマ」については、どちらの方向にどの程度進むべきか、筆者自身も迷うところがあり、企業においてもより難しい決断を迫られると推測される。

人材育成が重要であることは自明であるが、人材育成の課題をいざ解決しようとすると、どちらの方向に進んでも何らかの不都合が生じるという悩ましいジレンマが立ちふさがっている。

しかしながら、だからといっていつまでもジレンマに陥っているわけにもいかない。各企業のなかで、さらには企業の枠組みを超えて、議論を尽くし、試行錯誤し、「最適解」にたどり着くしかない。そうした議論や試行錯誤に向けて、本稿が少しでも参考になれば幸いである。

(*1)本稿での考察にあたっては、日本人材マネジメント協会(JSHRM)「人事の役割」リサーチプロジェクト(2013年後半~)での議論が大いに参考になった。記してメンバーおよび関係者の皆様に謝意を表したい。また、筆者の考察にヒントをくださった匿名の実務家の方々にも、この場を借りてお礼申し上げたい。もちろん本稿における主張は筆者の見解であり、本稿に誤りがあればその責はすべて筆者に帰する。
なお、本稿の詳細については、拙稿『人材育成における3つのジレンマ-「優先順位」「配分」「同質性」にどう向き合うか』を参照されたい。

松浦 民恵(まつうら たみえ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員

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